第8話



 あれから何分経ったろう。


 時計を見ると十二時近くを指していた。

 三十分経ってる……俺が宮川さんに告白してから、三十分。その間の来客はなし、宮川さんからの返事もなし。

 おかしくないか?

 無言でくじを数えてる俺も俺だけど、どうして宮川さんも無言で……あ、そうか、ふられたんだ俺。

 そりゃそうだろ、好きでもタイプでもない男から急に告白されて、しかもバイト中に。

 気まずくて言葉が出ない、そういうことだろう。


「すみません、先あがります」


 整えたカードをレジの横に戻し、踵を返した。ワンテンポ遅れて宮川さんが顔を上げたが、構わず、俺はスタッフルームへ足を速める。

 振り返る余裕はなかった。乱暴にドアを閉め、椅子に腰を落とす。


 最悪だ。


 勢いで告白してしまった、宮川さんにも迷惑かけた。今さら罪悪感が込み上げて、妙な声を出して項垂れる。

 次のシフトの人が来て心配されたが、「大丈夫」とだけ返して再び頭を抱えた。

 扉の向こうから「榎本どうしたの」と尋ねる声と、それに答える宮川さんの声が聞こえてくる。

 そういえば以前、「宮川さん可愛い」と連呼している先輩に「具体的にどうなのか。告白はしないのか」と聞いたことがある。

 返ってきた答えは、「恋愛対象は無理。生真面目な性格や、意外と優柔不断なとこが面倒くさい」というものだった。


 蓼食う虫も好きずきというけれど、俺はとことん物好きらしい。


 それでも恋が実るのなら、俺だけが彼女を愛してあげることが出来るのならそれでいい、そう思っていたのに。

 もう何度目かのため息、最後の一つを飲み込んで立ちあがろうとした時、スタッフルームの扉が開いた。


「おつかれ」


 入ってきたのは宮川さんだった。しまった、あと三秒早く立ち上がるべきだった。

 告白の返事だろうか。聞きたくないなと思いながら、椅子に座り直す。


「榎本も感じてるだろうけどさ、私たちの間ってズレがあると思うのよね」

「はい……え? 何の話ですか?」

「あ、えっとね。榎本は私がイケメンしか愛せないと思ってるでしょ?」

「あぁ、はい……」

「私はね、榎本は私みたいなのは恋愛対象外だと思ってて……私達お互い勘違いしてると思うのそのズレっていうか溝を、一緒に整えていけたらなって。あ、その前に、言わないといけないことがあるよね」


 宮川さんの目線が俺に向いたが、目が合ったとわかると慌てて顔を背けた。


「私も、あんたが好き」

「あぁ、はい……え、えっ?」

「あっ、返事はいつでもいい……じゃなくて、さっきの返事だから、これ。私も榎本好きだから!」

「…………」


 嘘だろ、宮川さんが俺を?

 いや待て冷静に……夢じゃないよな、これ。夢じゃありませんように!


「あぁ、たしかに……ズレてますね」


 彼女の言う通り、俺と宮川さんとの間には微妙なズレがある。バランスがとれていないというか、なんというか。

 ふっと小さく息を吐いた。

 耳まで真っ赤にして慌てる彼女が愛らしい。顔は全然タイプじゃないけど、トータルで好き、世界一可愛い。


「とりあえず、昼飯食べに行きませんか?」


 今だから言えるけど、彼女には一生言わないけれど。

 昼ご飯を食べに行こうと誘われた日の翌日から、バイトの日は実家でのご飯を断っていた。

 いつ誘われても大丈夫なように。

 彼女の期待に、応えれるように。


 俺はさ、ずっと前から好きだったよ。

 あんたはどう、宮川さん?

 話をして、少しずつ一緒に整えていこう。



 二人の間にある、彼氏と彼女の微妙なバランスを。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼と彼女の微妙なバランス 七種夏生(サエグサナツキ @taderaion

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ