第63話 ずっとあなたと一緒にいたい

 最近、授業が眠く感じる。

 理由は自分でも分かっている。

 夜なべしてマフラーを縫っているからだ。


 相澤の誕生日が11月13日だと思い出したのは、2学期が始まる前のことだ。


 ——相澤の名前が秋斗なんだから、誕生日は秋だよね。


 ふとそんなことが頭に浮かぶと、途端に私はそわそわし始めた。

 だって、彼氏の誕生日には、誕生日プレゼントを用意しないといけない。

 最初は彼氏「役」だったとはいえ、今は本当の彼氏みたいなものだし。


 それに、相澤だって口にはしないけど、同じように考えてるはず。

 だから私がプレゼントを用意しても、重いとか思わない……よね。多分。


 悩んだ末、私は誕生日プレゼントを用意することにした。誕生日の正確な日にちは、相澤が私の彼氏役を引き受けた当初、お互いの情報を交換した際につけたメモに書いてある。


 あの頃は周囲に関係を疑われないようにと、色々考えてたな。

 メモを見て、私は少し懐かしくなった。


 さて、誕生日が分かれば、次は何を送るか決める段階だ。

 これも色々と悩んだけど、誕生日が11月の中旬——まもなく冬に入ろうという時期——なのを踏まえてマフラーにした。それも、手作りのマフラーだ。


 私の送ったマフラーを、冬の間相澤が毎日つける。

 それを私が毎日見る。うん、これ以上幸せなことはない。


 というわけで、10月の終わり頃から少しずつマフラー作りを始めた。

 でも、一つ想定外なことがあった。

 自分で思っていたよりも、私は不器用だったんだ。


 ——模様の入った、綺麗なマフラーを作ってやろう。


 初心者のくせに自分でハードルを上げたのもあって、予定してたよりはるかに時間がかかった。とはいえ、日中は学校やピアノの練習に追われていて、中々時間が作れない。すると必然的に、夜にマフラーを編むことになる。


 おかげで睡眠時間が削れ、最近は日中の活動にまで影響が出ている。

 針で何度か指を刺したりもしたし、思ったより根気のいる作業だ。


 でも、不思議とやめようとは全く思わなかった。

 少しずつマフラーができていくのが楽しかったし、何よりこれを相澤に贈った時、彼がどんな顔をするのか見てみたかったから。


 とはいえ、それももう今日で終わり。

 誕生日前日にして、私はついにマフラーを縫い上げた。

 完成したものをつくづくと眺めて、達成感に浸りつつ思う。


 ……相澤、喜んでくれるかな。喜んでくれるといいな。


* * *


 翌日のお昼過ぎ、私は相澤家の玄関扉の前に立っていた。

 相澤以外には舞ちゃんを通じて、家に行くと予め伝えてある。

 舞ちゃんによると、今日の相澤は1日家にいるらしい。

 私としては、非常に都合のいいことだ。


 前日、私はLIMEで相澤に、明日は用事があると伝えておいた。

「了解」という淡白な返信が、相澤からは返ってきた。休みの日に彼女に会えないんだから、もうちょっと残念そうな返事をしてほしい。


 ……正直、ちょっと緊張してる。サプライズをしようと決めた時はワクワク感しかなかったのに、なんでだろう。相澤が喜んでくれるという確証がないからかな。


 でも、ここまで来たのに引き返すわけにはいかない。

 それに、彼女が彼氏の誕生日を祝わないというのも変だし。


 覚悟を決めて、インターフォンを鳴らす。

 少し経って、ガチャリとドアが開いた。相澤が顔を覗かせる。

 私がいたのが予想外だったのだろう。

 私の顔を見た瞬間、相澤の顔が固まった。


「……なんで」


 ぽつりと呟かれた一言。

 もしかして歓迎されてないのかな、という不安がよぎる。

 自分でも気付かないうちに、表情が硬くなった。


「誕生日、おめでとう」


 私はそう言いつつ、懐からクラッカーを出して紐を引っ張った。

 発射された中のテープが、相澤の頭にかかる。

 かかったテープを被ったまま、相澤が「ありがとう」と目を瞬かせる。


 これは……どうなんだろう。

 喜んでるのかな。嫌がってる感じではなさそうだけど。


 お邪魔します、と挨拶をしつつ、私は相澤家に足を踏み入れようとした。

 するとその時、相澤が唐突に「ちょっと待った!」と声を上げる。

 思わずびくりと身を震わせると、


「わ、悪い。ただ、水谷が来るとは思わなかったから……部屋の整理を、ちょっとさせてくれ」


 相澤はそう告げてから、突風のように部屋へ引き返した。

 ドタバタという音が彼の部屋から聞こえる。その音を訝しく思ったのか、居間から相澤のお母さんおばさんが出てきた。


 玄関に佇む私の存在に気付くと、


「あら、いらっしゃい花凛ちゃん。今日はありがとうね、うちの息子の誕生日祝いに来てくれて」


 とにっこり微笑む。


「そんな……私はただ、自分が祝いたいと思って来ただけなんで」


 私が顔の前で手を振ると、おばさんの笑みがさらに深まった。

 なんか照れくさいな。

 よく考えなくても、私けっこう恥ずかしいことを言ったかも。


 早く相澤に戻って来てほしいと思っていたら、ちょうど彼が部屋から出てきた。

 髪にかかっていたテープは、すでに取られている。


「ど、どうぞ。そんなには片付いてないけど、さっきよりはましになったはず」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


 相澤の言葉に頷くと、私はおばさんに会釈して部屋に向かった。

 お茶とケーキを用意するわね、という言葉を残しておばさんは居間へ行く。

 私は相澤の部屋に入るなり、辺りを見回した。


「……ふーん」

「な、なんだよ」

「別に。ただ、慌てて何か片付けに行ったから、Hなのを隠してるのかと思って」

「なわけないだろ!」


 相澤が全力で否定してきた。これは図星かな。

 ベッドの下にそういうのを隠すとはよく言うけど、これは隙を見て探さないと。

 どういうのを相澤が好むのか、ちょっと興味があるし。


 おばさんがお茶とケーキを持って来てくれた後、私は相澤としばらく他愛もないことを話した。その間ずっと、マフラーを渡す機会を私は窺う。おかげで、あまり気が休まらなかった。


 やがて相澤が、トイレに行くと言って部屋を出た。

 しばらく雑談をしているうちに、当初の警戒が薄れたのだろう。

 今だとばかりに、私はベッドの下を探る。

 予想通り、何か本のような感触に手が触れた。


 これがエロ本というやつだろうか。

 想像してたより薄いなと思いつつ、本を手繰り寄せてベッドの下から出す。

 取り出した本の表紙を見て、私は言葉を失った。


『猿でも分かるフランス語入門』


 そんなタイトルが表紙には書かれていた。

 ページをめくって中身を見ても、確かにそれはフランス語の入門書。

 カバーだけ変えて中身は違う、なんてオチでもない。


 相澤が私に隠れて、フランス語の勉強をしている。

 ここまで分かって、彼の考えに気付かないほど私は馬鹿じゃない。


 じわりと胸の辺りから、熱が広がっていくような感じがした。

 相澤といると、時々覚える感覚。

 前までは、錯覚かとも思ってたけど……これは多分、本物だ。


 相澤の部屋の隣のトイレから、水を流す音がかすかにした。

 慌ててフランス語の入門書をベッドの下にしまい、相澤が来るのを待つ。

 相澤が私に隠すつもりなら、私は知らないふりをした方がいい。


 ……あ、でも、良いこと思いついたかも。


「悪い、長引いた……って、何その顔」

「え?」

「なんか嬉しそうな顔してるけど」

「そ、そうかな」


 部屋へ戻ってきた相澤の指摘に、私は慌てて表情を引き締めた。

 持ってきた鞄の中身をごそごそと探り、今日という日のために作ってきたマフラーを取り出し、ぽんと相澤に渡す。


「はい、これ」

「えっ……マフラー?」

「うん。一応、私が編んだんだ」

「……道理で」

「……どういう意味?」

「いや、なんでもない」


 私の指をちらりと見てから、相澤が首を振った。

 マフラーをじっくりと眺めた後、思わずといった感じで言う。


「やばい、めっちゃ嬉しい」

「本当?」

「ああ」

「……巻いてあげようか?」

「……じゃあ、頼もうかな」


 私は相澤の手からマフラーを受け取ると、彼の首にそれを巻き付けた。

 その間相澤は、じっと身をこわばらせて待っている。


 マフラーを巻き終えると、その端を掴んでゆっくり相澤を引き寄せた。

 彼の耳元で囁く。


「Je veux rester avec toi pour toujours」

「……悪い、フランス語はよく分からなくて」

「知ってる。だから言ってみた」

「……だよな」


 相澤が何やらほっとしたような顔をした。

 自分の嘘が私にばれてるとは、露ほども思ってないような顔。


 でも、私は知っている。

 相澤がフランス語を勉強してるのを。

 私がさっきの言葉を囁いた時、彼が耳をほんのり赤く染めたのを。


 これは大事なことを私に隠してた、相澤への復讐だ。

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校内一の美少女に彼氏役を頼まれたので引き受けたが、徐々に相手が本気になってる気がする 佐藤湊 @Kabutomusi

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