第17話 第一の試練『宝探し』――⑭
「——『模倣』。それが、お主の本来の魔法にして」
この儂——
闇のような黒衣に身を包んだ男は、くつくつと笑いながら俺に向かってそう言った。
そこは、またいつもの夢の中だった。
あの『黒い術符』を使うと、高確率でこの空間に引きずり込まれるからあんまり使いたくないんだよなぁ。
「ふぉふぉふぉ。安心せよ、今回はすぐに解放する。ちゃんと元の世界での経過時間もないように調整もしておく。時間がないんじゃろう?」
「アフターサービスを充実させるくらいなら、そもそもこんなとこに引きずり込むなよ」
「そういうな。若者とトークせねばボケる一方なんじゃ。敬老精神を持てよ、若人」
ふざけたことを言う老人は、本当にその姿を老人に変えていた。
まるで夢のように、まるで幻のように、姿形を、年齢を、雌雄すらも、好き勝手に。
まるでSNSのアイコンを変えるような気軽さで外見を変えて、まるで携帯の待ち受け画面を変えるような気軽さで――この夢の世界を創り変える、謎の存在。
その正体は――何の溜めも劇的な展開もなく、さっき普通に自白した。
かの天才陰陽師・安倍晴明と並び称された、伝説に比肩し得る腕前を持つもう一人の天才陰陽師。
時にはライバルとして、あるいはラスボスとして、安倍晴明の対になるキャラクターとして、圧倒的な知名度を誇る高名な悪役だった――そう、俺の前世では。
もう色んなことを忘れてしまったけれど、蘆屋道満がそんな存在であったということは覚えている。
だが――この世界の蘆屋道満は違う。
安倍晴明に匹敵する才能であるとか、かの天才に対抗するラスボスだとか、そんなことは一切伝わっていない。
何故なら、この世界の蘆屋道満は――伝説ではないから。
安倍晴明のように伝説となる前に、その武勇伝に終止符を打った、落伍者だったからだ。
この世界の蘆屋道満は、世界魔法学校に入学して――そのまま元の世界に戻ることなく、行方不明になったという。
「ああ、そうだな。お前の『記憶』を見て、そっちの蘆屋道満がそんな扱いだって聞いた時は思わず爆笑したね。それに比べて俺の有様たるや。今じゃあ、故郷たる日本の陰陽師――てか魔法使いか、つまりは同じ業界の人間ですら、俺のことを知っているのが歴史マニアだけだってんだから。寂しい限りだぜ。晴明の奴とえれぇ違いだ。あっちはまさかの『神』にランクアップしたってのに」
「千年前にドロップアウトした人間が何を贅沢言ってやがる。今のお前は偉人と同期だっただけの奴じゃねぇか」
「ちがいねぇ。はっはっはっ」
いつの間にか二十代後半くらいの女性になっていた道満は、そのスカートのような衣服の中身をばっさばっさ晒しながら足裏で拍手をする。見た目は美女だが、中身が千才のオッサンというかジイサンだと思うと勃つもんも勃たない。
「経過年齢と精神年齢は一致しないというのが、お前さんの持論ではなかったか?」
「クソどうでもいい。年寄の頭のリハビリに付き合うのはここまでだ」
いい加減に本題に入れと、俺は胡坐を組む。
背景はいつの間にか、戦国武将が謁見するような城の中の大広間になっていた。何故か自分で武将ポジに座り、一段高い所から尊大な姿勢で俺を見下ろす道満は「じゃから、魔法の話じゃよ」と、戦国武将スタイルの年齢、性別、服装で言う。
「魔法とは、その者の本来が、本質が、本当がそのまま現れる。同じ『魔法』を持つということ――それこそが、異界の魂たるお主と儂を繋げたのじゃろう」
「……何が言いたい?」
「儂も、お主も、『憧れる者』じゃ。だが、それは裏返しでもある」
あんな風になりたい。こんな風に出来たならば。
自分は『何者』でもないと理解していても――憧れるとはつまり、自分も『何者』かになりたいという、そんな英雄願望の表れなのだと。
かつて安倍晴明という『主人公』に『憧れ』、今や夢の住人と成り果てた男は言う。
「……しつけぇな。そんなに俺を主人公にしたいのか」
「ふふふ、許せ。子供に期待してしまうのは年寄の性じゃ」
「だったら子供らしく言ってやる。——自分の未練を、己の
出来なかったことを。成し遂げられなかったことを。
叶えられなかった――夢を。いつまでも見るのは勝手だが――押し付けるな。
強要するな。代償行為にするな。
これは俺の人生で――僕の物語なんだよ。
「自分の人生の主役は、自分の物語の主人公は、自分で決める」
そして、もう、決めたんだ。
俺は出逢ったんだ――僕の主人公に。
「それこそが強要。それこそが押し付け。それこそが――代償行為ではないのかね」
「かもな」
だとしても――それは甘んじて受け止めてもらうしかない。
それが、誰かを救うということだ。
とんでもない男を救ってしまったと心から後悔してもらうしかない。
誰もが自分の人生の主人公だと、他人は気軽に言ってくれるけれど。
少なくとも――俺だけは違う。
この世界では、本来の原作には、俺は存在しない異物だ。
正しい物語を紡ぐ上で邪魔な
それでも――俺が、俺の、俺だけの物語を紡がなくてはならないのだというのなら。
それは――英雄譚がいい。
神様すら助けてくれないような奴でも、問答無用で
太陽みたいに、光り輝く笑顔のヒーローの物語が、見たい。
だから、やっぱり―—主人公は、俺/僕なんかじゃない。
「誰かがアイツの
「くっくっくっ――はっはっはっ」
ザ――ザザ―—――と、世界に
そんな中でも道満は、心底おかしいというように哄笑を続けて。
「ひとりの女の為に、世界を狂わすというのか」
「これはアイツの為の物語なんだ。それを邪魔するってんなら、世界の方が狂ってんだよ」
そういうことに――俺が決めた。
それが、僕の、異世界転生ストーリーだと、そう言い放つ己が末裔に――道満は。
「自分の好きなように世界を変えるか。そうだ――そうでなくてはならない」
それでこそ――魔法使いというものだ、と。
歪んでいく世界の中で、狩衣姿の黒髪美青年になった男は。
「思う存分に楽しめ。異界より彷徨える魂よ。好き勝手に遊ぶがいい」
この世界は、存外に寛容で――頑丈ぞ。
そう言い残し、強烈な黒い光を放って、光なのか闇なのか、判別のつかない混沌の中に――俺を、そして僕を、優しく包み込んでいった。
◆ ◆ ◆
そして、気が付くと、その黒い光は――黒い闇へと変わり。
他でもない俺自身が、放っているということになっていた。
黄金の宝玉に注がれていく――黒い闇。
それは俺の魔力色であり、俺が宝玉に放っている――魔法そのものだった。
道満の言う通り、アフターサービスはバッチリらしい。
あの夢の中での時間は、こちらの世界では一秒にもなっていないようだ。
「な、なにを、しているんだ……?」
「何って、決まってんだろ。俺たちは――魔法使いなんだから」
何をしているのかと聞かれれば――魔法をしているに決まっている。
俺の
つまりは、コピーだ。
いいなと思ったものを、そのまんまパクる。
プライドも何もあったもんじゃねぇ――チート魔法。
能力もののテンプレといっていい、オリジナリティの欠片もない魔法だ。
無論、無条件で何でもかんでも『模倣』できるわけではない。
それなりに面倒くさい条件がある。
魔法を『模倣』する場合に関しては、『黒い術符』を『模倣』したい魔法にぶつける必要がある。欲しい魔法の中に黒い術符を放り込んで『
ただし、『模倣』した魔法が使えるのは一枚につき一回限り。
使用したら魔法をコピーした術符は破れ、再びの『
ライトヘイムの雷に関しては、激オコ状態だったシスコンお兄様の目の前で、妹を抱き寄せるという煽りプレイの最中に牽制の意味でぶつけた『黒い術符』で『保存』した。既に使用してしまったので、今の俺はもう『雷化』は出来ない。
けれど、魔法を『模倣』する分には、ただ『黒い術符』を放り込めばいいので、ある意味で簡単ちゃ簡単だ。
けれど、今回のように、物体を『模倣』するという場合では話は全く変わってくる。
俺の魔法は栗饅頭だろうがどら焼きだろうが一滴垂らせば無限に増やせるという代物ではない。
前述の通り、ちゃんと面倒くさい
この第一の試練のルールが明かされた昨夜、今回の
「……だが、やらなくちゃいけねぇだろ」
陽菜は初めから、誰一人として脱落者を出すつもりはなかった。
エリア全体に『眼』を張って、切札として持ち込んだ一体の十二神将を、己の身を守る為でなく、他の
十二神将をほぼ一日中出しっぱなしにするというだけでも凄まじい魔力消費なのに、それと並行して自身も試練をこなしながら――見事に九十八名の黄金鳥の生徒たちを合格させてみせた。
「…………」
否――俺が余計なことをして、彼女の価値観を歪めていなければ。
幼少期に俺という
そう考えると、この取り残された白銀狼の少年も、森の中で絶望している幾人の黒銅竜の少年少女も――俺が殺したようなもんだろう。
この黄金の宝玉の『
歪めたのだ。
異物たる俺が。雑音たる僕が。
だからこそ――やらなくてはならない。
俺が、せめてもの責任として。
彼女を、陽菜を――主人公を、救わなくてはならない。
「…………ッッ!!」
陽菜は託してくれた。
本来は彼女がこなしたであろう――奇跡を起こすという役割を。
あろうことか、自分の命運と共に。
出題者の意図を超えた回答を叩きつけるという真なるクライマックスを。
定員九十九名だっつてんのに、自分で勝手に百人目用の椅子を持ってきちゃうような、そんなモンスタークレイマーみたいな横暴を――魔法学校に納得させるなんて大任を。
ああ、荷が重い。
肩も重いし、責任も重い。ていうかこんなことを任されちゃう信頼が重い。
なんて重い女だ、土御門陽菜。
でも、しょうがない。
惚れた弱みだ。付き合ってやらなくちゃな。
俺は――負けない。
僕は逃げないよ、道満。
俺/僕は――アンタのようにはならない。
『――
◆ ◆ ◆
こうして、土御門陽菜も、土御門愛樹も、そして白銀狼の脱落者たるジェイス・リックマンも転送されていった。合格を貰うにせよ、退学を通告されるにせよ、タイムオーバーと共にそれぞれの寮に強制転送はされるようじゃな。
そして、誰もいなくなった『竜の巣』に、
めちゃくちゃに荒らされた己が住処のありように、フィア・ライトヘイムに翻弄され、『天空』に追いやられて、さぞかしイライラが募っていたであろう黒竜は。
「グォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
募り切った苛立ちをぶつけるように、ぽっかりと開いた穴へ――眩い光線を叩き込む。
その――間際。
面白いものが観れたという満足感と共に、光線が注がれるよりも早く、その穴から飛び出して、『竜の巣』を脱出した。
そして、思わず、烏のまま――ぽつりと呟く。
「——よくやった、我が末裔」
愛すべき、我が弟子よ。
◆ ◆ ◆
目を開けると、そこは慣れ親しんだ――と、言える程にはまだ住み始めて月日は経っていないが、それでも帰ってきたと素直に言える安心感を得られる、我らが『
だが、とてもではないが、まだホッと一息を吐けるような状況ではなかった。
何故なら、俺たちが転送してきたのを、先着していた九十八名の生徒たちが――そして。
「——さぁ、持っていないのはどっちだ?」
我らが担当教師——
「随分なお出迎えですね。試練を頑張って乗り越えてきた可愛い受け持ち生徒の帰還に、労いの言葉くらい掛けてくれてもいいんじゃないですか?」
「悪いが、何処かの誰かのせいで時間外労働が発生している。一刻も早く帰りたい。そして、お前らが可愛い生徒かどうかは俺が決めることだ」
そして、お前らが試練を乗り越えられたかどうかを決めるのもな――そう言いながら、怪崎先生は更に一歩、俺たちに詰め寄って言う。
「これまでに九十八名の帰還と、宝玉の所持を確認している。宝玉の数は九十九個。つまり、お前らのどちらかは確実に試練を乗り越えていないということだ」
そこまで踏まえた上で、もう一度問う。
俺の時間を、無駄にするな――と、更に、一歩。
怪崎先生は、もはや俺たちを見下ろすようにして言う。
「土御門姉新入生。土御門弟新入生」
宝玉を持っていないのは、どちらの土御門だ――そんな怪崎先生に、俺と陽菜は。
一度だけ目を合わせて――同時に、右手を突き出した。
そこにあるのは、俺と陽菜、二つの黄金に輝く宝玉。
「——どういうことだ?」
誰かの呟きと共に騒めく生徒たち。
レオンやエヴァ、フィアやヴァーグナーは勿論、少年Aたちも同じ気持ちのようだ。人混みの後ろの方にいる少年Bは、面白そうに笑っていたが。
「先生の言葉に答えるなら、俺たちは二人とも、宝玉を持っています」
持っていない者はいませんと、そう返す俺の言葉に。
怪崎先生は「…………土御門」と、神妙な口調で、俺に向かって問うてくる。
「これが、お前のやりたかったことか?」
だとすれば、落胆したと言わざるを得ない――そう言って、怪崎先生は陽菜が持つ宝玉を手に取って。
「多種多様な性質の魔法を持つ新入生たちを相手にするのだ。宝玉の偽装、あるいは複製――俺たち魔法学校側が、何の対策も打っていないとでも思ったのか」
掌の上に置くようにした宝玉が、怪崎先生の手の中で――金色に光り輝き出した。
皆が呆然とそれを見る中、金色の光に照らされても尚、不吉な表情のままの怪崎先生は言う。
「本物の宝玉には、それぞれの担当教師の魔力にのみ反応し、発光する術式が込められている。精巧に形状や色や大きさを模倣しようと無意味だ」
所詮、それは『贋作』なのだから――と、怪崎先生は吐き捨てる。
怪崎先生の後ろにいる生徒たちの中で、最前列でこちらを見遣っているフィアの表情が歪む。
そんな中で、愚かだな、と、陽菜の手に宝玉を戻しながら怪崎先生は言った。
「ルールを破り、百人を救おうなどという傲慢の為に、お前は今日、魔法使い生命を失った。何でも思い通りになるという――下らない夢の時間は終わったんだ」
さぁ、荷物を纏めて実家に帰るがいい、と、怪崎先生は更に一歩、俺を威圧するように近付いて言う。
「魔法が解ける時間だ。土御門元新入生」
これで分かりやすくなったと言いながら、俺に背中を向ける怪崎先生。
レオンたちは痛ましげに見詰め、フィアは涙を浮かべている。
ヴァーグナーは目を逸らし、少年Bは興味を失ったかのように表情を消して。
陽菜は――こちらを見ようともせずに、うっすらと笑みを浮かべている。
同じ笑みでも、脱落者たる俺をコソコソと嘲笑う他の一部の生徒とは違う。
俺は、そんな主のかわいい期待に応えるべく「――待ってくださいよ、怪崎先生」と呼び止める。
「言ったでしょう? 俺たちは二人とも宝玉を持っていると」
「……往生際の悪い男だ。これ以上、俺の時間を無駄にするな。土御門姉の宝玉は発光した。つまり、アレが本物ということだ」
「コレも本物の宝玉ですよ」
俺の堂々たる宣言に、怪崎先生は思わず振り返る。
何言ってんだコイツと言われる前に、俺は自分の手にあった黄金の宝玉を先生に投げ渡した。
怪崎先生はそれを片手で見事にキャッチしながら、不吉な無表情でゆっくりと口を開く。
「……既に九十九個、全ての宝玉に魔力を通し、発光を確認した」
「先生が間違って百個作ってエリアにばら撒いちゃったんでしょう。先生がおっちょこちょいで助かりました」
「これが本物である可能性はない」
「なら、それに魔力を流してみればいいじゃないですか」
それで何もかもハッキリするでしょうと、俺は言う。
「俺が宝玉を手に入れられなかったからって拙い贋作で乗り切ろうとしている浅はかな愚か者か。それとも九十九個発注の所を勢い余って百個作ってばら撒いちゃった――先生こそが、愚かなのか」
果たして、どちらが、真の愚か者なのか。
あるいは――どちらも、只の愚か者なのか。
「ハッキリさせましょうよ。――センセ」
俺の言葉に――怪崎先生は。
その手にある、俺が渡した謎の金の玉に、ゆっくりと、自身の魔力を注ぎ込んでいき――そして。
謎の金の玉は――見事に、金色の眩い光を放った。
「な――」
「やった……やったやったやったー!」
生徒たちの中から、戸惑いとどよめき、そしてフィアの可愛い歓声が届く。
怪崎先生は「――土御門愛樹」と、宝玉を発光させたまま俺に問う。
「何をした?」
「さっきも言った通りですよ。先生が数を間違えたんでしょ。おっちょこちょいキャラ確定ですね」
「ふざけるな」
「なら、それでも俺たちの中からひとり、無理矢理に退学者を出しますか?」
俺の言葉に、ピタッと生徒たちの声が止む。
そんな空気も利用しながら、俺は怪崎先生を問い詰めていく。
「この百個の宝玉の中から、怪崎先生の魔力に反応しきちんと発光した百個の宝玉の中から、適当に偽物を決めますか? 校長先生に頼んでそれ用の魔道具を貸してもらうというのもいいですね。それでも全てが本物と判定されると俺は信じていますが」
俺と怪崎先生が、互いに見据え合う。
睨んでないよホントだよ。
怪崎先生は、まるで俺という人間を探るように俺を見据え続けて――そして、その手に持つ宝玉へと目を向ける。
まぁ――お察しの通り、それが『贋作』なんですがね。
だが、例えどんな魔道具を出されても、見抜かれない自信があるというのは本当だ。だって、それは紛うことなき――本物そのものな『
実を言うと、宝玉には真贋判別の術式が施されているのではと事前に予想はしていた。
怪崎先生の言う通り、相手にするのはなにせ魔法を扱う子供たちなのだ。複製や偽装に対策を打つのは当然だ。
だが、既に魔法が込められている魔道具に小細工をするのは熟練の魔法使いでも難しい。
それっぽい劣化品は作れても、内部の魔法まで複製するのは至難の業だ――とても新入生レベルの魔法使いに可能な仕事ではない。
普通、ならばな。
俺としては、むしろそちらの方がありがたかった。俺の『模倣』は、他者の魔力を通すことで初めてその真価を発揮する。ないとは思ったが、もしも宝玉が只の綺麗な金の玉だったら、俺は『
怪崎先生が――否、魔法学校が、きちんと魔法に向き合ってくれたから、こうして不正を侵すことが出来たんだ。
「――ふん。なるほど」
こちらの負けだな――そう呟いた怪崎先生は、俺に向かって宝玉を投げ返してきた。
俺の渾身の『贋作』を、俺がぞんざいにキャッチした後――怪崎先生は、俺たちに背を向けながら誰にともなく言う。
「いいだろう。お前らは実力を示した。我々が課した試練を、知恵と勇気と、魔法で乗り越えたと認めよう」
今年度の
「入学おめでとう。ここが、これが――魔法学校だ」
いつかの約束通り、律儀にそんな言葉を贈って――怪崎先生が、ロビーを後にした途端。
『やったぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああ!!!!』
百名の新入生たちの歓喜が爆発する。
俺と陽菜が、目を合わせることもなく、無言で手と手を合わせる中――フィアが一目散に、俺たちの元へと駆け寄り、抱き着いてくる。
こうして、第一の試練『宝探し』は幕を下ろし。
俺たちの慌ただしい
それはきっと、やはり一筋縄ではいかぬ、波乱万丈な物語となるのだろうが。
「……………」
今だけは、子供のように、思う存分――はしゃいでみるのも悪くないかと。
フィアの涙交じりの抱擁を受けながら、同時に抱き着かれている陽菜と苦笑を交わしつつ、そんなことを思った。
◆ ◆ ◆
新入生のガキ共が馬鹿騒ぎする声を背中に聞きながら、俺は
今ばかりは子供のようにはしゃぐのもいいだろう。
これからアイツ等はそんじょそこらの大人よりも、理不尽で不自由な人生を約束される――魔法使いへとなっていくのだから。
とりあえず、各部屋に明日からの授業カリキュラムを放り込んでおこう。
遅刻欠席は容赦なくポイントに反映させてもらうが、まさか十二、三でアルコールに手を出す愚か者はいないと信じたい。二日酔いでの出勤が許されるのは二十歳からだ。
それにしても、第一の試練からやってくれる。
此度の『宝探し』は、その殆どがあの
「――流石は、
思わず、口に出すまいと思っていた言葉が漏れてしまう。
柄にもなく、ガキ共のテンションに当てられたのかもしれない。こういう日はアルコールに溺れるに限ると、俺は『スクール』の本校舎へと戻り、自らに宛がわれた工房へと向かう。
だが――土御門。
これから先の試練も、これほど上手くいくと思うなよ――と、俺は届く筈もない、声に出さない忠告を心中で呟く。
三百人の新入生は、次の年には半分の百五十人になる。
そして、三年へと進級する頃には五十人になり。
最初の三年間――『
それは、『現代陰陽術』によって、一つの国の魔法常識を根幹から覆した――
俺は大仰で巨大な門が開くのを眺めながら思う。
ここは――
各国から選ばれし天才たちが集まり、超一流の魔法使いとなる――天才中の天才のみが生き残ることが出来る蟲毒の壺。
「ハッピーエンドは訪れない。別れの時は、必ず来る」
その時、お前は――お前たちは。
土御門として、どのような選択を下すのか。
楽しみにしていると、誰にともなく心中で呟きながら、俺は今日の晩酌は日本酒にしようと決めた。
現代陰陽師、魔法学校へ入学する。 鶴賀桐生 @koyomikumagawa
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