第8話
*
あれから何分経ったろう。
時計を見ると十二時近くを指していた。
三十分経ってる……俺が宮川さんに告白してから、三十分。その間の来客はなし、宮川さんからの返事もなし。
おかしくないか?
無言でくじを数えてる俺も俺だけど、どうして宮川さんも無言で……あ、そうか、ふられたんだ俺。
そりゃそうだろ、好きでもタイプでもない男から急に告白されて、しかもバイト中に。
気まずくて言葉が出ない、そういうことだろう。
「すみません、先あがります」
整えたカードをレジの横に戻し、踵を返した。ワンテンポ遅れて宮川さんが顔を上げたが、構わず、俺はスタッフルームへ足を速める。
振り返る余裕はなかった。乱暴にドアを閉め、椅子に腰を落とす。
最悪だ。
勢いで告白してしまった、宮川さんにも迷惑かけた。今さら罪悪感が込み上げて、妙な声を出して項垂れる。
次のシフトの人が来て心配されたが、「大丈夫」とだけ返して再び頭を抱えた。
扉の向こうから「榎本どうしたの」と尋ねる声と、それに答える宮川さんの声が聞こえてくる。
そういえば以前、「宮川さん可愛い」と連呼している先輩に「具体的にどうなのか。告白はしないのか」と聞いたことがある。
返ってきた答えは、「恋愛対象は無理。生真面目な性格や、意外と優柔不断なとこが面倒くさい」というものだった。
蓼食う虫も好きずきというけれど、俺はとことん物好きらしい。
それでも恋が実るのなら、俺だけが彼女を愛してあげることが出来るのならそれでいい、そう思っていたのに。
もう何度目かのため息、最後の一つを飲み込んで立ちあがろうとした時、スタッフルームの扉が開いた。
「おつかれ」
入ってきたのは宮川さんだった。しまった、あと三秒早く立ち上がるべきだった。
告白の返事だろうか。聞きたくないなと思いながら、椅子に座り直す。
「榎本も感じてるだろうけどさ、私たちの間ってズレがあると思うのよね」
「はい……え? 何の話ですか?」
「あ、えっとね。榎本は私がイケメンしか愛せないと思ってるでしょ?」
「あぁ、はい……」
「私はね、榎本は私みたいなのは恋愛対象外だと思ってて……私達お互い勘違いしてると思うのそのズレっていうか溝を、一緒に整えていけたらなって。あ、その前に、言わないといけないことがあるよね」
宮川さんの目線が俺に向いたが、目が合ったとわかると慌てて顔を背けた。
「私も、あんたが好き」
「あぁ、はい……え、えっ?」
「あっ、返事はいつでもいい……じゃなくて、さっきの返事だから、これ。私も榎本好きだから!」
「…………」
嘘だろ、宮川さんが俺を?
いや待て冷静に……夢じゃないよな、これ。夢じゃありませんように!
「あぁ、たしかに……ズレてますね」
彼女の言う通り、俺と宮川さんとの間には微妙なズレがある。バランスがとれていないというか、なんというか。
ふっと小さく息を吐いた。
耳まで真っ赤にして慌てる彼女が愛らしい。顔は全然タイプじゃないけど、トータルで好き、世界一可愛い。
「とりあえず、昼飯食べに行きませんか?」
今だから言えるけど、彼女には一生言わないけれど。
昼ご飯を食べに行こうと誘われた日の翌日から、バイトの日は実家でのご飯を断っていた。
いつ誘われても大丈夫なように。
彼女の期待に、応えれるように。
俺はさ、ずっと前から好きだったよ。
あんたはどう、宮川さん?
話をして、少しずつ一緒に整えていこう。
二人の間にある、彼氏と彼女の微妙なバランスを。
彼と彼女の微妙なバランス 七種夏生 @taderaion
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます