思い出の短編 ~ 青春とミステリは多重露光

小石原淳

第1話 覚え書きから

 二〇一三年の夏の終わり。荷物を整理していると、自分が昔書いた覚え書きのような物が出てきて、つい、読みふけってしまった。

 脱力感を伴う苦笑とともに、高校時代の一場面を思い出した。


           *           *


 週明け最初の学校も放課後を迎え、自分達は部室に集まっていた。と言っても、今日は特にやることもない。徐々に傾く太陽を窓の向こうに意識しつつ、だべっていると何かの流れで誕生日の話に。

「え。“エンジン”の誕生日、この間の月曜だったんだ?」

「そう、ちょうど一週間前。事前に知っていたら、プレゼントを用意していたとでも?」

 自分――米川延仁よねかわのぶひとは反射的に応じてから内心、舌打ちした。

 新年度のクラスになってから五ヶ月余り。すっかり定着したニックネームに、違和感なしに反応する自分が少し嫌だ。

「いや。あれよ、ほら。同じ年齢に追いつかれてしまったなあと。知っていたら、ここ二ヶ月ほど、おねえさんぶれたのに。だいたい、先週の月曜って休みで学校なかったから、知ってても渡せなかったよね」

 沢島菊花さわしまきっかは、口元を手のひらで隠し、何故かおほほと笑った。

「言うな。昔は休みと被る確率、今の半分だったのに」

 頭の中で検算しつつ、ぶつぶつ言った。

「沢島さん、年上ぶるのがそんなにいいのかい? 君が七月生まれで、エンジンが今月。毎年巡ってくるのだから、そう悔やむことでもあるまい」

 部長の鳳享一郎おおとりきょういちろは、伊達眼鏡のブリッジを押し上げながらクールに言った。謎研究会の設立申請者にして部長のこいつは、自分と同級生。六月の体育祭で大活躍するほどスポーツ万能なんだが、中学生のときに飽きるほどやったからという理由で、高校ではこんな耳慣れない部を自らの手で作った。

「だね~。ちなみに鳳君の誕生日は?」

「僕も人間だから、誕生日はある」

 部長の意地の悪い返答に、沢島は、きーっと歯噛みした。漫画によくある反応だ。

「もう、分かってるくせに。いつですかと聞いてるんだってば、誕生日!」

「来月だ」

「来月のいつ?」

「あまり言いたくないんだが……三日後だよ」

「三日後、ですか」

 今まで黙って聞いていた倉木穂奈美くらきほなみが壁掛けタイプのカレンダーを振り返った。部室の奥、窓の近くのそれは、時折吹く風で弱くはためく。

「来月なんて言うからだいぶ先と思ったのに、三日後なんて。何か贈ろうと思っても、選ぶ余裕がほとんどないですね」

「くれるのならもらうぞ。みんなにも言っておく。遅れても僕は気にしない」

「いいよ。その代わり、私の誕生日にもちょうだい。あ、私も遅れて気にしない質だから、今年のぶんからね」

 沢島の口ぶりは本気なのか冗談なのか分かりづらい。まあ、嗤うところなんだろう。

「……」

 でも部長は視線を沢島から外し、黙り込んだ。最初笑っていた沢島はその沈黙の長さに耐えきれなくなったか、「鳳君? どうかした? おーい、部長ーっ?」と不安げに声を掛け始めた。

 それでもしばらく反応がなかった鳳だったが、不意に向き直った。

「別にどうもしない。ただ、思い出していたんだ。昔、誕生日プレゼントをもらったときのことを」

「なぁんだ」

 よかったと安堵の色を露わにする沢島。その間に、自分は部長に聞いてみた。

「今改めて思い出すほど、印象深い物をもらったと?」

「そうじゃない。ある意味、忘れられない出来事であるのは確かだが」

「気になります~。ここまで思わせぶりに言っておいて、話さないなんて、ないですよね?」

 一学年下の倉木が、好奇心を隠さずに求めた。猫のそれに似た両目を見開き、待ち構えている。差し詰め、鳳部長の昔話が鰹節といったところか。

「――そうだな」

 室内を見渡す鳳。眼鏡の位置を直し、再び口を開く。

「することもないし、話してみるとしようか。そうと決まれば誰か、飲み物を用意してくれないか」

 こう言われて、いつもは渋る沢島が率先して席を立った。


「あれは僕が中学二年のときだから、三年前になる」

 部長は湯気の立つコーヒーを一口飲むと、話し始めた。

「みんなは、僕とは中学が違うから知らないだろうが、中学時代の僕は控えめに言っても異性にもてた」

「信じますよ」

 倉木が即応する。

「見目麗しく、運動は何でもこなす。勉強だって成績はいいし、頭の回転も速い。知識も豊かですもん」

「おしゃべりもいけてるしね。ギャグがシュールで、たまに笑えないけれど」

 沢島が追加すると、鳳は少しの間だけ苦笑いを浮かべた。それを引っ込めると、また真顔で話し出す。

「誕生日を自分から言い触らしたことはないが、クラスの女子がどこかからかぎつけたらしくて、その前の年、つまり中一のときには下駄箱や机の中に、きれいに包装された様々な箱が、いくつか入っていた。それから三週間ぐらい経った頃だったかな、僕はプレゼントをくれた一人と、特に親しくなった。と言っても、付き合い始めたわけじゃないんだけど。その子……仮に西田法子にしだのりこさんとしておくよ。西田さんとは、趣味が合ったんだ。沢島さんが言うところの、シュールなギャグにもついてきてくれたしね」

 そう言って、沢島に目を向ける部長。口元が、また微かに笑っている。

「頭の回転が速い子って言いたいのね」

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