経験の差、場数の違い、そして疑惑


「これは間違いなくボクだ」


身長、骨格、髪や目の色

顔の印象に、服装から何までも

今のボクとは掛け離れていて、とても

あれが自分だなんて思えないはずなのに。


ボクには、そう直感で分かるんだ

あの鏡に写っている見知らぬ女は

ボク自身であるということが。


目の当たりにした神秘に

しばし呆然としていると

静かな脳内に声が響いた。


『……信じられないな

見た事ない服装に、目の色だ』


そうは言ったもののレティは

言葉とは裏腹に、心の奥底では

ボクの発言を信じているようだった。


驚きのあまり口をついて出た

そう表すのが最も適切か。


『何か思い出したか?

関連する記憶や体験を』


「いいや、なにも」


こうなる前の自分の姿を見たからと言って

電流が頭の中を駆け巡り、失われていた

過去の記憶が蘇る等という事は無かった。


無かったとはいえ、しかし

これで噂は本当だったというだ。


単なる光の屈折現象では無い、何か別の

得体の知れない力が宿っている事の証明


建物に押し入り、住人を殺し

奪い取りに来た甲斐があったというものだ

無意味な犠牲を産んだと言って

罪悪感に苛まれる心配もない。


『オレが表に出てたら

鏡の中はどうなるんだろうな』


ああ、それ気になるね

ちょっとやって見てよ


『よし、分かった今変わる』


入れ替わりは一瞬で済む

目眩や頭痛といった事も起きないし

気絶したり、おかしな感覚も味合わない


ただ扉を潜るように

壁に備え付けられた2つの扉

片方は内開き、もう片方は外開き


互いに一方通行の扉を開けて

立ち位置を入れ替えるだけの作業


故に


「……さて、どんなもんかな」


オレはこうして

表に出てこられる訳だ。


『……なるほど、こうなるのか』


鏡は


「何も写らないとはな」


オレを写し出すことなく

そのままオレの背後の風景を

曇った表面に浮かび上がらせていた。


『これはどういう事だろうね』


さしずめオレはもう

この世の住人じゃ無いって事だろ

死人、既にあるいは存在しない者


とかな


『キミには裏の人格が無いのかもよ

見たまんまがレティの全てである


とかね』


まさか!


オレほど裏表のある人間は居ないさ

お前には比較的好意的に接しているが

それは、全くの見当違いってヤツだよ。


するとジェイドの奴は溜息をつき

悔しそうに、それでいて半ば投げやりに

まるで負けず嫌いの子供のような態度で


『未知すぎて推察のしようが無いね

赤ん坊が世界の真理を語らないのと同じく

現状ボクらでは、打つ手なしだ』


と言った


なんだ拗ねてるのか?お前


『何ひとつ有力と思える考察を

組み立てられないのはストレスだよ

ボクは分からない事があるのが苦手なんだ』


へえ、お前にしちゃあ案外

可愛い弱点あったものだな……


その時


「——なんだ?」


オレは微かに

意識の端っこをチラつく何かを

優れた察知能力により捉えた。


1秒後、その何かが

である事をオレは悟った。


それもひとつじゃない

複数の規律正しい足音が聞こえる

真上から、つまりは建物の中に。


そのことから推察出来るのは


『噂を聞き付けた第三者が

ボクらと同じく強盗に来たのか?』


もしくは嵌められたか、だ

いや、多分それはないだろうな

やはり第三者の線が濃厚だろう。


ここには隠れる場所がない

地下室へ繋がる階段からこの部屋まで

柱一本、曲がり角ひとつ存在しない。


衝突は免れないだろう

今から急いで出て行っても

誰にも見られずに逃げられる可能性は低い


そもそも

この鏡を置いていくつもりもない

侵入者の正体も、目的も不明だが


交渉の余地は無いと見た

なぜならこの建物の人間は既に

全員血の海に沈んでいるからだ


侵入者共は敵の存在に気付く

自分たちの他に先客がいた事に

それでも尚引き返さないとなれば


奴らは間違いなく戦闘集団だ

その証拠に、見てみろ連中

明らかに警戒し始めたぞ。


足音の質が変わる


いつ敵と遭遇しても良いように

臨戦態勢を整えやがった。


ならば先手必勝で行く

こういう時は思い切りが肝心だ

様子見は一切しない。


足に括り付けたナイフを抜く

真っ黒い刀身が風景に溶け込む


『……あれ、キミがやるの?』


ジェイドの言葉にオレは

口元の端を歪ませてこう答えた。


ああ、オレがやる


経験と、踏んできた場数の違いを

負けず嫌いのお前に見せてやるよ。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


指先をナイフで切り付けて

部屋の出口付近に血を垂らし

そのまま血の線を引いていく


まるで怪我を負った誰かが

負傷した箇所から血を流しながら

階段を下って逃げ込んできたかのように


——奴らの足音が聞こえる


これで意識はそっちに逸れる

警戒心の矛先が僅かにブレてくれる

そうなれば誰もを気にしない。


オレは上着を脱いで

床に広げて置いてから


その場で真上に飛んで

壁に五指を突き刺し、握力を総動員し

指の力だけで全体重を支え切った。


——奴らは上の廊下を歩いている


ボロボロと

細かい壁の欠片が落ちていく


そのまま腕の力で体を引き上げて

再び、もう少し上の壁に指を突き刺し

同じようにして登っていき、停止した。


オレの体はまるで

店の看板のように固定されている。


それは階段を下って

部屋の入口を潜ったすぐ真上


見上げたりでもしない限りは

決して目に入らない位置だ。


——敵が階段を下り始めた


オレは壁に捕まりながら

引っ張ったり、力を込めたりして

途中で崩れ落ちたりしないかを確認し


これなら大丈夫だな

という確信を持ってから


穴の中から指を引き抜き

一時の浮遊感の後、音もなく着地し


広げて置いた上着の上に落ちた

壁の欠片を目立たない部屋の隅に集め

上着をバサバサとほろって、再び着用


そして


その場で垂直に飛び

既に空いている穴に指を突っ込み

そのまま体を壁に固定させた。


今度は欠片は出ない。


——足音がドンドン近付く


オレは何度か深呼吸をしてから

思いっきり息を吸い込んで止め


そのまま口で、ナイフの刃の部分を

裏から噛んで落とさないようにする。


……やがて


部屋の前で

足音がピタッと止まった


存在に気付かれたか……いいや、違う


ある意味では

そうとも言えるかもしれない

確かに敵は、何者かの存在を悟っただろう


階段を降り切るまでもなく

途中の段から見える場所に

血の跡が、残されて居たのだから。


しかし、それは作られた敵

誘導された意識である。


奴らは部屋の中に

侵入者が居ることを察知した

緊張感が高まり、警戒心が跳ね上がる。


彼らはこう思っている

自分たちは待ち伏せされていると

分かりやすく残された血の跡が


それを何より証明している

そしてそれは間違いでは無い


真から出た偽であるが故に

現実感がある、敵は騙される。


やがて彼らは覚悟を決めて

音もなく深呼吸を行い


仲間たちとタイミングを合わせ

合図をして、武器を構えて……


——感じる風圧、そして目視!


ぞろぞろと、物騒に

一瞬にして押し入ってきた集団は


瞬く間にオレの真下を通過して

早い動き故に、風を連れてくる。


奴らはそこで目にするのだ

部屋の中はもぬけの殻だという事を

自分たちは存在しない敵の影に怯え

戦いを挑んでいたのか……と。


最初に恐怖、覚悟、緊張


その後緩和、緩み、安堵


勘のいい者ならば

あるいは、経験が豊富な者であれば

その時点で自分達の間違いに気付いただろう


そして即座に

天井を見上げたはずだ


……もっとも


部屋に突入してきた後で気が付いても

もう遅いのだが。


オレは


壁の中から指を引き抜き

口に咥えたナイフを手に取り

音もなく地上に降り立ち


突入してきた集団の最後尾

完璧に気が抜けている敵を


真後ろから押さえ込み

喉を、真一文字に掻き切った!


——加速する意識、意思決定における

思考回路を介したプロセスが省略され


反応及び反射で

全てに対応出来るようになる。


すなわち、速攻。


「ぐあァ……ァ……」


敵が断末魔の声を上げて

首から血を吹き出しながら

膝から崩れ落ちて


それに気付いた敵が振り返り

武器を構えて戦闘態勢を取るまでの


1秒にも満たない時の中で


オレは更にもう1人


異変に対する反応がいちばん早かった奴

つまり、いちばん強いであろう男の首に


流れるような動作でナイフを抉り込み

そのまま、通り過ぎるように切り抜けた!


「——っ」


男は咄嗟に反撃を繰り出そうとするが

オレは既に背後へと切り抜けている


遅すぎた斬撃は

そのまま虚空を切り裂いた


そしてオレはそのまま

たった今切り裂いた男の襟首を掴んで


グルン!と片足を軸に回転し

男の体で周囲を薙ぎ払った。



人間の体を振りましての薙ぎ払いは

反応が遅れた数人の被害者を生んだ


オレは


そのまま、たっぷりと遠心力を付けて

最も敵が密集している地点に

掴んでいる男を放り投げた


通常、大の男を

片手で投げ飛ばす事など不可能だが

このオレの体であれば、造作もない!



予想外が複数重なった事で

敵はまだ体勢が整っておらず


その結果、オレの行動に

つまり仲間を投げられた事に対して

数人が、体の硬直を見せた。


彼らは迷ったのだ!


受け止めるべきか避けるべきか


そして

その一瞬の迷いが命取りとなった


オレは既に投げていた

男を片手でぶん投げると同時に


もう片方の手に持っていたナイフを

男の体を目眩しにして、投げていた!


そのナイフは隙間を縫って飛び

敵の額に、深く深く突き刺さった。


カクンッ……と敵の顔が上を向き

目を見開いたままの表情で固まる


そのまま仰向けに

体を反り返らせながら倒れ込んでいく。


更に何人かが

オレが投げた仲間の死体に巻き込まれ


そのまま派手に吹き飛んでいった

恐らく骨の何本かを奪った事だろう


それを尻目にオレは

もう一本のナイフを抜き


先程、薙ぎ払われた事で吹っ飛び

今まさに起き上がろうとしている者達を


まだ、すぐには行動を起こせない今のうちに

確実に戦力を削いで始末していった。


「う、うわ——」


倒れている者の顔面を踏み砕いた

靴のつま先が血に濡れ、肉片が付着する


もう1人


真上からナイフを突き立てる

彼女は既に意識が朦朧としており


防ぐ事はおろか

いまから殺されることを

認識してすらいなかった。


血桜が舞う

空中に花びらが咲き誇る

顔や服に返り血がかかる


だが彼らも


いつまでも無防備では無い

二人にトドメを指した辺りで

起き上がってきた奴がひとり居た。


鼻が折れているのか

おかしな方向に曲がっている


奴はこちらを睨み付けながら

腰の短剣を抜こうと手を伸ばした


が、


——ダァンッ!!


「——っ!?」


ビクッ……と全身が硬直する


オレの


わざと大きな音を立てた踏み込みは

肉体の反応を誘発し、筋肉を固くさせ


柔軟な動きを取れなくさせた

その結果、剣はまだ鞘の中にある


抜けなかったのだ!


「し、しまっ——」


もはや、武器を抜くどころか

避ける暇さえ残されてはいない


敵は辛うじて首の血管を

悪足掻きで守ろうとするが


ガラ空きだった脇の下と

太ももの付け根を切り裂かれた


「ぐっ……くそ……ッ!!」


だが


切られながらも敵は

最後の悪足掻きに乗り出した

オレに、飛び掛ってきたのだ。


自分の命を諦めた突貫


他の仲間に全てを託して

出血多量で死ぬ未来を受け入れて

未来へ繋げる為の一手を打ったのだ!


「あああああッ!!」


雄叫び


全身全霊、命を賭けて

仲間に希望を託す、最後の願い


だが、それは


「——え?」


それが叶うことは

未来永劫ありはしなかった。


現実はそう甘くない

そんな苦し紛れの行動が通るほど

オレは甘い戦いをしてきていない。


奴が守りを捨てたのは

目を見て悟っていた


次は捨て身の一撃が来る事も

奴が動く前に全て知っていた。


だからオレは

奴の最後の一撃を、呆気なく避けて

そのまま背後に回り込んだ。


そして、後ろから首を掴み

万力を込めて握り砕いた。


今度こそ、完全に絶命した男は

力なく四肢をだらんと垂れさせた


オレは握り砕いた首を

敵の体ごと片手で支えて持っている


「——クソ!」


残る3人の敵のうち、ひとりが

オレに向かって悪態を着いた。


オレは持ち上げたままの死体を盾に

敵のいる方向に向かって突撃を掛けた


如何に敵が


横に避けようが、下がろうが

オレは絶対に敵を逃がさなった


もともと


最初の方の攻撃のせいで

あちこちを負傷していた彼らは


ただでさえ仲間の死体を盾に

恐るべき速度で襲来するオレに


素早い対応など出来るはずもなく

足を止めて迎え打つしかなかった。


結果


足の負傷が酷かった敵が

仲間の死体を盾にした突撃を

モロに、全身に食らう羽目となり


衝撃により失神


そのまま死体とともに

遥か遠くに吹き飛ばされていった。


あれではもう

立ち上がることは出来ないだろう。


ゆらり、と振り向く

残る2人の敵の居る方へと


顔を向けて目を見る

奴らは恐怖していた。


「冗談じゃないぞ……こいつ……!」


悪態を着きながら

彼らはチラッと一瞬

出口の方を気にしていた。


たかだか14歳の子供

などという気持ちは起きるはずもなく

明らかな格上として認識されているだろう。


迂闊に手を出してこない辺り

それなりの手練であると判断した


今なら交渉が出来る

敵が命の危機を感じていて

死にたくないと思っている今ならば。


「見逃して欲しいか」


「——なんだと?」


生き残ったふたりのうち

ひとりが反抗的な態度を見せた


もうひとりは何も言わない

自分が置かれた状況を理解しているのだ。


「なに、貴様らの態度次第では

見逃してやらん事もない——!」


オレは話しながら

反抗的な態度を取った男の方に

手に持っていたナイフを投げた


「うおっ!?」


当然、今の状況じゃ避けられるが

当たらなくても別にどうでもいい

今の投擲はただのだ。


男の目の前に

踏み込むための……!


「くそ……っ!」


即座に迎撃の斬撃が飛んでくるが

オレはそれを捕まえて、ナイフを奪い


「——な、なに……?」


持ち替えて


振りかぶり


ナイフの持ち手の部分が

体の中にそっくり埋まるほどの力で

骨も肉もすべてを貫き、心臓に抉り込んだ。


くの字に折れ曲がる胴体

前のめりに倒れてくる男


オレは男の頭を掴んで

地面に叩き付けた。


割れる床、溢れる血液

敵は完膚なきまでに絶命した。


「——さて」


オレは立ち上がって

血をほろいながら振り返り


一部始終を

敵の、最後の生き残りに向けてこう言った。


「オレの役に立て、そうすりゃ

てめえの人生は、まだもう少し続く」


間は、それ程空かなかった。



「……分かった」


もちろん

その返答は知っていた……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱



もちろん


役に立ってくれたからって

生かしておく訳は無かった。


情報を引き出すだけ引き出しておいて

首をへし折って動脈を断ち切ってやった。


その他にも


倒れている者でまだ

息があるものを殺して周り


彼らの携帯していた武器や

手掛かりに繋がりそうな所持品を回収

そして鏡を確保して、建物を後にした。


ジェイドの奴は


『敵を掴んで振り回すよりも

速攻で多数を始末した方が

効率的だったんじゃないかな……いや


でも、それだと他の奴が

フリーな時間が増えるのか

不確定要素を潰す戦略……


だとすれば、あの時は

あえて敵の中に飛び込んで——』


随分前からこの調子で

オレが見せた戦い方を分析し


あーでもない、こーでもないと

ぶつぶつと思考を巡らせていた。


ひょっとしたらダメ出しを

食らうかもしれないな……と密かに

覚悟していたのだが、そんな事はなく


むしろ


『どうしてナイフを主軸にしたの?』


『なぜ階段ではなくて

部屋で迎え打ったんだい?』


『奇襲のタイミングはもう少し

早かったらダメだったのかな?』


『もう少し話を聞けたんじゃないかな?』


……と、こんなふうに

やたらめったら質問攻めに合い

オレは別の意味で苦労していた。


ナイフを主軸にするのは

敵の意識がそっちに集中するからで

素手の攻撃に対する警戒を減らせるからだ


どうしても当てたい一撃は

素手で放つ、そうすれば確実だ

あとは音が立たないのも利点だな


階段で戦わなかったのは

敵を誘い込んで逃がさない為だ


部屋の中に敵が居ると分かれば

まず間違いなく突撃してくる


奇襲のタイミングは

確かにもう少し早ければ

一度に殺せる数は増えただろうが


アレは保険だな

背伸びをせずあえて確実性を取り

ふたりを確実に始末する事にしたんだよ


結果、いちばん強いヤツを

何もさせずに倒せただろ?


そして最後だが

必要な情報だけを抜いたら

さっさと始末するべきなんだよ


己に利用価値を感じた敵は

そのうちに嘘をつき始める


そうなると

何が本当か分からなくなるし

下手に手を出せなくなったりする

抜け出される危険性もある


……っていうのは持論だけどね

コレについては異論を挟む余地は

まあ、あるだろうな。


『……分かった』


`分かった`ね


こいつは本当に恐ろしい奴だ

分からないことを分からないと

正直に言える奴は少ないもんだ


これは、強くなるな


武力だけに限った話じゃない

あらゆる成長の幅を残している


オレがこいつに追い抜かれるのも

時間の問題なのかもしれないな。


おい、おいジェイド

そろそろ代わってくれないか

引渡し地点が近くなってきた。


『あぁ悪いね、もちろんだとも』


そして


「……相変わらず、すんなり代わるねぇ」


そして体の主導権は

再びボクの所へ帰ってきた。


『久しぶりに暴れられて楽しかったよ

たまには、こういうのも良いものだな』


ああ、やっぱりキミ楽しんでたのか

戦い方が妙に生き生きとしていたから

もしや……とは思っていたけど。


『だいぶ鈍っていたぞ?

生きてる頃はもっと早くやれた

しばらく動かしてないとダメだな』


あれで?


『あれで、だ』


それが本当だとするとボクは

キミと手合わせが出来ないことが

心底悔やまれるね、ボクの為にも


ほら、早く自分の体を

手に入れて貰わないと。


『要らないと言っているだろう

オレは、今のままが良いんだよ


……なんて言ってはいるが

多分その機会があったならオレは

迷わず、飛び込むんだろうけどな』


なんだ、認めるんだ

てっきり頑固に否定するものと


そしてその瞬間が来た時に

感動的な展開が起きる物だと

ボクは思っていたんだけどね


『お前がそう言うだろうから

認めてやったんだよ、ざまあみろ』


子供かい、キミは


『おうとも、14歳の子供だぜ』


短い生涯だったねぇ


クックック……と、喉の奥から

非常に人の悪い笑いが漏れ出てくる

彼女と話すとボクは性格が悪くなるらしい。


と、その時


「——ジェイド様」


「やあ、御足労ありがとう」


「いえ」


現れたのは女性だった

いや、女の子と呼ぶべきか


彼女はこれでも

小隊を率いる隊長である

生き残った我が部隊の中でも

上位に位置する腕の持ち主だ。


では


始めようか


「さて、リッチ」


「……はい」


「キミに質問がある

鏡を渡すのはその後だ」


ボクは彼女に対して

しなくてはならない質問がある。


言わなくてはならない事がある。


ボクはリッチの元に近付き

顔近付けて、目を見てこう言った。


「建物の中に侵入者が来たよ」


「っ……は、はい」


冷や汗が、リッチの額に滲む

言われる事を覚悟していたって態度だ。


彼女は真面目な奴だ

感じているであろうプレッシャーは

想像を絶するもののはずだ。


「ボクはキミたちに監視を命じた

周囲の警戒及び、邪魔者の排除


鏡の事が公に噂となっている以上

他の来客があるかもしれない、とね」


「はい……しかと、聞いておりました」


分かりきった事だ

しかしその分かりきった事が

達成されなかった、となれば


「では、なぜ侵入を許した?」


その理由を尋ねるのは

至極当たり前のことだろう


「一瞬目を離した隙に見逃し——」


「誤魔化すなッ!」


叱責


殺意すら孕んだ強力な抑圧

それは彼女自身の罪悪感に届く。


「っ……」


嘘を着こうとしているのは

見れば分かる、ボクに嘘は通じない。


彼女自身、隠し仰せるとは

とても思っていないだろう


嘘が通用しないとは

たとえ知らなかったとしても

リッチは真面目な女性であるから


この場合は本来

隠さずに真実を述べるはずだ

それは己に非があれば尚更に。


だが、そうはならなかった

であれば誰かを庇っているのだろう。


あるいはボクを気使っているか

とすれば、自ずと答えは見えてくる。


しかし


「正直に言うんだ、何があった

キミ達ともあろう者が、何故


あの程度の連中を見逃した?

ボクはただ、知りたいだけだ」


ボクはあえて

彼女自身の言葉で答えさせようとする

それは、決して慈悲では無かった。


庇っている誰かを裏切らせる為だ

ボクの想像が正しければ、恐らく


彼女が


リッチが隠しているのは


「……すみません、嘘をつきました

申し訳ありません、白状……します」


「言ってみろ」


「……わ、我が小隊は、ジェイド様の

仰せになった偵察任務の遂行中に……


部隊内部で言い争いが発生

げ、原因となったのは……」


ふぅー……と、深呼吸がひとつ

それは彼女なりの覚悟を決める儀式だ。



「原因となったのは

ジ……ジェイド様に……対して


信用出来ないと言い出した者が

居たからでございます……ッ!


そ、それ故に……我々の小隊は

敵の接近を、察知出来ませんでした!」


それは驚愕に値する失態

たとえ言い争っていたとしても

キミが着いていながら、敵を逃すとは


侵入を許してしまうとは

あまりに失敗がすぎる。


ボクはたっぷりタメを作ってから


「——リッチ」


「は、はい」


宣告を言い渡した



「拠点に戻ったら、キミの小隊

全員ボクの部屋へ連れて来るんだ」



「……かしこまりました」


「はい鏡、気を付けてね」


「はい……!」


ボクらは二人並んで歩き出す

目的の物は回収し終えた。


幾つかイレギュラーもあったが

損害はゼロ、鏡は無事に確保出来た


フィードバックは後ほど

きっちり済ませるとして

作戦は成功に終わったと見て良いだろう。


そしてボクは心の中で

と思うのだった。


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その悪は、拭えぬ赤を湛えていた。 ぽえーひろーん_(_っ・ω・)っヌーン @tamrni

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