第3話 ある出来事
心外そうに眉根を寄せる鳳。これは外れだなと察したものの、ここでやめるのもつまらない。
「あるいは忘れたのではなく、大切に取っておいたという可能性もある。でも、誕生日当日はバースデープレゼントをもらって舞い上がっていたため、ロッカーに仕舞っていたチョコの存在を一瞬、忘れてしまった。要は、極短い間の勘違いってわけさ」
「この謎が僕の中で解決しているのは確かだが、そんな間の抜けた解決ではないよ」
「やっぱり、真相は分かっているのね」
いつの間にか席に戻った沢島が、叫び気味に言った。立ち直ったらしい。
「ああ。二人とも解答が早いんだよ。僕は最後まで話していない。犯人当てでいうところの“読者への挑戦”はまだ先だ」
「だったら、答を求めるようなふりをせず、続けてよ」
「そうだね。――僕は部活が終わってから新聞部の部屋に行ってみたが、西田さんは帰ったあとだった。今みたいに携帯電話があれば、すぐに掛けたろうけれど、当時、中学の校則で持ち込みを禁じられていた。公衆電話まで行くのも面倒だったし、とりあえず、人目を避けられる場所でプレゼントを開けてみた。ひょっとしたら、二つ揃って意味のあるプレゼントかもしれない」
「なるほど」
「ところがだ。開けてびっくりとはこのこと。箱の中身は全く同じ物だった。ファッション性の高いリストバンドが一組」
「……予備、だったりとか」
倉木が念のためといった口調で聞く。
「予備だとしても、わざわざ二つに分ける必要がない。二組を一つの箱に入れれば事足りる」
「ですよね」
「ますます困惑した僕は、校内の公衆電話に走った。そして西田さんの自宅に電話を掛けたんだが、つながらない。呼び出し音は鳴るのの、出る気配が全くなかった」
「家族の方も出なかったと」
「ああ。普段は彼女のお母さんが在宅しているのだが、そのときは留守にしていた。緊急事態のせいで」
「緊急事態?」
聞き手三人で口々に聞き返した。鳳部長は居住まいを正し、座り直した。
「もうほとんど答になってしまうが、いいか? 僕はそのとき、彼女が家族揃って夕食にでも出掛けたんだろうと思い、プレゼントの件は明日聞こうと決めた。だが、それはある意味、間違っていた。夜中――と言っても、午後十一時頃だったかな。僕の家に電話が掛かってきて、僕は電話口に立った。そして西田さんが亡くなったと知らされた」
「え?」
急展開に思考が着いていけない。まさか、人が死ぬような話だったなんて。
「病院に駆け付けたり、その後の通夜や葬儀に参列したりしたくだりは省く。プレゼントの謎に関わるのは、彼女の死因なんだ」
「え、ちょっと待ってくださいよ」
思わず口を挟んだ。深刻そうな話なので、つい、丁寧語になる。
「確認するけれども、二つのプレゼントを受け取ったあと、西田さんは亡くなったんだよね? なのに、プレゼントの謎に関係してくるなんてこと、あるのか……」
「あったとしか言い様がない。西田さんがどうして亡くなったか、想像できてるかい?」
「交通事故、ですか?」
「その通り。ただし、彼女が事故に遭ったのは、僕の誕生日の前日夜のことだった」
「前夜? ますます分からない……」
つぶやいた沢島に、黙って首を傾げる倉木。そして、自分は気が付いた。
「もしかして、あれか。事故から時間差で、症状が出る……」
鳳は無言で頷いた。こっちに続けさせるつもりだ。仕方がない、話すとしよう。
「西田さんは事故に遭ったが、たいしたことはないと判断したんだろう。実際、見た目には無傷だったのかもしれない。でも、たまにあることらしいんだが、交通事故などで転倒し、頭部を打った場合、脳内で出血が起きているとは気付かずに放置し、その結果、数時間から数日後に症状が表面化するケースがあるという。最悪、死を迎えると」
「……僕もそれだと思った」
鳳が口を開く。皆、静かに聞く。風の音だけが時折邪魔をする。
「西田さんは前日、自転車で学校に行き、サッカー部部室にこっそり入ると、僕のロッカーにプレゼントを置いたらしい。その帰り道に信号のない交差点で自動車と接触、転倒し、頭を地面に打ち付けた。自転車はもちろん、自動車の方もスピードは出ていなかったので、外見は無傷だったようだ。運転手の男性は、念のため病院にと言ったようだけれど、西田さん本人が断ったという。運転手は連絡先をメモにして渡すと、立ち去った。西田さんは再び自転車を漕いで、その晩は帰宅した。
翌日、朝目覚めた彼女は、プレゼントを置いてきたことを失念したんだろう。事故で頭を強く打ったせいで。それどころか、買ったはずのプレゼントが消えたと思い込み、焦っていたそうだよ。朝から開いている店に飛んでいき、同じ物を買い求めた。そのため、登校がぎりぎりになった。
僕にプレゼントを渡したあと、彼女はすぐに下校したようだ。恐らく、症状が出始めていたんだろうな……。どうにか自宅に帰り着いたものの、じきに昏倒し、二度と意識を取り戻さなかったらしい」
「……」
しんとなる部室。風も完全に止んだ。時間の経過とともに夕日に呼称を変えた太陽から、夏の名残の光が差し込んでくる。
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