手紙(四枚目)
金見さんの訃報が伝えられ、ミス研の部員たちは彼女の死を悼んだ。が、それと同時に「なぜ?」とも思った。
金見さんは常に薬を持ち歩いていたはずだ。だが部室前で発見された当時、彼女は手ぶらだった。ちょっとトイレに立つときですらバッグを持ち歩くくらいだ。日頃の用心深さを考えると、彼女が薬を持たずにウロウロしていたというのは、ちょっと考えにくいことだった。
が、金見さんのバッグがのちに付近の川の中から見つかったことで、なんとなく事情がわかってきた。
当時、大学の付近ではひったくり事件が頻発していた。盗った荷物から金品だけを抜いて、残りはその辺の川に捨ててしまうという迷惑なやつだ。
おそらく金見さんは大学にくる途中でその被害に遭って、持ち物をすべて失ってしまったのだろう。
犯罪被害に遭うというのは大変なストレスだろうね。特に金見さんの場合、精神的なショックを受けたときに発作を起こしやすかったようだ。おそらくこのとき彼女は、重い発作の兆しを感じたのだろう。
金見さんがいつも使っている北門からは部室棟が一番近い。警察もなにも後回しにして、彼女は部室にある薬を回収することにした。急いで鍵を借り出して部室に向かう。ところがあと一歩というところで発作が起き、ドアの前で力尽きてしまった――
そういう事情だったのだろうと推測された。
結局ひったくり犯は検挙されなかったんだっけか。本当に残念なことだ。ともかく金見さんの死はおれたちに衝撃を与えたし、特に牧くんの落ち込みようはひどかった。
正直に言おう。おれはあのとき、予想を超えた落ち込み方だと思った。きみは一見親切なようでいて、実は結構ドライな性格だからね。
でも牧くんは結局大学を休学し、そのまま退学してしまった。連絡もとれなくなって、それっきりだ。どうやら地元で暮らしているらしいと人伝に聞いたから、こうして手紙を書いてはいるが――仮に届いていたとして、きっとこの手紙が、おれがきみに送る最後の手紙になるだろうな。
牧くんに聞きたいことがある。
金見さんが亡くなった日の前夜、きみは「鍵の入れ替えトリック」の実験をしたのではないだろうか?
部室の鍵をほかの鍵と入れ替えて返却しても、翌朝まで気づかれることがないかどうか、実際に試してみたんじゃないだろうか。
確かな証拠はない。
ただあの朝、金見さんが先に鍵を借りたと聞いたきみが「遅かったかぁ」と言ったこと。倒れている彼女の手からこっそりと鍵を回収していたこと。きみが、小説の中のトリックが本当に実行可能かどうか、実験してみるのが好きだったということ。おれはこれらの要素をつい、繋げずにはいられないのだ。
金見さんは部室にたどり着いたが、手に持っていた鍵は部室のものではない、どこか別のドアのものだった。当然部室のドアを開けることはできない。焦っているうちにとうとう発作が起こった――つまりきみの実験が、不幸にも彼女の死を決定的なものにしたのではないか。
おれはこの十年間、ずっとその疑いを抱いていた。もしもこの考えが的を射ていたらと考えるとね、牧くん。
おかしいだろうか? おれはとても満ち足りた気持ちになるんだ。
どうして大学生活って、たったの四年で終わってしまうんだろうな。
しかもおれと牧くんは二学年差で、在学期間がかぶるのはほんの二年間だ。
言ったとおり、きみと推理小説の感想や自分で考えたトリックについて話しあうのは、本当に楽しかった。誇張でなく、おれの人生で一番楽しい時間だったんだ。
どうして牧くんのことがそんなに特別だったのか、自分でもわからない。
ただおれはきみが「ミス研の先輩っぽくていいですね」と何度も言ってくれた黒髪を染めたり、切ったりすることが、十年経った今でもできない。
そういうやつなんだ。
ところであの日、金見さんのバッグをひったくったのは、本当に一連の事件を起こしていた奴と同じだろうか?
牧くんと仲の良かった女の子にいやがらせをしたくて、別の誰かがやらかしたことではないだろうか。あえて誰とは言わないが――
なんて、徒に意味深なことを言ってみた。許してほしい。
実は病気になって、余命を宣告されたんだ。来年の今ごろはもう、おれはこの世にいないだろう。
もしもおれの推理が当たっていたとしたら、きみにはこの問題について考えてほしい。金見さんを死に導いた共犯者が本当にいたのかどうか。そいつは黒い髪を長く伸ばしていなかったか。
おかしな手紙を送ってすまない。おれはきみが死ぬまで、きみの記憶に残っていたい。きみにおれのことを考えていてほしい。
牧くん、どうかお元気で。解答編はいつか、あの世で会えたときにやろう。
では。
さてここで問題です 尾八原ジュージ @zi-yon
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