正しい年始初出勤の仕方

淀川 大

木星のコロニー型マンションにて

「ちょっと、ウッキー、まだなの? 年始の初出勤で遅刻しちゃうわよ」


「分かってるよ、サッキー。久しぶりにネクタイを巻くから、うまく結べないんだ」


「もう、仕方ないわね。貸して。こうやってね、ウサギはウサギらしく、『兎結うさぎむすび』で二本垂らして、真ん中で可愛くキュッと。ほら、出来た」


「ありがと。ああ、耳毛の方はどう? ちゃんと整えられてるかな」


「見せて。――うん、大丈夫。ちゃんと短く刈れてる」


「今日の『太陽系新春名刺交換会』には、ウチの大口取引先であるエテコ社の営業部長さんも来るんだよ。あの部長さん、相手の耳から出てる毛を見ると、引っ張る癖があるらしいからね」


「サル部長さんでしょ。秋にバナナの皮で滑って怪我をされたとかいう」


「うん。ドジだよなあ。あ、そういえば、サル部長さんの御宅にお歳暮を送ってくれた?」


「ちゃんと送ったわよ。量子メールで届いたって知らせが来てたもの」


「宅配会社から? そうだ、ごめん、言ったっけ。シロウマムサシにしてくれた? 他の会社の配達だと、彼、怒るらしいから」


「クロイヌトマトの宅急便だと、玄関先で喧嘩になるんでしょ。何度も聞いたわよ。ちゃんとシロウマムサシにしました」


「よかったあ。まったく、宅配会社の選択まで神経を使わないといけないなんて、営業って仕事も大変だなあ」


「しっかりしてよ。年明け最初の出勤だっていうのに、もう耳が下がってるわよ。はい、キャロットコーヒー」


「ああ、ありがとう。でもなあ、現場で人参を抜いていた方がよかったかなあって。好きなだけ人参をガジガジできたし」


「このマンションのローンはどうするのよ。木星のマンションコロニーにしては安いとはいっても、まだ何十年もローンは残ってるのよ。せっかく念願がかなってカリスト衛星の人参工場から、木星勤務でお給料のいい営業部に異動できたんだから、頑張ってもらわないと」


「分かってるよ……。それにしても、エテコ社はウチの大口取引先だからなあ。部長さんの機嫌を損なわないようにしないとなあ。前任だった同期のセキネ君は、一昨年の暮れにサル部長さんに高級富有ふゆ柿を一箱も送っちゃったらしいんだよ。馬鹿だよなあ」


「セキネさんって、オリオン座支店に異動になった方よね。高級な柿なのに駄目だったの?」


「違うよ。柿が駄目なんだよ、サル部長は。あと、ほら、餅も嫌いだし。蜂蜜も嫌いなんだって」


「……」


「あと、カニカマも駄目だって。蟹のしゃぶしゃぶは大好物らしいけど」


「なにそれ。ただの好き嫌い?」


「例の、ほら、合戦モノのドラマ。大銀河放送でやってたやつ。あれのせいだってさ」


「ああ、『猿蟹合戦バトゥル』ね。なんか人気だったから今年の夏に続編やるんでしょ。サイボーグになって戻ってきた猿が柿の木を根元から……」


「どうでもいいけど、サル部長さんはあのドラマのせいで柿が嫌いになったらしいんだ」


「……ご、ごめんね、ウッキー」


「……? え? まさか、柿を送ったの?」


「ううん。干し柿の詰め合わせ。お正月だし」


「あっちゃあー。マズったなあ。干し柿は自分のお尻みたいだから、尚更嫌いだって、天王星で接待ゴルフした時に言ってたもんなあ。そっかー……」


「そんなの知らなかったから……。どうしよう……」


「仕方ない。干し蟹と間違えたって言うとするか。蟹のことは目の敵にしているようだから、納得してもらえるだろう。よし、注文サイトで入力する時に『ニ』を『キ』に打ち間違えたと言い張ろう。俺は指が短いし」


「さすがは、敏腕営業社員ね。リカバリー完璧」


「だろ? あ、マズい。もうこんな時間だ。通勤シャトルエレベーターに乗り遅れちゃう」


「あ、待って。鞄、鞄」


「おっと、あぶない。じゃあ、行ってくるよ」


「ん? ちょっと待って、ウッキー」


「なんだよ。時間が……」


「これ、何よ。鞄のポケットから、こんな物が出てきたんですけど」


「あ……それは……」


「なんですって、『クラブ・カピバラ天国ご優待券』? これ、どーゆーことかしら!」


「いや、違う、違うよ。誤解だ。それは……せ、接待だよ、会社からもらった接待用のチケット」


「嘘よね! 分かるのよ、耳がピーンと立ってるから。ウッキーが嘘つくときの癖じゃない。それに、私、知ってるんだからね。ウッキー、お正月特番で夜中にやってたカピバラの温泉番組をこっそり見てたでしょ。前歯をこーんなに出して。いやらしい!」


「だから、誤解だって。あれは『ビーバー先生の温泉哲学』っていう教養番組……イテっ」


「どうして嘘つくのよ。結婚する前はお互いに嘘はつかないって約束だったでしょ! このスケベウサギ!」


「ついてないよ。サル部長さんは地球の、日本の、地獄谷のご出身なの! だから、温泉の話になった時のことを考えて、勉強してたんだ。あれも仕事の一環だよ」


「なんでもかんでも仕事、仕事って。じゃあ、クラブ・カピバラ天国も仕事なんですかあ!」


「それは会社から接待用に貰った優待チケットなの! 別に行くこともないと思うけど、だからって捨てる訳にもいかないし、でも、サッキーが心配すると思って隠していたんだよ」


「そ、そうなの?」


「そうだよ。それに、カピバラはウサギっぽくしているけど、本当はネズミの仲間じゃないか。その証拠に、ボックス席のソファーのひじ掛けなんて、歯型だらけでボロボロさ。あいつら何でもかじるから。でも、僕は違うよ。僕はれっきとしたウサギだし、何よりサッキー一筋だからね。あんな店には行かないよ」


「本当?」


「本当さ。だから機嫌なおしてよ」


「うん。わかった。信じる。疑ったりして、兎蹴りしちゃって、ごめんね」


「まったくサッキーは慌てんぼさんだなあ」


「えへっ」


「じゃあ、サッキー……」


「ど、どうしたの、改まって……」


「今日から仕事に行ってきます。本年もよろしくお願いします」


「え、あ、はい……こちらこそ。ウッキーも、お仕事を頑張ってください」


「じゃあ、行ってくるよ」


「あ、これ。今日のお昼の人参」


「おお、今日は金時人参か。しかも、葉っぱ付き。豪勢だなあ」


「お正月だからね。それに、頑張って欲しいし」


「わかった。じゃあ、行ってきます」


「行ってらっしゃい。気を付けて……ね……ん? どうしてお店のソファーが歯型でボロボロだと知ってるのよ。あんな店? ――行ったでしょ、カピバラ天国!」


「行ってきまーす……」


「待てえ! 人参かえせえ!」


 彼は脱兎のごとく、否、脱兎そのもので跳んでいった。


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正しい年始初出勤の仕方 淀川 大 @Hiroshi-Yodokawa

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