第三話

 ちょうど時計の短針が真上を過ぎた頃。

 俺の狭いアパートの一室に、実の父親、実の妹、妹の小学校時代の友人が一堂に介しテーブルを囲んでいる。滅多にお目にかかれる光景ではない。


 重苦しい空気の中、父さんの渋い声が響く。


乃々佳ののかもいたのか。遼馬りょうまの誕生日祝いとは二人の仲が良くて嬉しい限りだ。それで、ええと。君は?」

「お義父さまこんばんは。遼馬くんの彼女の佐倉さくら綾乃あやのと申します」

「なんと。遼馬に彼女が? まさかそんな」

「違うからお父さん。この子こないだ遠い国から引っ越してきたばっかりでまだ日本語が苦手なの」

「あはは乃々佳ちゃん面白い」

「愛想笑い日本一ヘタか? あ?」


 威嚇し合う二人。この二人に一体何があったというのだろうか。小学校の時は仲良しだったろうに。今にも掴みかかりそうな二人を抑えるべく、俺は話を進めることにする。


「そ、それで話ってのは?」

「ああ。いや、遼馬のことだからきっと一人で寂しい二十歳の誕生日を迎えているだろうし、ちょうどいいかと思ったんだがな。第三者がいる前でこれを言うのもな。日を改めようか。なんによおめでとう、遼馬」

「いやいやいや。気になるって」


 嫌な予感がするが、そんな含みのある言い方をされると気になって仕方がない。そして相変わらず失礼な父親である。息子を何だと思ってるんだ。


「そーだよお父さん。しかも私のこと、って言ってたよね? 早く教えてよ」

「いや、しかしな……」


 ちら、と父さんが佐倉へ視線を向けた。

 彼女はというと、優しく微笑んで。


「お義父さま。私のことなら気になさらないでください。もう家族のようなものなので」


 さらりとそう言った。嘘つくな。

 乃々佳が小さく舌打ちをして佐倉を睨みつける。父の話も気になるが、この二人の争いについても気になる。


「そうか。……乃々佳は良いのか?」

「いいよ別に。私、聞かれて困るような秘密とかないし」


 両肘をテーブルについて顔を手に乗せ、早く早くとでも言いたげな乃々佳。父さんも覚悟を決めたようで、神妙な顔つきで頷く。

 頷くのかよ。いいのかよ本当に。


「遼馬」


 何故か名前を呼ばれ、首を傾げる俺。

 父はそのままこう続けた。


「――乃々佳は。お前の本当の妹じゃないんだ!」


 空気が凍る。俺たちも固まる。

 この父親は。こいつは、とんでもないタイミングでとんでもないことを言い放ちやがった!


「っしゃああああああぁ!」


 凍りついた空気を粉々に砕き割るかのような、乃々佳の叫び声とガッツポーズ。

 いやなんで? そんなに俺の妹嫌だった?


「あああ、あああああっ!」


 続けて、悔しそうにテーブルを叩き悲痛な声を漏らす佐倉。なにが? この子はどういう立ち位置なの? 本来の妹の反応がこっちじゃない? 乃々佳ガッツポーズしてたよ?


 ちょっと待ってくれ。理解が追いつかない。


「それでな、話したかったことがもうひとつ」

「ちょ待っ、え? まだあんの? それ本当に今話しても大丈夫なやつ?」

「父さんな、再婚しようと思ってる」

「おい! それ一度に言うやつか? 本当に今? 言うタイミング今だったか!?」

「今日、連れてきてるんだ」


 怒涛の流れすぎてどうしようもない。

 ……そうだった。俺の父親は昔からこうだ。

 真夜中から急にキャンプ行こうとか言い出すし、真冬の大雪の中急に花火を始めるし、俺たちの運動会の前は半年前から本気の身体作りを始める!

 

「ちょっと待っててくれるか」


 いそいそと部屋から出て行く父。

 残された俺たち三人。

 しんとした部屋に、ふふふ、と勝ち誇ったような乃々佳の笑い声が漏れた。


「だーれが付き合えないって? え? 部外者の第三者の他人の佐倉綾乃さん?」

「ぐぬぬ……乃々佳ちゃんだって第三者じゃん」

「一体お前たちはなんの話をしているんだ……」


 それどころではない俺はため息と共に頭を抱える。ぎゃあぎゃあ言い合っている二人をよそに、またもインターホンが鳴った。

 モニターを見る。父だった。いちいちインターホン鳴らすなや。


「入っていいよ……」

『ああ、すまんな』


 少しの間をおいて、父が部屋の扉を開けた。

 隣に立っていたのは綺麗な女性だった。

 おそるおそる振り返るが、佐倉は特に反応しなかった。よかった。ここまでくると、


『おかあ……さん?』

『綾乃。あなた、なんでここに』


 みたいな展開があるのではないかと想像してしまっていた。そんなベタな展開は無かったのだ。よかった。


「はじめまして」


礼儀正しい所作で頭を下げる女性。ロングの綺麗な髪。年齢をあまり感じさせないすらりとした体躯と柔らかい笑み。


「高野さんだ。二人には早く紹介しようとずっと思っていたんだがな」

高野たかのです」


 全く知らなかった。

 しかもこんな綺麗な女性だとは。


「それでな」


 父が高野さんと視線を合わせる。

 考える間も無く、高野さんは口を開いた。


「ほら。彩羽いろは


 俺たち三人は、振り返った高野さんが呼びかけた声の方へと視線を向ける。


 気まずそうに姿を現したのは、きっと俺たち三人と同じくらいの年齢の女の子だった。高野さんと対照的なショートヘアに、きっと母親譲りの華奢な体躯。そして、それに似つかわしくないほどに立派な……。


 がたんと、乃々佳が立ちあがろうとしたのか机に膝をぶつけて音が鳴る。わなわなと震えた妹の視線は明らかにへと向いていた。


「ち、ちょっと。まさか。きょ、巨乳の……連れ子?」


 続けて、佐倉さんのポケットからするりとメガネが落ち、床でかしゃんと音をたてた。


「う、嘘でしょ……? ショートヘアの美少女で巨乳? せ、先輩の好みどストライク……」


 佐倉はそんなことをぽつりと漏らす。

 勝手に人の好みを決めつけるなと、そう言おうとしたけれど。俺はどうしても視線を彼女から離せなかった。


「は、はじめまして。高野、彩羽です」


 おどおどとした様子で頭を下げた彩羽という女の子は、ぎこちない笑みを浮かべてそう言った。


 ――突然現れた、妹の友達だった大学の後輩。

 ――実の妹だと思っていた、血の繋がらない妹。

 ――突然現れた、もう一人の血の繋がらない妹。

 

 佐倉は魂でも抜けたみたいに突っ立って。

 乃々佳は頭を抱え。

 彩羽という女の子は気まずそうに身を捩る。


 そして、インターホンが鳴る。

 普段はネットで買ったものが届いた時にしか鳴らないはずのインターホン。

 ……めちゃくちゃ、鳴るじゃねえか。


 震える足取りでモニターへと向かう。

 右隣に住むおじさんの顔が映っていた。

 五月蝿いとでも怒られるのだろう、きっと。


 再び鳴り響くインターホン。

 

 それはまるで、何かが始まる前のファンファーレのようで。

 俺はただ、笑うしかなかった。



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今日も俺の家のインターホンが鳴る アジのフライ @northnorthsouth

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