第2話 アルバムをめくるような

「まあ、そうだったのかもしれない。彼女とは仲のいい友達みたいな関係だった。だから、半年ほど先のバレンタインデーや一年後の僕の次の誕生日を迎えても、西田さん以外の女子からも、プレゼントは何だかんだともらった」

「自慢はいい」

 自分が口を挟むと、鳳は分かっていると頷いた。

「本題は、その中学二年のときの誕生日だ。学校に行くと、すでに下駄箱にはいくつか小箱があった。でも、その中に西田さんからの物はなかった。教室に行くと、今度は机の上や中が同様の状態だった。しかし、その中にも西田さんのはなかった。ふと気が付いて教室を見回したところ、彼女の姿がない。彼女の席を見て、まだ来ていないらしいと分かった。結局その日、西田さんは朝のホームルーム前ぎりぎりにやって来て、席に着いた」

「何だ、来ないのかと思ってたわ」

 息を詰めて聞いていたのか、沢島が大きく嘆息する。

「ごめんごめん。気を持たせるような言い方をしたかな。こっちも思い出しながら語ってる。順を追って話すのがいいと思って」

「どうぞ、続けて」

「――一時間目のあとの休み時間、僕は何とはなしに期待していたんだ。西田さんが誕生プレゼントをこっそり渡しに来ることを。しかし、そうはならなかった。次の休み時間も、変化なし。辛抱できなくなって、昼休みに、こっちから聞いてみたよ。付き合ってるわけでもないのに催促なんて、格好悪いし厚かましいという自覚はあったけれどね」

「何て聞いたんです?」

「どうだったっけ……確か、『去年くれたパズルに、続きはないのかな』だったと思う」

 気障だ。あるいは照れ隠しか。

「返事は?」

「用意してなかったわけでも、サプライズがあるわけでもなかった。『放課後、部室で渡すから』と。ちなみに部室っていうのは、彼女の入っていた新聞部の部屋で、普段は人が少ないことで知られていた」

「それで、どうかなりましたかっ?」

 倉木、想像をたくましくし過ぎだ。とは言え、自分も気になるので、いちいちからかいはしない。

「特記するようなことはなかった。本当に彼女の言葉通り、プレゼントを受け取って、少し話をして、終わりだった」

「何ですかー、それ」

 立ち上がり、机に両腕をついていた倉木は、見事にずっこけている。

 沢島も椅子の上で天井を臨むように首を傾け、足をぶらぶらさせていた。

「鳳、本当に思わせぶりに話そうとしてないか?」

 念押しすると、部長は首を縦に振った。

「このあとが大事なんだよ。僕は西田さんと別れたあと、部活に行った。掛け持ちしていたので定かじゃないが、サッカーだったと思う。部室に行き、ロッカーを開けると、顔の高さに設置した棚に、ラッピングとリボンできれいに飾られた手のひらサイズの箱が置いてあった」

「そんなところにまで、女子からのプレゼントがあったんですか」

「女子からのプレゼントには違いなかった。ただ、添えてあったカードの名前を見て、僕は首を傾げた。西田法子と書いてあったんだよ」

「ん?」

 自分を含めた三人は、一斉に同じ反応をした。鳳部長を見つめる目付きも、多分同じだ。

「まじで? 同姓同名じゃなく、本人から?」

「ああ。知る限り、西田さん――の本名と同姓同名の子は、当時学校にいなかったはず。それに明らかに彼女の字だった」

「西田さんはどうしてそんなことをしたんでしょう……」

 倉木の絞り出すような疑問に、すぐさま反応したのは沢島。右手の人差し指を立て、全てお見通しとばかりに語る。

「恐らく、手違いよ」

「手違い?」

「鳳君は聞きたくない話になるけど、いい?」

「別にかまわない。想像するのは勝手だ」

 鳳はパイプ椅子の背もたれに身体を預け、腕を組んだ。

 沢島は、多分ぬるくなっているであろう紅茶を飲み干すと、一気にしゃべり立てた。

「ずばり、西田さんにはもう一人、意中の男がいたと見た。鳳君と二股を掛けていたかどうかは分からないけれど、その男もまたサッカー部員なのよ。彼のロッカーに、プレゼントを置いたつもりが、間違えて鳳君のロッカーに入れてしまったわけ。どう?」

 胸を張る沢島。鳳は三秒ほど待って、「あのさ」と始めた。

「仮に沢島さんの説を採用するとして、僕とそのサッカー部員は、誕生日が同じなのかい?」

「あ。バレンタインデーと勘違いしてたわ。でも、偶然、同じだったのかも」

「そもそも、カードには宛名も記してあったんだよ。鳳君へってね」

「それを早く言ってよ~」

 頬を両手で包み、赤面を隠そうとする沢島。それでは足りないと思ったのだろう、立ち上がると、机の上にある空いた紙コップを集めて、片付けに行った。

「あー、もう、ごめん! 私の妄想は忘れて、次の方、どうぞ!」

「謝ることはない。なかなか面白い説だった。他にはあるかな」

 部長は、倉木と自分とを等分に見つめてきた。倉木は考えているようなので、自分が口を開く。

「忘れていた、というのはないか?」

「どういう意味か、詳しく言ってくれ」

「別の機会にも、西田さんからプレゼントをもらったはずだってこと。たとえば、さっき言ったバレンタインデー。鳳は西田さんからプレゼント、多分チョコをもらったに違いない。他の大勢の女子からのチョコと一緒にね。そして特別な一個を選り分け、ロッカーに仕舞った。で、特別でない方のチョコから順次食べ始め……」

「大事なチョコは仕舞ったまま、忘れていたと?」

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