終 進む南北対立

 <日本人民共和国>成立後、東京では、NHKが相変わらず、

 <神州不滅>

を放送し、また、<日本人民共和国>成立の事実を受けて、

 「赤魔・ソ連と戦い、奪われた皇土を奪還せねばならぬ」

と放送していた。新聞の社説も同様の内容であった。

 藤倉家でも、こうした放送等は日々、耳にしていたし、新聞で目にもしていた。

 しかし、妙子は思った。

 「神州不滅?既に現実として、国土のかなりの部分を奪われてしまったじゃないのさ!」

 最早、食糧配給さえ、機能不全になり始めている昨今である。そんな状態で、どうやって、国土を取り戻すというのか。それこそ、空論的お説教のようでさえある。

 他方で、

 <日本人民共和国>

 の国営放送局たる<人民放送局>から発せられるラジオ電波

 <人民の声>

が、農地解放、工場解放、男女同権を実施すると言い、新政府の方が極めて魅力的であるかのように言っていた。大日本帝国では

 <北>

と称されていた

 <日本人民共和国>

の放送を聞いていることがばれたら、隣組等を通して、どんな仕打ちに遭わされるか分からない。しかし、ラジオの周波数を、以前、ある時、偶然耳にした

 <日本人民共和国人民放送局>

の周波数に合わせると、こうした放送が入るのである。それ以外の周波数でも、

 <北>

の放送がラジオに入ることがある。そうした時には、場合によっては、砂嵐のような妨害電波が入り、聞けなくなることもあった。

 最早、一体、何が正しくて、何が間違っているのだろうか。訳が分からない。弟の雄一も、いよいよ、多感な年齢になり、<戦勝>以来の体制に色々と疑問を抱き、批判も口にし出すかもしれない。

 以前、山村家に配給食糧を取りに行った際、その量のすくなさに雄一がその場で批判的な事を言い出すのではないかと、危惧したことがあった。

 しかし、今では、既存の体制への批判の方が、いよいよ、正しいのではないかとさえ、思われてくるのであった。

 <人民の声>

の番組の中で、就中、気になるのが、新潟での新政権樹立の際、

 「人民の名において、抑圧の象徴であった特高刑事2人を処刑した」

と報じていたことであった。勿論、こんなことを、近所にて、大っぴらに議論することはできない。それこそ、特高に逮捕されるかもしれない。しかし、雄一は何かしら、

 <体制批判>

の気持ちを高め、

 <特高刑事処刑>

の件から、何等かの勇気を得ているようなのである。

 とにかくも、いよいよ、

 <大日本帝国>、<大東亜共栄圏>

は、生活レベルで、足元から崩れ始めているのであろう。

 ただ、そんな中で、それこそ、生活レベルにて、妙子が主体的できることと言ったら、幸長との結婚による新たな生活であろうか。

 それ以外、妙子に出来ることは、現時点ではないであろう。しかし、先の見通しが立たない。心中にて霧のように、

 <漠たる不安>

が拡がって行く妙子であった。


(完)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

もう1つの東西冷戦―日本人民共和国臨時労農革命政府成立編 阿月礼 @yoritaka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画