第4話 そして種が明かされる


 場の空気を一変させたのは、意外にも鳳だった。

「おいおい、どうしたんだね、みんな?」

 と、明るい調子かつ大声で言う。自分達がやや訝しみの目を向ける中、部長は話し続けた。

「謎研究会のメンバーともあろう者が、揃いも揃って、何故、沈んでいる? ここはこう言うべきところだぞ、『部長も人が悪い。そんな嘘に我々はだまされませんよ』と」

「――はあ?」

 我ながら、素っ頓狂な声を出してしまった。恥ずかしくなかったのは、他の二人も似たような反応を示したからだ。

 ぽかんと口を開ける部員達の前で、鳳部長はクールに言った。

「よく考えてみたまえ。今から三年前、つまり二〇〇六年の僕の誕生日は、日曜日なんだよ。学校は休みだ」


           *           *


「ここに書かれていることが、記述内容だけで二〇〇九年に起きたと分かればもっといいのにねえ」

 友人の声に、どきりとした。思わず、手が震えるほど。

 いつの間にか背後に立ち、肩越しに読んでいたらしい。

 自分――言うまでもない、米川延仁だ――は、心臓のどきどきを隠し、座った姿勢のまま振り返った。

 友人はにんまりして、「ニックネームが誕生したのは、このときだったのか、エンジン」などと軽口を叩く。

 相手を見上げた自分は、まあ座れと促した。目の高さが同じになるのを待ち、始める。

「さっき、ここに書かれていることだけではいつの出来事か分からない、みたいな言い種をしたよな」

「文言は違うが、ま、意味はそういうことになるね。僕は君の今の年齢を知っているから、考えるまでもなく分かるが、完全な第三者には、部長さんが二〇〇六年と言うまでは分からない」

 素直に認める友人。この瞬間、自分の表情はにやりとしただろう。

「よく読め。そして考えよ」

「うん?」

「読めば分かるんだよ。この出来事が二〇〇九年に起きたってな」

「嘘だろ?」

 こちらの手元――手記をまじまじと見下ろす友人。言葉とは裏腹に、早速読み返し始めた。

「……手掛かりはこれかな。最初の方の誕生日の」

「その通り。じっくり考えれば、誰にでも分かると思うぜ」

「まず……話をしている時季は、九月。新年度のクラスになってから、つまり四月から五ヶ月あまりとあるし、沢島という女子の誕生日が七月で、二ヶ月ほどおねえさんぶったのなら、九月だ」

「ご名答。だけど、それ以前に僕の誕生日、知ってくれてなかったのかよ。知っていたら、考えるまでもなく九月と分かるだろうに」

「うむ。男の誕生日になんぞ、誰が興味を持つかいな」

「興味を持てなくても、この文章を読んだら、推測できちまうんだぜ」

「……とりあえず、先に鳳という人の誕生日から。九月にした会話で、誕生日は来月で、かつ三日後とある。三日後に十月に入ってるんだから、この会話がされた日は、九月二十八、二十九、三十日のいずれかである」

「いいぞいいぞ」

「このちょうど一週間前がエンジンの誕生日。九月の二十一、二十二、二十三日に絞られる。休みになる確率が、昔と今とでは違うというのは何だろう?」

「ギブアップかな?」

「いや。思い当たることはある。ただ、活用の仕方が」

「確率の件は厳密に受け取らなくていい。要するに、普通に日曜になる可能性に加えて、休みになる可能性が増えたって意味」

「……そういえば秋分の日はだいたい、九月二十二か二十三日。ハッピーマンデー制度だったっけ、あれは――いや違う。九月の祝日で、ハッピーマンデーに関係しているのは敬老の日だけ」

「難しく考えすぎだなあ。よし、ヒントをやろう。このとき月曜なのに、学校がなかったとあるだろ。それは何故か」

「――あ、そっちか!」

 友人は大きく手を打った。そして手のひらに指で、見えない数字を書いていく。多分、カレンダーだ。

「敬老の日は、九月の第三月曜日。この年のエンジンの誕生日は、敬老の日と被ったんだね?」

「それは何日だ?」

「えっと。二十一日?」

「当たり。だが、どうしてそういう結論になるのか、説明がほしいな」

「簡単だよ。二十一、二十二、二十三の三日の内、第三月曜日になり得るのは、二十一日だけさ。二十二と二十三は、どうがんばっても第四月曜」

 日付ががんばる、という言い回しが妙におかしくて、笑いを誘う。

「そうかあ。九月二十一日が月曜になる年は、ハッピーマンデー制度で敬老の日が九月の第三月曜日と定められて以降、今年までの間に、二〇〇九年だけなんだね」

「そう。自分もあとで知ったんだけどな」

 自嘲気味に笑う。友人の方は感嘆したように何度も首肯しつつ、詰めに入った。

「二〇〇九年から遡ること三年の、二〇〇六年。鳳部長の誕生日である十月一日は日曜ってことかあ。聞いていたときは、全然気付かなかったの?」

「ああ、全然」

 あのときの鳳の得意げな顔が、脳裏のスクリーンにまざまざと甦った。まったく、腹立たしい。

「それで、種明かしのあと、どうなったんだい?」

「どうなったとは?」

「鳳部長を袋叩きにしたとかさ」

「それはない。謎研究会の部員であれば、フェアな形でだまされたのなら文句は一切言えない。それが掟だよ」

「ふうん」

「でもな」

 当時を思い出し、にやにやしてしまう。

「やり返すのは自由なんだ」


――おわり

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思い出の短編 ~ 青春とミステリは多重露光 小石原淳 @koIshiara-Jun

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