4   カーストブレイカー

 結局の所。


 予定調和通りに阿頼耶は孤独になってしまった。


(相容れない二人の組み合わせ。呼ばれた理由、……そういうことか)


 運の無さに改めて意気消沈。狂瀾怒濤の展開に気が滅入ってしまいそうに。日直当番じゃなければ高校生活はイージーモードだったのか。窓際程度の情けない身分のくせに奉仕活動部の勧誘に巻き込まれてしまい、天坂京華との遭遇がトリガーの引き金に。


 圧倒的人員不足。致命的な人選ミス。貧乏籤だけの貧乏籤を引いたワケだ。


(まあ、追試を受けるような、人生能天気症候群じゃないしな)


 怠けずに学業に励む。そして納得の出来る成績を残す。

 一応帰宅部の肩書きを持つ阿頼耶は赤点とは無縁で、出席日数や勉強等の研鑽を積んできた。


 代価として、希望の欠けた中学時代だった。


 順風な二年間を壊す半年間の不幸。夢を奪われて、挫折した絶望的な自分。


 今も見る悪夢。魘されて目が覚めて真夜中の繰り返し。相当ショックだったのか心の飽和状態と虚無感が続いてしまい、期待の眼差しは顔色を伺う視線に見えて、忌む様子は歓迎されていないのだと、居場所の無い光景が記憶に焼き付いた。


 掴もうとして霞んで。


 人の距離感が忘れてしまって、幻を眺めているかのような。


 虚構を纏う。


 思い出したくない。

 むしろ、覚えていないのかもしれない。


 人間不信と軽度の急性ストレス障害。閻魔様も同情する地獄加減。途切れ途切れの記憶と断片的なトラウマがフラッシュバックする。

 人生転落の一歩手前。吐瀉物と不登校の毎日。薄明かりの部屋で自殺を考えた。極彩色が広がる景色に幸せは見付からない。あの日心は砕けてしまった。


 一度の失恋で自殺が巡るとは。


 あまりにも滑稽だし、惨め過ぎる。相当無様だったと思う。


 今考えると馬鹿馬鹿しい。

 正直情けない。涙が出るほどの笑い話だ。繊細かよ。浅い倫理観と共に狭い視野で日々を過ごした自分は、思春期特有の大人の真似をした未熟者なだけだ。


 本当に残念な人間性。紛れもなく黒歴史。


 けれど、克服するのは簡単だ。


 どれほど傷付いて、どれほど諦めて、どれほど泣き叫んでも。心の底にある信念は決して譲れない。絶対に揺るがない。自分が神代阿頼耶なのだと。


 人間讃歌を。

 青春戦略の余興を。


 素直になれず、臆病な相手だろうと、手を差し伸べる知人は教えてくれた。


 幻じゃない。


 ―――光が見えたんだ。


『別に、神代が無理して幸せになることはないよ。どうせ心を殺すだけでしょ』

『この未練をどうすれば……』


『自分を見失うな。向き合って痛みを受け入れなよ。爛れた青春を送るより、仮面を被った偽善者を演じた方が人間嫌いが増して喜劇っぽくない?』


『なんだそれ。石像の宴かよ』


『それでも駄目なら、私と付き合ってもいいけど』

『いや、流石に遠慮しとく』


 思春期真っ只中のくだらなくて、どうしようもない者達の反抗期。

 教科書通りの転落人生なんて阿保らしい。楽してお金持ちになりたい。退屈を埋める刺激が欲しい。本音が言えないお人形コースは面白くない。


 幸せになりたいだけなのに。


 それが叶わないから、スナック菓子感覚で馬鹿な偽善者を演じている。


 少年少女の寂しさを紛らす為の道化師を。

 活気が溢れてしまいそうな、クラスメイト達だけの喧騒な時間を。


 ―――神代阿頼耶は望んでいる。


(俺は幸せになれない。……幸せになってたまるか)


 戸締まりを終えて。傾いた夕暮れの光を避ける。影に逃げる様子は自身の本性を隠すように身を潜め、他人に気付かれず、存在感を消す。

 どうせ欺き続ける人生なんだ。優しい嘘は誰かを救い、棘の含んだ捏造は残酷な真実を包み隠し、騙した先にある結果だけが全てだ。


 弱者は常に強者の味方となれ。

 馬鹿な偽善者になれ。


 爛れた青春を送るより、捻くれた高校生活を過ごす方が有意義ということを。


「悪いな天坂。喧騒な時間の為にお前のカーストを利用させてもらうぞ」


 中学時代。それも三年間同じクラスだった彼女。

 挨拶を交わすこともなければ、会話らしい会話もない。お互いに遮蔽物のような無関係な存在だった。間違いなく置物程度の認識だったハズなのに。


 まさか天坂の方が面識があるなんて。


 意味不明な社交辞令の数々を彼女は臆することはなく、むしろ中学時代の見識があったからこそ、疑念を抱いた天坂は阿頼耶を喋らせていたことになる。


 自分の記憶が正しければ。


 天坂京華が知る神代阿頼耶は嘘を吐いていると。


『神代君。貴方は嘘つきだよね』


 彼女の確証に変わる発言。特に部活動の辞退が顕著に現れている。

 落胆めいた態度を取る姿は困惑を混ぜていて、その鋭利に映る眼差しはどれほど冷めていたのだろうか。


『……卑怯者』


『卑怯になっても私は構わないよ。だってさ、神代は弱い者の味方だもの』


 唯一の腐れ縁、鈴原実梨に救われた。


 心の芯は変わらない。

 挫折を経験して、絶望を克服するのは自分自身しかない。

 たとえ涙で心を解かしても他人を呪うだけ。自分しか救えないのであれば、これ以上絶望するのはやめることにした。


 たとえ、同郷の天坂京華を騙すことになっても。

 もしも彼女が幸せになれるのなら、神代阿頼耶は孤独の道を選ぶ。


 喧騒な時間に偽善者は要らない。

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特別課外革命部 藤村時雨 @huuren

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