春一番 🌱 

上月くるを

春一番 🌱





 可愛らしいふわふわした三人娘、キャンディーズの『春一番』の印象もあってか、ヨウコさんはずっと春一番は暖かで穏やかな南風を指すものと思いこんでいました。


 それが間違いだったことを知ったのは誘われて参加したばかりの句会で、意気揚々とポジティブシンキングな俳句を披歴し、先輩諸氏の困惑顔を見たときで……。💦


 かなり年下ながら句歴はすでにン十年というリーダーの女性が、あとで、春一番は季節の先駆けではあるが、ときには嵐にもなる暴風を指すと教えてくださいました。


 それから春一番という季語が苦手になり、なんの疑いもなくみなさんにご披露した的はずれを最初で最後に、一度も使っていません。春一番さん、ごめんなさい。🙇


 


      🏙️




 コロナ前は毎月三つの句会に出席していましたが、午前と午後、連続の日もあり、大急ぎでつぎの会場へと横断歩道を渡っているとき、リーダーがふと呟いたのです。



 ――わたしの句って、句会では人気ないんだよね~。((((oノ´3`)ノ



 たしかに……ただ、それは新人から見ても句のクォリティが秀逸だからで、万葉集や源氏など古典に材を取ったものなど、素養がなければ点の入れようがないのです。


 でも、新人の身でそれを口にすれば分不相応な慰めにしか聞こえないとも思われ、前を行く集団から少し離れた肩をふたつ並べながら、気まずい時間を過ごしました。


  


      🖋️




 嘆息or謙遜とは裏腹に、属する結社誌(主宰も編集長も各紙誌の選者として活躍)の巻頭を彼女の句が飾らない月はなく、そのつど句会での評価の相対を思いました。


 ヨウコさんが入会して二年目、重い持病を抱えていたリーダーは急逝されてしまいましたが、彼女の適格な選評と励ましに育てていただいたこと、いまも忘れません。





     🔸🔹🔸🔹




 もしもわたしが風になれたならば

 気に入りの詩集を一冊だけ抱えて

 大切な人たちのもとへ吹いてゆく


 電柱の間のたわんだ電線に止まり

 朝夕の出入りをだまって見守るの

 夜は月と星に詩集を読んであげる


 だってこんなに年老いたでしょう

 びっくりさせるといけないからね

 電線になるだけで十分にしあわせ




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

春一番 🌱  上月くるを @kurutan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ