第23話 マリラの決意

 マリラの心配をよそに、ルアーナはそれまで以上に勉強と美容液作りに没頭していった。

 夜遅くまで起きていることも多く、マリラの目からも明らかに疲れて見えた。


 そんなルアーナのやる気に反して、王都の冬は南国育ちの彼女に厳しいものだった。冬期休暇にはいってすぐ、ルアーナは体調を崩し、年の瀬もマーレに帰れず王都のベッドで高熱に浮かされていた。


 マリラは医者を呼びに街にでたが、すぐにあてが外れる。


 ロンバルディ商会の名前をだせば貴族相手の医者も喜んで高い薬をだしてくれたマーレとは違い、王都ここでは相手にしてもらえなかったのだ。お金はあると伝えても、平民だからという理由で往診を断られた。


 しかたなく、いつも世話になっている商店のおかみさんに聞いて、平民を診てくれる医者を連れて帰った。

 しかし医者が置いていった薬を飲んでも、ルアーナはベッドのなかでぶるぶる震えている。喉はひゅうひゅう鳴って苦しそうな呼吸しかできないようだった。


 ありったけの毛布をかけ、手を握った。そうやってひと晩じゅう祈ったが、いっこうに良くなる気配はなかった。


「マリラ……寒い、頭が痛い。すごく怖いわ」


 マーレではひと晩寝ればケロッとしていただけに、弱気になっているのだろう。


 マリラは一睡もせずに看病しつづけた。ロンバルディ夫妻からくれぐれもと託されたこともあったし、なにより幼いころからルアーナのお世話をしてきた。

 あまり歳が変わらないからこそ、ときには姉妹のように過ごしてきた大切なお嬢さまだ。


 今、彼女を守れるのは自分しかいない。


「お嬢さま、苦しいでしょうがもうすこしだけ堪えてください。マリラが必ずお助けいたします」


 ルアーナに自分のブランケットをかぶせると、上着を羽織ってふたたび外にでた。小走りでむかった先は「ベリンダ魔導具店」だった。

 マリラが扉を開けるといつものけだるげな声がした。


「いらっしゃい……あれ珍しいね、あんたひとりかい?」

「ベリンダさま、どうかお願いです! お嬢さまをお助けくださいませ」

「いったいどうしたんだい?」


 マリラが矢継ぎ早に言うと、ベリンダは目を丸くした。


「お嬢さまが高熱をだされましてお医者さまを呼んだのですが、薬が効かないようで」

「医者? あのあたりだと角のマークス先生かい?」

「はい」

「そりゃダメだ。あれは有名なやぶだよ」


 ベリンダの言葉にマリラは絶望する。


「あの、王都で信頼できるお医者さまをご紹介いただけないでしょうか。お金はだします。お願いです。お嬢さまをお救いください!」

「ちょっと落ちつきな。今年は厄介な風邪が流行ってるからねえ」

「ああ神さま、どうかお嬢さまを連れていかないでください」

「よしなッ! あれはちょっとやそっとじゃへこたれない娘だろ。あんたがしっかりしないでどうするんだい」

「すみません。私怖くて……」


 マリラの口から思わず本音が漏れた。ルアーナを失ってしまったらと思うと、本当はずっと怖かったのだ。目に涙が浮かぶ。それを見たベリンダは力強く言った。


「大丈夫さね。あんたはまずこれをあの娘に飲ませるんだ。薬じゃないが体力と治癒力を高めるから体が楽になる」

「分かりました」

「それからこれを持っていきな。ここに水を入れてしばらくすると湯気がでてくる魔導具さね。なるべくあの娘の近くに置くんだ。呼吸がラクになる」

「ありがとうございます」


 自分が助けるとルアーナと約束したではないか。マリラは涙を拭いて気持ちを強く持つ。


「よし。そのあいだにあたしゃ医者をあたる。ツテを持ってそうな奴とあう約束があるんだ。今日でよかったよ」


 ベリンダから滋養剤と魔導具を受けとり急いで家に帰った。言われたとおりルアーナに滋養剤を飲ませ、魔導具を動かすと半時ほどで呼吸が静かになる。


 しかしベリンダが手配すると言った医者はいつまでたってもあらわれなかった。冷たい風が窓を叩くたび、恐ろしさに震えながら夜明けを待った。


 外が明るくなるころ、玄関の扉がノックされた。

 扉を開けると、見るからに上流階級の上品なお医者さまが立っていた。相手が平民であってもイヤな顔ひとつせず、ルアーナの診察を終えると薬を処方してくれた。


 マリラはお礼をはずみ、深々と頭をさげた。


「先生、本当にありがとうございました」

「いや、間にあってよかった。あとは温かくしてお大事になさってください」


 それから二日後にはルアーナはベッドから起きあがれるまでに回復した。マリラはほっと胸を撫でおろした。

 授業が再開するまであと三日というころになって、ようやくルアーナは外にでかけられるようになった。


「あまりご無理なさらないでくださいませ」

「大丈夫よ。マリラのおかげでずいぶんよくなったわ」

「いいえ、すべてベリンダさまのおかげにございます」

「そうね。それじゃあリハビリがてらちょっとお礼してくるわね。ついでにこれも買い取ってくるわ」


 あの日以降、ルアーナは毎日のように〈湯気のでる魔導具〉を使っている。相当にお気に召したようだ。

 おかげでルアーナの部屋にはいると湿り気を帯びた空気が心地いい。


「たしかに、いちばんのお礼かもしれませんね」

「マリラもそう思う? だってベリンダさんだもの」

「では、耳あてと手袋を忘れずに。それとなるべく火の近くでお過ごしくださいね」


 お手製の檸檬リモーネパイとマフィンを手土産に持たせた。笑顔ででかけるルアーナを見て、胸がひどく苦しくなった。


 今回のことはマリラの失態だ。

 アンジェロのことを吹っ切るためにも、多少は仕方ないと無理するルアーナを止めなかった。

 それに王都の冬を甘くみていた。人口が多く人の出入りのはげしい王都では、タチの悪い病が流行りやすい。


 そしてロンバルディ商会の名前もお金も役に立たないのが貴族社会なのだとあらためて思い知らされた。

 頼るものがいないというのは、こんなにも不安なものなのか。ルアーナはグラーヴェ魔導学院でいつもこんな思いをしているのか。


 分かっているようで分かっていなかったのは自分のほうだった。

 二度とルアーナをこんな目にはあわせまい。そのためにも味方を増やすことを考えよう。


 マリラは紙とペンをとった。まずは今回の件について主であるファビオに報告と謝罪をする。そして今後の指示を仰ぐ。


 王都にきて四か月。

 ようやく生活にも慣れ、基盤が整ってきた。

 とはいえルアーナが魔導士になるのはまだ二年以上先のことだ。それまで全力でサポートする。そしていつか、ルアーナが彼女の素晴らしさを理解する殿方と幸せを掴むその日までそばに仕えよう。


 ルアーナを愛するマリラは心の底から忠誠を誓う。


 そしてふと、ルアーナに持たせた形の崩れた檸檬リモーネパイを思いだす。

 ルアーナがはじめて自身で作った檸檬リモーネパイ。ベリンダがちゃんと食べてくれるといいが――。

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レディ・ローザ 木野結実 @KinoYumi

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