第2話 8

 新人達の兵騎訓練を闘士達に任せて、俺は城の屋上へとやって来た。


 西側の棟の屋上だ。


 ここは俺があの小屋で暮らしていた時からのお気に入りで、城下がよく見渡せる絶好のスポットだった。


 夕焼けに染まる城下のあちこちから、煮炊きの煙があがっているのが見える。


 昔は、あの煙の下にあるひとつひとつの家庭を想像しては、幸せな家族の空想に逃げ込んでいたものだ。


 俺の話を聞いて、褒めてくれる父親。


 温かな食事の用意をする母親。


 そしてそんなふたりに、その日にあった何気ない出来事を語る……


 第二王子じゃなければ、そんな家庭もありえた――あの頃はそんな風にさえ考えていたっけ……


 女々しかったかつてを自嘲する。


 背後から声がかかったのは、そんな時だ。


「――えっ!? カイル……くん?」


 振り返ると、そこには髪をやや湿らせたミナが立っていて。


 俺は思わず固まる。


「え、ウソ――ネ、ネイさん? ちょっ――」


 彼女もまたひどく慌てていて、背後の屋上の入り口を見るが、ドアはバタリと音を立てて閉じられる。


 ……なるほど。ネイが連れて来たのか。


 思わぬ再会だ。


 胸の鼓動が跳ね上がる。


 ディー副長に相談していた次のシチュエーションは、宴の席でのものだった。


 ここでの再会は完全に想定外だ。


 ……深呼吸。


「ひひ、久しぶり、だな……」


 引きつりそうな喉をこじ開けて、なんとかそう口にする。


「そそそ、そう、だね……」


 ミナも慌てたようにパタパタと手を振って応じる。


 その様子がなんとなく可笑しくて、俺は思わず吹き出した。


 途端、ミナも一緒に笑ってくれて。


「そっち、行っても良いかな?」


「あ、ああ……」


 俺が応じると、ミナはひどく慎重にゆっくりと、俺の隣に並んだ。


「……なに、してたのかな?」


「ま、街を――城下を見てたんだ」


 ミナに訊ねられて俺が応えると。


「ああ、そういえば……」


 ミナは納得したように、胸壁に手をついて街の方を見渡す。


「――日記に書いてた屋上って、ここの事だったんだねぇ」


「日記?」


「――あ……」


 慌てて口元を押さえるミナ。


「えっと……その、ね。

 ほら、あたしが暮らしてる小屋って、カイルくんの小屋だったワケじゃない?」


「ああ――ん? まさか……」


「そ、そう! ごめんなさい! カイルくんの日記、勝手に読んじゃった!」


 ぺこりと頭を下げるミナに、俺は自分の顔が真っ赤に染まるのを意識した。


 ……落ち着け、俺。


 お、おかしな事を書いたつもりはない。


 日々の出来事を、そのまま書いてたはずだ。


 いつも半べそかきながら綴ってたとか、そういう事もこの際置いておこう。


 だが……俺自身の内面を見透かされたようで、なんというか気恥ずかしさは隠せない。


「えっと――こういう言い方は迷惑かもしれないけどさ……

 あの日記のお陰で、あたしはこの一年、なんとか頑張ってこれたっていうか……独りじゃないって思えて、すごく励みになったというか……」


 それは俺にも覚えがある。


 アリサが毎日見せてくれたリシャール王国の光景。


 その中でも、ミナが頑張る姿は俺の冥府生活で、どれほど励みになったかわからない。


「ああ……わかるよ

 俺もさ――」


 だから俺も、アリサにミナの生活を見せてもらってた事を正直に告げる。


「女神テラリスに誓って、女性の尊厳に関わるシーンは見てないと誓う。

 だが君が頑張っている姿は、辛かった冥府の鍛錬で、俺の支えになってくれた」


 俺が顔を赤くしながら告げると、ミナは驚きの表情を浮かべたものの、すぐに微笑みを浮かべてくれた。


「一緒だったんだね」


「ああ、一緒だったんだな」


 そうして俺達は笑い合う。


 まるで長年の戦友のような心地よさ。


「改めて、中里なかさと 美那みなです」


 ミナが右手を差し出す。


「カイル・リシャールだ」


 俺はその手を握り返して。


「――君が無事でよかった」


 俺達は同時にそう告げる。


 ああ、この気持ちをどう言葉にしたら良いのだろう。


 ――帰ってきてよかった?


 それだけでは、とてもじゃないが足りない。


 ――愛おしい?


 なんともありきたりで陳腐だ。


 言葉に表せない高揚感を抱えたまま、俺はミナを見つめる。


 ミナもまた、俺を見つめ返してくれて。


 彼女の黒髪は、夕日を浴びて艶やかに輝き、その黒の瞳もまた美しく揺れている。


「あ――」


「ど、どうしたの、カイルくん!?」


 気づけば俺の目から、涙が溢れていて。


 なぜだろう。


 涙が止まらない。


「あ、ああ……どうしよう。だ、大丈夫? どっか痛いの?」


 ミナがおろおろしている。


 俺は目元を拭って、涙を止めようとしたけれど、後からあとから溢れてきて止まりそうにない。


 ――ミナがいる。


 すぐ目の前に。


 その事が嬉しくてたまらない。


「あー、もうっ!」


 不意に――ミナが俺を抱き締めた。


 視界が覆われて、頬に柔らかな感触。


 鼻の香りがして。


「君、カッコ良くなっても、泣き虫のままじゃん……」


 視界を覆われた俺に、鼻声のミナの声が届けられる。


 その声が心地よくて。


 涙はとめどなく溢れ出る。


「――君を守ってあげたかった!」


「……死ぬ間際でも、声をかけてくれたじゃん」


 優しく頭を撫でられる。


「でも、君は辛い目にあった!」


「君の日記に、救われてたよ……」


 優しく告げられる言葉に、俺は彼女を抱き締める。


「もう離さない!」


「うん……え? ええぇ!?」


 不意にミナの手が止まって、驚きの声があがった。


 俺は顔をあげる。


 驚きに目を丸くしたミナの目尻には、うっすらと涙が浮かんでいた。


 指でそれを拭って、俺は告げる。


「君を泣かせるもの、傷つけるものすべてから……俺が守ると誓おう」


 死の間際に願った言葉を、ようやく彼女に告げられた。


「――俺は、その為に冥府から帰ってきたんだ……」


 その為なら……俺は暴君にだって、なってやる!





★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★

 ここまでが2話となります。


 カイルが王位について、一変したミナや城の日常を描いてみました。


 そして、ラストでようやく再会できたふたり!


 次回からいよいよ、国内粛清がはじまります!


「面白い」「もっとやれ」と思って頂けましたら、どうかフォローや★をお願い致します。

 読者様の反応が、なによりも作者の励みになりますので!


 では、次のラストにて~

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