神秘も魔法もない、曇り切った鏡には


私は刺されて死んだ

屋敷の中で唯一気を許していた人物に

髪を結んで貰っている最中に殺された。


そりゃあ、恨んださ

そりゃあ、憎んださ


当然だろう?なんせ裏切りだ

こんな所で、死んでたまるかってな。


でも現実は残酷だった

傷は、逃れようのない致命傷だった。


刀身に神経を侵す毒が塗られていて

私は、反撃も出来ずに死んだのだ。


意識が暗闇に落ちていく

ベッドの上に寝かされた私は

必死に、動こうとしたけれど


出来たのは

傷に手を当てるぐらいで

なけなしの止血だけだった。


なんてザマだ

こんな下らない死に方とは

甘かった、私は甘かった。


痛み、後悔、苦しみ、疑念

怒り、憎しみ、恐怖、痛み


押し寄せる感情の波は

命をも洗い流していき


やがて暗闇のシャッターが

頭の上からガーンと落ちてきて

私の人生は終わりを告げた……


はず、だった。


次の瞬間見たものは

それまで自分が動かしていた

正真正銘、私の体に、誰かが


知らない誰かが

入ってきて、挙句の果てに

ふざけた口調で喋る光景だった。


あれには驚かされた

私は何を見ているんだと

この世の理から外れた光景を

現実のものと理解するのには


時間を要した


やがて状況を整理した私は

ほんのちょっと見ていこうと思い

冥土の土産にする腹づもりでいた


だが


奴の心の声は存外面白くて

そしてアイツは賢い人間だった。


即座に起きた事を把握し

それに対する対応を行った。


自分を刺すという行為によって

その時点で生じていた矛盾を

強引に塗りつぶし辻褄を合わせ


切り抜けやがった。


それどころか奴は

ハンナの正体に気が付いた


なんて洞察力をしてやがるんだ

私でさえ見抜けなかったことを


コイツは、たった数分で

何もかも見透かしてしまった。


なんでやつだと思った

私は正直に言って恐怖した


こんな奴と生きていた時に

出会ってなくて良かったとな

勝ち目が何処にも見当たらなかった。


あとから聞いた話では

私がハンナに対して抱いた憎しみが

あいつに伝わったのが決定打だったらしい。


その後、私は

やりよう次第ではアイツに

ちょっかいを掛けられる事を知り


他にやる事もなく暇なので

たまに助けてやったりしつつ

奴の人間性を観察していた。


そうだ


私は今までずっと

あいつの心の声を聞いて

そして性格を分析してきた。


だから分かってしまうのだ

あいつは、決して悪人じゃない。


私とは違う

私は生まれながらの悪だ


私自身も、そして仲間も皆

どうしようもないクズばかりで

ろくな死に方をしない連中ばかりだ。


だから


だから例え奴らが

私の、目の前で死のうとも


耐えられる

人でなしの私は大して

心をいたませないのだ。


悲しくはある、苦しくもある

だが一方で冷めてもいるんだ。


だから大丈夫だった

私は、大丈夫なんだ。


しかしあいつは、ジェイドは違う

奴は、表にはなかなか出さねえだけで


あいつの心は非常に豊かだった

そんなもん悲しむに決まってる


ただでさえ親睦を深めちまった

だから、効かない訳がねえんだ。


お前は休んでおけ

あとは私に任せろ


レティ様の肩を借りておけ

こんな頼れる相棒は居ないぞ


『好き放題、言ってくれるね

人の心に、土足で踏み入って』


まあな


『……お言葉に甘えるとするよ

正直、泣きたい気分だったんだ』


おう、泣け泣け

オレはオレでやる事があるからな


『……`オレ`?』


ああ、しまった、つい昔の癖で


『キミ、昔はそう言ってたの?』


昔さ男に憧れてたんだ

親父のような凄い男に、な


『そうか』


……まあ昔の話さね

でも、良いかもしれないな


うん、久しぶりに戻してみるか?

案外、気分転換にもなるかもな?


『これで、ボクらは2人とも

女の子の一人称じゃなくなるね』


兄弟みたいだな


『姉妹の方じゃないの?』


姉妹でもある


『曖昧すぎないかい、それ』


良いだろ、そんなことは

オレは気にしないね、そんなの


『自分から言い出した癖に

随分と、勝手なんだねえ?』


調子が戻ってきたと見えるな

少しはどうだ、気が晴れたか


『うん、ありがとう』


そうか、じゃあどうする

身体、元に戻るか?うん?


『どっちでもいいよ、久しぶりに

キミも動きたいんじゃないのかい?』


運動はさっきやったろ

父上を拷問した時にな


『すぐ殺してしまったじゃないか』


情報引き出し終えたからな

あとは用済みだ、あんなものは


『彼は権力者だったんだろう?

殺してしまって、不都合はないの?』


まあ、あるだろうがそれは

オレだけに限った話じゃないな


あらゆる人間に影響を与えるだろう

しかし同時に、オレの力が強まりもする


あいつが築き上げてきたモノを

丸ごとぶんどる事だって出来る


復讐は、ほとんど終わった様なモノだ

残りは直接手を下す必要も無いからな

生き残った部下達にやらせるさ


『そうなると、ボクたちは

最大の目標を失う事になる訳だ』


……そう、だな


死んじまったオレには既に

欲と呼べる物がほとんどない


色々と野望はあったんだけど

死んだら、どうでもよくなった


今はお前が優先順位の一番上だ

あとは割と、どうでも良いんだよな


『身体を手に入れる、というのは?』


……なんだって?


『キミ、自分の身体はどうだい

あれば嬉しいんじゃないかな?』


……こ、荒唐無稽だな、それは

出来るかどうかって話ですらないぞ


『大きい目標にはなるだろう?』


それを言われるとな、弱い

確かに体は欲しい気もするけど

今のが楽と言われればそうなんだ


『確かに、言ってることは分かる』


だろう?正直楽だろう、これ

体が無いからこそのメリットだよ


実体のある自分の体と

お前の中にいるオレとで

自在に入れ替われるのであれば


考えないこともないが

そんなのは無理だろうし


やっぱり体なんてモノは

オレには必要ない気がするな


『なら、方法を探してみようよ


その為に勢力を拡大して情報を集め

ついでに力を付ける、というのは?』


話が飛躍したなあ、随分と

お前、案外と過激な考え方するのか?


『キミが言うかな、それ』


などと話してるうちに

オレは拠点へと戻ってきていた。


正確に言うならば

拠点の入口の前、だな。


ここも、ひょっとしたら

襲撃でもされているんじゃないか?と


悪い想像をしもしたが

どうやら平気そうだった。


でも、やはり直ぐに

拠点は別の場所に移すべきだな

ここに置いておくのは少し怖い。


おい、ジェイド


『うん?』


代われ


『……そうか、今更会えないか』


そういう事だな

オレはあくまでも死人だ

今のボスは、お前だからな


今更また人格が変わったら

今度はお前が出て来れなくなる

そいつは困る


あくまでもこの体を動かすのは

お前が主軸であるべきなんだよ


オレは、そうだな

周りに誰もいない時とかに

たまに出てくる位でいいのさ


『引っ込んで大人しくする

というつもりは無いみたいだね』


だって退屈なんだよ

少しくらいは良いだろう?


『言ってることがフワフワしてるねえ』


自在に人格を入れ替えられて

どうやら悪影響も無さそうだからな

活用はしていくべきだろう?


『しかし、やろうと思えば

強制的に乗っ取れるとはね』


もし、オレとお前じゃなかったら

危なかったかもな?その点考えたら


『ボクも同じ事を思ってたよ』


じゃ、ほら、代われよ

お前の体だぜ、返すよ


「……ふう、戻ったね」


戻った、返す、お前の体


おかしな言葉だ。


この妙な状況と感覚を

当たり前に受け入れているボクは

やっぱり、少し変なのだろうか?


ふたつの人格が存在し

しかし混ざり会うことなく


個人で完全に独立しており

どちらかが片方に引っ張られる事も

所有権の事で揉めることも無ければ


関係は相当に良好で

人間的にも好みのタイプであり

入れ替わりの際もスムーズであり


うん、やっぱり変だ

普通はこんな風にはいかない

ボクらだけの得意事例だと思う。


さあ、拠点に戻ろう

ボクのやるべきことを

やらなくてはね……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


その後


拠点の場所を移したり

父上が死んだ事で起こる

ボクに対する影響の処理や


仲間の弔い

新しい衣装の調達


新拠点の建設に伴う資材搬入

罠の設置に生体情報の再登録


新しい土地での基盤作り

ボクらを襲撃した軍勢を率いた者への報復


そして情報収集などなど


あれからしばらくの間

ボクらは激動の日々を送っていた。


レティと交代で休憩を取り

片方が仕事をしてる間、片方が休む

という方法を使ってまで仕事をした。


彼女は退屈しないのであれば

仕事であろうがなんだろうが

やる事がある、という事自体に喜び


特に嫌な顔ひとつせず

交代して働いてくれた。


それにより作業効率は倍以上に伸びた

なにせボクも、そしてレティも

お互いに優秀な頭脳を持っている。


ふたつの視点から進められる計画

改善案、今後の方針や作業は非常に

効率がよく、なおかつ質が高かった。


おかげで部下達からは

不眠不休で何日も動き続ける

バケモノ扱いをされたものだ。


ボクは少し楽しくなり

彼女もまた面白がっていた。


そんなこんなで

かなりの時が流れ


ボクらの拠点は今

とある海辺の洞窟に移されていた。


そこは、とても普通の人間が

入ってこられる場所では無いので

拠点とするには持ってこいだった。


仲間のみが使用出来る

秘密の出入口を作ることで

守りは固めてある。


減った部下はあまりにも痛手だった

優秀な者が軒並み死んでしまったので

残された者は、主に裏方の人間たち。


つまり戦闘技能に秀でた者が

少なくなってしまったのだ。


人材補給もそのうちに

行わなくてはならないな


機会を見つけて

取り組む必要がありそうだ

やる事は山積みだ。


しかしボクは


情報収集の傍らで

ひとつの面白い噂を耳にした。


なんでもその鏡は


人間の持つ深層心理

表には出てこない裏の人格

本音や闇を写し出すのだと言う。


曰く、魔法の鏡


そんなものが実在するなんて

全く馬鹿げた話だと思うだろう


街の人間、とりわけ酔っ払いが

酒場で話していた戯言に過ぎないし

と、人々の多くは思うだろう。


しかしだ


こと、ボクに関して言えば

それは決して無視出来る物ではない。


気になるじゃないか

もしそんな鏡が実在するとして

自分が使ったらどうなるのか?


レティが写るのか?


それとも本当にボク自身の

裏の人格とやらが見れるのか?


あるいはそれは

レティのモノかもしれない

ならば、確かめる他はないだろう。


やる事は他にも沢山あるが

今は目先の目標を優先させよう


つまり、趣味に走る。


思い立ったら即行動がボクの心情だ

ボクは部隊の人間を何人か派遣し

その鏡についての情報を、集めさせた。


疑問に思う者も居るだろう

そんな事を命令して大丈夫か?と

だが、その点は安心してもいい


なぜなら


『私物化もいい所だから、普通なら

不信を買ってしまうだろうが


実は、オレも似たようなことを

ずっと、やってきてきたからな

アイツらにとっちゃ`いつもの事`だよ


元々、このジェイド隊は

自分の居場所が欲しくて作った物だ

だから割と、どんな命令でも大丈夫だ』


と、創始者である彼女も言ってくれた通り

部隊の人間は皆、ボクが出した命令を

当然のように聞いてくれた。




そして時は経ち、今現在


「——ふん、普通の鏡だね」


『だな、普通の鏡に見える』


ボクは目的の物を

目の前にしていた……。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


天井も床も壁も

ピカピカ光とを反射していてうるさい



ここは、とある建物の

存在しないはずの地下室だ

設計図には載っていない透明な階層。


そして目の前には

噂で聞いたが佇んでいる


その鏡は曇っていて

欠片の神秘も感じられなかった


辛うじて景色が写っているのが

確認出来るかどうか、という程だ。


『お前、目の下に血着いてるぞ』


「おや、本当だね」


レティに言われて

鏡で顔を確認してみると


始末してきた人間の返り血が

べっとりと、顔に付着していた。


ボクは親指の腹で血を拭い

そしてズボンに塗り付ける。


『舐め取ってしまえば

汚さなくても済むものを』


え、血をかい?やだよそんなの

変な病気を貰ったらどうするのさ

そんな馬鹿みたいな死因はゴメンだよ


『まあ、確かに

変な病気でも持ってそうだったな』


ボクの、足に括り付けたナイフは

拭き取ったとは言え、血に濡れて新しい

それはつまり、使用したという事であり


この建物は既に、地下以外も含めて

もぬけの殻になった、という事だ。


ボクは、部隊の人間の調査報告から

件の鏡は既に回収されている事を知った


回収したのは、とある富豪であり

金持ちとは、得てして珍品を集めるモノだ


何をしたか、なんて

最早口にするまでもないだろう。


欲しいものがあった

そしてそれは人の手に渡っていた


ボクは、その人物の元に訪れて

少し貸してくれないか、と交渉した


提案はもちろん断られた

故に、力で


それだけだ


ボクのやった事は

すなわち強盗殺人である。


大義名分などは存在しない、ボクはただ

己の欲望を叶えるのに邪魔な人物を

全くの個人的な理由で排除しただけだ。


それは、紛れもない暴力であり悪だ

裁かれるべき、忌み嫌われるべきモノ


『お前も充分悪人だったみたいだな』


失望してしまったかな?


『いいや、むしろ親近感が湧いた

オレと同じく人でなしだったんだ


そういう奴は、中々居ないからな

オレは孤独を感じずに済みそうだ』


人でなしね、まあそうかもね

何せボクが探し求めた品物は


どうやら全くのガラクタ

ただ装飾が綺麗なだけの鏡だったんだ

やっぱり、噂は噂だったみたいだ——


『……お、おいジェイド

お前これ、見えてるか?』


「これってどれ——」


考え事をやめて

顔を上げたボクは


不思議な光景を目の当たりにした


鏡は相変わらず曇っていて、自分の姿さえ

まともに写してくれないにも関わらず


その鏡の、表面には

ボクの後ろの背景など無視した

見たことも無い光景が広がっていた。


光景、いいや人物だ

全く身に覚えのない人間、少女


女の子、哀れで、可愛そうで

救いのない、愚かで矮小な女だ


『お前、コイツを知ってるのか?

まるで知り合いの様な口ぶりだが』


何も成し遂げられず死んだ

心の中に野望を持ちながら


ある日突然

ゴミのように死んでいった


『おいジェイド、どうしたんだ

そこに写っている女知ってるのか?

おい、おい!無視するんじゃない!』


分かるんだ、ボクには分かる

この、鏡に写されているのは——



「——ボク?」



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