冥府の女王の陰謀

閑話

「……さて、集まってもらったのは他でもない――」


 隊長が用意した専用の執務室の執務机に座り、カンチョーはわたし達を見回しました。


 集められたのは、ドーラのアネゴとシャイア先生、そしてわたしの三人です。


「カンチョー、特殊士官のお二人はともかく、わたしはなんで呼ばれたんです?」


「わっかんないかなぁ。

 ミナちゃん絡みで呼んだんだよ。

 だからネイ――あんたも重要な作戦要員ってワケ。

 今は階級なんて気にすんな」


 と、カンチョーは組んだ両手に顎を乗せて苦笑します。


「ああ、なるほど……」


 冥府における闘士階級でいえば、わたしは下から二番目です。


 ですが、こっちではメイド長という、それなりに重要なポストを与えられていたのでした。


「いや~、ミナちゃん。

 良い子だねぇ。

 あんな純粋な子、わたしゃ久々に見たよ」


 腕組みしてしみじみと呟くカンチョーに、ドーラのアネゴもうなずく。


「そうね。しかも自分の魅力にまるで気付いてない、まさに原石!

 こんなに胸が高鳴ったのは久しぶりだわ」


「でも、自分の身体を酷使するのは頂けないわね。

 あの子、ブートキャンプ直後の闘士達かってほど、身体がボロボロだったわ……」


 シャイア先生は目を細めてため息です。


「しかも夜もまともに眠れてなかったみたいでね……

 私が診るのが、あと数日遅かったら、きっと倒れてたはずよ」


 いかにひどい扱いをされていたのかが、よく分かるお言葉です。


「まあ、その辺りはキミらでケアしてやってよ。

 できるだろう?」


「はい」


 カンチョーの言葉に、わたし達は敬礼で応えました。


「――でさ、問題はこっちの方なんだ……」


 カンチョーは不満げに眉根を寄せて、指を弾きます。


 わたし達の前に遠視盤が現れて、像を結びました。


 映し出されたのは、どこかの一室で。


 豪奢な調度が並べられた――おそらくは貴族のお屋敷です。


『――これはこれは!

 よくぞお越しくださいました!』


 大仰な身振りでそう告げたのは、ハゲでデブな――いかにも悪徳貴族といった風貌のおっさんでした。


 着ているものも、金糸や宝石がふんだんにあしらわれた豪華な衣装。


「――フォルツ・サイベルト公爵。

 こんな見た目で三十四歳って言うんだから驚きだよね」


 てっきり四十過ぎかと思いました。


 それくらいに――おっさんは脂ぎっていて、肌ツヤも悪かったのです。


「不摂生が原因ね。

 暴飲暴食――特に酒が無駄な脂肪の原因」


 シャイア先生が冷静に分析しています。


「服のセンスも最悪。

 ピカピカ光らせれば良いと思ってるのかしら?

 頭も光ってるしね――」


 ドーラのアネゴの言葉に、わたしは思わず吹き出しました。


 カンチョーもまた苦笑してます。


「……ボロカスに言うけどね、こいつ、実はカイルくんの叔父――王弟なんだよ」


 その言葉に、わたし達は顔を見合わせました。


「……似てないわねぇ」


「遺伝子のいたずらかしら?」


「このツラで隊長を醜いとか罵ってたんですか?

 鏡見たことないんですかね」


 再び口々に罵ります。


「まあ、先々代の側妃の子らしいからね。

 カイルくんの父親とは半分しか血が繋がってないんだ」


 と、カンチョーが説明する間にも、画角が変わって、サイベルト公爵が出迎えている人物が映し出されました。


「こいつらって――」


 わたしは目を剥きます。


 先日、ミナ様を助けに隊長と訪れた、ジャルニードの森で見た顔でした。


 ロギルディア王国王太子のアイン・ロギルディア。


 そして、聖女を僭称する恥知らずな女――クレアです。


『出迎え、感謝します。サイベルト卿』


 そう告げて、アインはサイベルトと握手します。


 三人はそれぞれソファに腰掛け。


『――それで! いつカイル様にお会いできるのかしら?』


 クレアが身を乗り出して、サイベルトに訊ねました。


『クレア、その前に――』


 と、アインはクレアをたしなめて、サイベルトに視線を向けます。


『――ディオス殿はどうなったのだろうか?』


『え~、そんなのどうでも良いじゃない!』


 仮にも自分を慕っていた男の消息だというのに、どうでも良いとは――クレアという女の性根に、吐き気がしてきますね。


 ドーラのアネゴも、シャイア先生も眉根を寄せています。


 訊ねられたサイベルトは、首を左右に振りました。


『王都の民達の前で肉刑――両手を斬り落とされて、幽閉されました』


 息を呑むアイン。


『実の兄にそこまでするのか……』


『権力を使って悪い事してたのに、それくらいで赦してあげるなんて、さすがはあたしのカイル様ね!』


 一方のクレアは両手を組んで、夢見がちにのたまわりました。


「……この娘、頭どうにかしてるんじゃない?」


 ドーラのアネゴが呟きます。


 映像の中で、アインは首を振り。


『……そ、それでは計画を修正して――卿が立つということで良いのですね?』


 アインの問いかけに、サイベルトは沈痛な面持ちで顔を伏せ――アインには見えないように、醜悪な笑みを浮かべました。


『あの無能が王などと、赦されるものではありません。

 ――まして簒奪など!

 民の為を思えばこそ、私はこの国を背負う覚悟が固まりましたよ』


 ……民の為を思えば。


 民を苦しめていたディオスを放置していたクセに、このハゲは今更なにを言っているのでしょうか。


「……要するに、クーデターを起こそうとしているって事ですよね?」


 わたしはカンチョーに訊ねました。


「そそ。

 諸侯集まる宴の席で、このハゲは自分こそ王だと名乗りをあげるつもりなのさ」


「でも、そんなの誰も認めないんじゃない?」


 ドーラのアネゴの言う通り、今更、先代王弟が名乗りを挙げたところで、誰も従わないでしょう。


「だから、アインくんとクレアちゃんなのさ」


 と、カンチョーは映像の中のふたりを指差し、面倒臭そうに肩をすくめました。


「隣国の王太子と――自称とはいえ、やはり隣国が認めている聖女の支持。

 武力で王位を勝ち取ったカイルくんには、そういった権威がまだないんだ。

 そこを突こうってワケだね……

 ――本当に浅はかだ」


 カンチョーが薄く笑うのを見て、わたし達は喚び出された理由わけを理解しました。


「――聖女には聖女を……ってワケね」


 ドーラのアネゴが歯を剥き出して笑います。


「そして、それをカンチョーが承認する」


 シャイア先生も笑みを濃くして。


「宴にはサティリア教会の上層部も招くからね。

 効果テキメンだろーさ」


 カンチョーはニシシと黒い笑みを浮かべます。


「バカ共に見せてやろーぜ。

 ホントの聖女が誰なのかをサ」


 そうして、上司達は映像の中の三人を見つめて、愉悦の表情を浮かべるのです。


「……ちなみにそれをミナ様にお伝えするのは――」


 上司達は無言でわたしを指差し、にっこりと微笑みました。


「――やっぱりぃ~っ!」


 下っ端って、辛いですよね……

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勇者召喚に巻き込まれたあの娘が無能と呼ばれたから、嫌われ王子の俺は善人をやめて暴君になった。 前森コウセイ @fuji_aki1010

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