最終話

 あれから、2年と3ヶ月が経過した。


 あなたは今も、求の助手として

眼光症の研究を続けていた。


 いつものようにレポートを書いて

求に提出するために部屋に立ち入る。


 やあ、君か。今日も仕事熱心でよろしい。

君のような助手を持てて私は幸せだよ。

そういえば君は何故、研究者になったのかな。

眼光症の事が知りたいからかな。それとも

私の夢を支えたかったからなのかな。




 この際、君の答えは気にしないさ。

3年前、作った求人広告を各所に貼った。その

結果、来たのは君ひとりだけだったって話さ。

近い内にスタッフ増強のために

またやるつもりでいるよ。


 さて、君のレポートを見せてくれるかな。




 ほお……どれどれ……

この2年の間に、眼光症の子供は

少しずつだが、増えていった。

眼光症の理解者は、常人との違いは

目が光る以外に無いと考えている。

確かに運動能力や知力の面では優れているが

それ以外は大きな違いは無い。

彼らも立派な生身の人間である。

いまだ眼光症の存在を認めない人も多いが

将来はきっと眼光症もそれ以外も

支え合って暮らしていく社会が実現すると

信じている。……か。


 私も、ほとんど同じ意見だよ。しかし……。


 今まで彼らの事を『先天性眼球発光症』

略して『眼光症』と呼んでいたのだが、それを

そろそろやめにしたいと考えているんだ。

何か別の言い方にしたいと思っているん

だけど、君は何かいいアイデアを

持ってないかな?




 その様子だと、君も悩んでるって感じだね。

くよくよしてても仕方ないさ。

今日は気晴らしにまた仔山村へ行きたい所だ。

君も一緒に来てくれれば何か思いつくかも

しれないよ。


 そうと決まれば、早速出発だ。


   * * * * * * *


 2023年9月某日。

美山蒼穹、キニップ・ベリーニ、11歳の秋。


 仔山村はこの日もいつも通りの様子だ。

まだまだ残暑が続いてても、人々は気ままに

過ごしている。研究所の車が止まると

求と聖流とあなたは青い屋根の美山家へと

向かった。


「お邪魔するよ、翡翠」

「あ、求ちゃんこんにちは」

「お久しぶり…です、せんせぇ……」


 美山翡翠は今日も眼鏡の向こうに

緑色の瞳を輝かせて、笑顔を浮かべていた。


「蒼穹、お客さんよ」

「はーい!」


 息子の蒼穹が、翡翠に呼ばれてやって来た。

空の色を映した水色の瞳を輝かせていて

初めて会った時よりも背が伸びている。


「求さん達、今日は来てくれてありがとう。

みんなに見せたい物があるから来てくれる?」

「何だかいつにも増してイキイキしてるわ。

さあ、こっちにいらっしゃい」


 食卓には、ホットケーキが置かれていた。

いつもの翡翠の手作りのようだが……。


「このホットケーキ、僕が作ったんだ。

お母さんから作り方を教えてもらってね」

「おお、まさかこのホットケーキが親子三代に

渡って受け継がれるとはな」

「少し教えただけでとっても上手に

作るようになっちゃったの。この間作ったのは

キニップも喜んでくれてたわ」

「美味しい……よ!」

「沢山作ったから、どんどん食べてね」


 蒼穹の手作りホットケーキを皆で美味しく

召し上がった。味も翡翠が作ったものに近くて

将来はもっと美味しくなる気がした。


「この後、キニィちゃんと遊ぶ約束があるから

外に行くね」

「みんなで行きましょう」


 蒼穹が部屋から青いボールを持ってきて

みんなで家の外に出ると

赤い屋根のベリーニ家から桃色の瞳を光らせる

褐色肌の少女が飛び出してきた。


「みんな、こんにちは!」


 キニップ・ベリーニ。今日も元気いっぱい。

彼女も背が伸びていた。


「おはようキニィちゃん」

「おはようソウくん!」


 今日も仲良しな二人を見て

翡翠が近況を語る。


「二人は今もここから学校に通っていて

新しい友達も沢山出来て、その中には

眼光症に興味津々な人も沢山いたの」

「そうなのか。少しずつでもこういう形で

認知度が上がっているのは喜ばしいよ」


 求も笑顔で話を聞く。前髪の向こうの顔も

穏やかな事だろう。


「あっ君、良かったらまた一緒に遊ぶ?」

「すごい技を沢山見せちゃうから!」


 蒼穹とキニップが、あなたと

遊びたがっている。


「初めて会った時から、いや、その前も

君に見守られてる気がしていたんだ」

「私も、仔山村に来る前にこの人が家族を

見守ってた気がするの!」


 まるで、ずっと前から

あなたを知っているような口振りだ。

何か、心当たりがあるとしたら、今まで求が

話していた沢山の出来事だった事だろう。


 二人はあなたに手を伸ばして言う。


「「さあ、一緒に遊ぼうよ!!」」


 蒼穹とキニップ、そしてあなたは

いつもの草原でボール遊びをする事になった。


 あなたが蒼穹に向けボールをトスすると……


「いくよ!キニィちゃん!」


バシッ!


 キニップの斜め上にボールを撃ち込んだ。


「さあ、受け止めて見て!!!」


 キニップは高く飛び上がりあなた目掛けて

ボールを弾き飛ばす!!!


バーーーン!!!バシィッ!!!


 あなたは、何とかキャッチした。

手がビリビリするほどの衝撃。


「僕とキニィちゃん、ずっと一緒に

遊んでいたらこんな事も出来るようになった」

「ココちゃんと遠くんもすごいって言ってた!

それでもキャッチするだけでも大変だって

言ってたけど。」

「それじゃあ、もう一回やる?今度は僕から

君に投げてみるね」


 すると、キニップは蒼穹にボールを投げた。


「ソウくん、決めちゃって!」

「いくよ!それえっ!!!」


バシュウウン!!!バシッ!


あなたは、蒼穹の放ったボールを受け止めた。

蒼穹のシュートも、キニップに負けず劣らず

だった。二人の成長をこのような形で

実感したあなた。これが眼光症の成せる技か。


「これからもキニィちゃんと楽しい事を

沢山続けていきたいよ」

「君も、好きな事には一生懸命に

なればいいんだよ!」




 すると、あなたは何かを閃いた表情で

走って求の所に向かった。




 やあ、その様子だとあの二人のパワーに

圧倒されたみたいだね。


 ……ん、どうした?

何か伝えたい事があるのかい?

聞いてあげるよ。


 あなたは、求の耳に何かを喋った。







 ……そうなのか。思いついたのか。

眼光症に代わる、彼らの新しい呼び方を。


 実を言うと、それ、私もそう呼びたいと

思っていた事だったんだよ。

彼らの新しい呼び方、それは……



 あ お ぞ ら き の み



 青空の下で輝く、色とりどりの木の実を

その瞳に実らせている人達。

この言葉以外に、良い呼び方は無いだろう。

これからは、彼らの事を呼ぶ時は

『あおぞらきのみ』略して『あおきの』と

呼ぶ事にしよう。今まで言っていた

先天性眼球発光症、略して眼光症も

医学的な言い方としてはこれからも残す。

ひとまずは、良い呼び方が出来て安心したよ。


 ……っと。もうこんな時間か。

今日は新たな呼称『あおぞらきのみ』が

決まった記念に、研究所でパーティーだ。

帰ったら早速準備に取り掛かろう。


「あおぞらきのみってなに?」

「それってどんなきのみ?」


 いつのまにか、蒼穹とキニップがいた。


「蒼穹、キニップ、聞いてたのか。

それは、君達に贈る新しい呼び方だ。

目が光る人間の事を、これからはそう呼ぶ事に

したんだよ」

「そうなんだ」

「とっても素敵!」


 そこに翡翠も来て、感謝を述べる。


「思えばあの時求ちゃんに会えた事が

今の幸せに繋がって、今度はその助手が

子供達の明るい未来を作ってくれた」

「ああ、今やこれまであった人達全てが

素晴らしいよ。翡翠も私の生きる目的に

光を照らしてくれて本当にありがとう」


 求と翡翠は、互いを抱き寄せ合った。


「求ちゃん、また昔のように、いやこれからも

大切なお友達でいてね」

「僕達の事を、これからも見守っててね」

「また、一緒に楽しく遊ぼうね!!!」


 美山翡翠、美山蒼穹、キニップ・ベリーニ。

仔山村に暮らす三人の眼光しょ、いや……

三人の、あおぞらきのみ。

みんなの物語は、まだまだ始まったばかり。

ここから先は、クーピーで描いたような

色鮮やかな未来が続いていく事だろう。


「では、次に会う日を楽しみにしているよ。

仔山村の、あおぞらきのみ達よ!」


 あなたと求と聖流は、翡翠達に挨拶してから

車に乗って仔山村を出発した。


 三人のあおぞらきのみは

車が走り去った後、その輝く瞳で

空を見つめたのであった。


「この青空から降り注ぐ光が、今の私を

ここまで育てて、ここにまた、これから育つ

ふたつの木の実が実っている」

「そう、僕達は」

「私達は……!!!」




      あおぞらきのみ


最終話 僕達は私達は青空の下に実った木の実



 ご愛読、ありがとうございました。

あなたは今、この物語、あおぞらきのみを

最後まで読んでくれました。

ここまで読んでくださり、重ね重ね

本当の本当に、ありがとうございました。


 小説としてのあおぞらきのみは

ここでひとまずおしまいとなりますが

蒼穹とキニップの楽しい日々は

これからも続きます。


 彼ら『あおぞらきのみ』が、この世界に

幸せをもたらしてくれますように。


 おしまい。

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あおぞらきのみ 早苗月 令舞 @SANAEZUKI_RAVE

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