第36話 守るべき場所

 ニューヨークに移り住んで一年が過ぎた。

 週に一度しか帰ってこない彼女とイチャイチャする為に、俺が新たに始めた商売がある。


 それが情報屋だ。

 勿論対価は金じゃない。


 俺にしかできないこと。

 それを商売に絡めたのだ。

 大統領が俺に無償で取引をさせない為に用いたサービスがこれ。


 俺の気持ち一つでレートが貯まるポイント式のスタンプ券。

 有益な情報を持ってきた相手に俺の気持ちをポイントに変換。

 大変為になった相手にだけ褒美を与える形で力を貸してやったらどうだ?


 そう言われて、それなら確かに俺はありがたいし、みんなも俺の力を知ってクレクレだけに頼らないだろうと納得した。


 ポイントカードは全部で50ポイントまで貯められる。

 10ポイント毎に悩みの規模に応じて解決できる様にした。


 レインボーボックスの効果は大人だと相手の悩みを解消する毎に俺が負債を追う仕組み。

 あの時は天井無しで使用したから15億もかかったが、勿論こっちで負債額は制限できるのだ。

 俺はただ宝箱で殴るだけだから傍目には低いポイントで育毛できるんじゃないかと思ってる輩が多いが、育毛は負債額が1000万なので5万や10万の負債額で治るわけはないのだ。


 肉体欠損は聖女の仕事なので、カガリの仕事を奪うことまではしてない。銃撃戦の時は仕方なく使ったが、あれはサービスかな?


 そんなわけで俺は情報屋兼医療事業の最後の砦として下町でそれなりに顔を覚えられていた。

 便利屋みたいに扱われてるが、別にそこは構わない。


 日本みたいなクレクレが減った事実は大きいからな。

 そのことで思い出したが、アメリカ大統領からの物言いで日本政府から申し出された金の鍵と虹の鍵の要請はチャラになった。


 個人の探索者から搾取をする様では恥の上塗りだ。

 世界の認めたSランクに対する冒涜だと泣く泣く俺からの搾取を取りやめたと言う経緯がある。


 そして日本に残ったエダは、無事Cランクまだ駆け上がったそうだ。今じゃ俺に次いで新しい【+1】の可能性として盛り上がっている。

 相変わらずクレクレは多いが、別にエダそのものはダンジョンチューバーとしてやっていかなくてもいいらしいが、その身長からダンジョンに入るたび事情聴取を受けるのが面倒で顔を売っていると言う涙ぐましい事情があった。


 顔出ししてればそれなりに知名度は上がるからな。

 俺はクレクレだけが加速したが、エダは華があるから。



 それと慎も無事Aランクに登った様だ。

 うちの親父は若い力には勝てないと引退を考えてるそうだが、霊獣持ちは重宝されるそうで本人のやる気とは裏腹に引くて数多らしい。


 何借金踏み倒そうとしてんだ。

 耳を揃えて返すまで働いてもらうからな!

 ちなみに母さん曰く、完済まであと10年はかかるそうだ。

 7000億を10年で返済できるってあたり、やっぱ探索者って稼げるんだな。

 そう思うと俺の生き方が間違ってるのか?


 まぁ金を稼ぐだけが人生じゃないし。

 金を稼ぎ過ぎてただでさえ感覚が麻痺してるのが俺だ。

 ここで普通の暮らしをするのも悪くない筈なんだ。


 調子だけはいいFBI捜査官のおっちゃんとか、やたらリスペクトしてくるニューヨークマフィアのボスとかとくっちゃべりながら、今日も俺は自分の立ち上げた仕事場に通う。


 下町は良くも悪くも朝から活気がいい。

 一度俺の世話になった住民は俺を見つけるなり元気よく声をかけてきた。



『坊や、ちょっといいかしら?』


「あ、キャロライナさん。旦那さんはもう良いんですか?」


『ああ、良いのよあんなヤツ。それよりも聞いてー』



 あんな奴って。散々夫が帰って来ないって嘆いてたのに、帰ってきたら来たで態度が一変するんだもんなぁ。

 まぁ話を持ってきた時点でポイント狙いだろう。

 ほぼ自慢話の様な近況報告を聞いて、俺はぐったりしながらスタンプを一つ押してやると満足そうに帰っていく。


 別に勢いに押されて押印したわけではない。

 長話が続いたところで俺は困らないからな、ただお帰りいただく為の手段としてスタンプ一つは有用だった。それと気になる情報も聞けたしな。


 ここ、ニューヨークシティはスキルが覚醒してから特に治安が悪くなった都市の一つでもある。

 マフィアが幅を利かせ、夜な夜な非合法の薬物が流出されるなんて噂もちらほらあった。


 せっかくのカガリとの愛の巣が、そんな異常者によって脅かされようとしている。

 俺はそんなスキル覚醒者か身を守るための手段を仕入れる為にもどんな情報も聞き漏らさずに入り。


 あと飯。

 日本が味にうるさい文化を築いた弊害がこの街に来た俺に衝撃を与えていた。

 安価で美味い飯が食えていたのは日本人のこだわりによるものなんだなと痛感する日々。


 いや、正直ね? ここでも美味い飯はあるのよ。

 ただその分お値段が張るの。

 多くの移民が移り住んでるのもあって、食のレパートリーがごった返してるのがここの暮らし。

 最初はね新しさに色々チャレンジしてたが、カロリーもさることながら味のインパクトも大きくて日本の味が懐かしくなってしまったのだ。

 たったの一年でホームシックにかかってしまった俺。



「それ以外のメニューがデブの餌でしかないのに目を瞑れば、まぁ食えないっちゃないんだが」


『何が食えないんだ、坊や?』


「あ、おっちゃーん。娘さんの彼氏見つかりました?」



 俺がニューヨークの飯事情に一人突っ込みを入れてるところに相槌を入れたのは、頭部を若返らせて気持ちも若返ったFBI捜査官のおっちゃんだった。


 ちなみに娘はまだ12歳だという。

 俺が17だから5歳年下だ。

 そんな子を俺に勧めようとするのはマジで勘弁してほしい。

 日本だったらランドセル背負ってるんだぞ!?



『すっかりお前に入れ込んでるよ。それとこんなブロマイドが流出してるが許可は取ってるか?』



 取り出した写真は俺の顔に筋肉ムキムキのマッチョマンが合成されたものだった。写真の右下には値段と思しき数字が書かれている。15$らしい。

 持ってれば金運が寄ってくるって?

 蛇の抜け殻か何かかよ。



「とってないっすねぇ」


『よし、ならここらのマフィアと連携してしょっ引くか』



 なんでマフィアと連携とってんだFBI。

 俺が絡むと敵同士が協力するんだから本当におかしいよ。

 ツッコミ待ちか。ツッコミ待ちなのか?



「別に気にしやしねーのに」


『そうか、これを持ってたのがニューハーフでお前の後ろを狙ってるという噂があったが……まあ本人がお咎め無し。むしろ歓迎してると言うのなら無理に取り締まることもないな、悪かった。俺は捜査に戻るとしよう』


「全力でそいつを捕まえてくれ!」


『そいつが聞きたかった! 成功報酬は弾んでくれよ?』



 そう言っておっちゃんは路駐していた車に駆け込んで法定速度以上のスピードでかっ飛ばしていった。


 ワシントンに行く時も明らかに法定速度を無視していたが、FBIってそんな事まで許可が降りてるのか?


 特例?

 あれは後から特例をでっち上げるタイプだね。

 俺は詳しいんだ。



 と、そんなこんなで出会う人々のほとんどがポイント欲しさに良くしてくれる。

 むしろ本職をそっちのけにして俺にマッチポンプを仕掛けてくる官職が多い気がするが、そこは気にするだけ無駄だな。

 なんせ米国人は自分の利になることに前向きだからだ。

 無論、日本人にだってそう言う奴はいる。

 

 が、周囲の反応を見てる限り、近所の連中が手を組んで俺を騙そうとしてくるあたり、日本よりはアグレッシブな気がするんだよな。うちの親父も大概だが、こっちのおっちゃんも大概だ。


 と、考え事をしてたら、先ほど仕入れた情報の宝石店に辿り着く。場所は下町のブラックマーケット。

 そこに場違いな宝石を取り揃えてそれなりに稼ぎを出してる場所があるらしい。


 だがこの店、不思議なことに警察の巡回中や、マフィアの見回り中は閉店してるのだ。

 一般人が通る時だけを狙って経営してる怪しさ満点の店。

 マフィアから流れてきた情報の一つに違法薬物の流出の話があった。


 スキルが世に出回ってから、そんな薬物に頼る人が増えたと言う。全員が全員ではないが、ハズレのスキルを引いたほとんどが生きる意味を失うことからこう言うのに頼るらしい。


 もし俺が日本の両親の元に生まれず、その薬品の世話になったらと思うと目も当てられない。

 そう言う意味では日本政府は有能なんだ。

 別に正義じゃなくて土地柄が他人を排斥する傾向にあるだけだとも思うが、この年まで平穏無事に生きて来れたのは治安がいいからだ。


 で、俺が今回この宝石店を訪れた理由は。

 若い女性を狙った犯行という点だ。

 もし俺の知らないところでカガリが購入してしまったら?

 この宝石店がまだ麻薬取引の現場と繋がってるという確証はないが悲劇は事前に防ぐべき、というのがここで暮らし上でのルールと教わった。


 その上で俺たちの生活を邪魔するなら、ブチっと潰しておこうと言うものだ。夏場に蚊取り線香撒くじゃん? あれと一緒よ。

 別に犯罪に首を突っ込むとかじゃなく、防犯予防的な奴な。


 俺だって命が惜しいので、あくまで扱うのは情報にとどめる。実行するのはまた別の奴ら。

 顔見知りに警察とかマフィアとか居るからな。

 情報を提供するだけで向こうが動いてくれるって寸法よ。



「おばちゃん、まだ店空いてる? ここの宝石って鑑定書付きなんでしょ? その上で安いってキャロライナさんから聞いてさ。買いに来たんだ」


『あらあら、あの若奥様ったらここだけの秘密と言ってたのに口の軽いこと。オホホホホ。でも坊やは運が良かったわね。ここの取引所は警察の巡回中はやってないの』


「なんか後ろ暗いことでもあんの?」


『違うわよ、あいつらは弱者を見つけていじめるのが楽しいの。私は仕入れるだけでお金を使い果たして困窮してるのに、営業許可書はあるのかの一点張り。そんなものに無駄なお金使ってられないからこんな場所に店を出さざるを得ないのに! 役人ってやーね。坊やはそういう大人になっちゃだめよ?』



 開口一番商売に関係ない話で共感を得ようとしてくるのは生命保険詐欺のやり口と一緒だな。

 恰幅のいいおばちゃんは愚痴を一通り吐き終わると交渉を始める。

 最初は宝石の蘊蓄から。

 そして宝石の価値を語り、本当は十数倍欲しいけど、今だけ価格で子供のお小遣い程度の額で安く買わせてくれると周囲に利かせない様に小声で訴えかけてきた。


 何というか顔面の圧力がすごい。

 ここまで聞いたら買う以外の選択肢がないと言わんばかりの迫力だ。無論、この程度でビビってたら探索者なんてやれないが。



「買います。だから興奮しないでくださいよ」


『そう、良かったわ。私にここまで説明させて買わない若者が多いの。あなたもそうなんじゃないかって疑ってかかってしまったわ』


「こんなうまい話に乗っからないバカも居るんすね」


『本当に世の中バカばっかりよ!』



 最後まで恰幅のいい店主はハイテンションで世間への愚痴を語った。そして俺が出ていったと同時に周囲を見渡してシャッターを下ろす。

 警察かマフィアの巡回時間なのだろう。

 二階の窓から俺をじっと睨む店主の姿が印象的だった。


 追いかけては来ないか。

 こんなでかいウサギ釣れた男を一般人と思える胆力を褒めればいいのか、それとも見えなかったのかは置いといて。


 通りを二つ曲がった先でマフィアの男が近づいてきた。

 俺は小包を渡す。



「運よく例の店が開いてた。調べ物はそっちに任せる。解決できたらポイント弾むぜ?」


『そりゃこっちにとって願ってもない事ですが。それでポイント貰っちまっていいんですかい?』


「この街が住みやすくなれば俺もあんた達もWin-Winだ。それに放っておけば商売が上がったりになっちまう。だろ?」


『ボスは兄さんに日々感謝してますぜ? 医者も聖女も見向きもしなかった病気を治してくれたと』


「そんなのいちいち気にすんなよ。あの時は俺も生存するための手段を模索してた。ある意味ではサービスだな。でもその後は情報を聴取してんだろ? それでチャラでいいじゃねぇか」


『懐がデカいっすね。うちの組織に正式に雇われませんか?』


「俺はフリーで居たいからその誘いはパスしておくよ。ボスによろしくな?」


『お疲れ様です、兄貴』



 兄貴、と呼ばれる様になってまる一年。

 日本にいた時と何ら姿勢を変えてないのにこの環境の変化は何事か。

 最初こそ周囲の住民の乱痴気騒ぎに頭がどうにかなりそうだったが、案外住めば慣れるものだ。

 


「って話が先週あってさ。麻薬のやり取りをしてた奴は無事逮捕されたんだけど、その犯人を辿っていくうちに意外な人物がバッグにいると浮き上がってさ」


「誰? 有名な人?」



 仕入れた情報で週に一度の二人の時間。

 優雅なディナーで日本食を堪能してる際、先日関わった麻薬取引の一部始終をカガリに効かせていたところ以外に食いついてきた。



「それがさ、探索者のジェイムス・マッケンジーっているじゃん? 俺と同じSランクの」


「居るねぇ。え、その人が麻薬を密造してたの?」


「うんにゃ、その人を崇拝してた取り巻きが粛正と称して俺の取り巻きになりつつあるこの街を狙った反抗らしいよ。怖いよね」


「あー頼っちが宝箱の不思議パワーで信者を増やしてたのが気に障った的な?」


「別に誰につこうと関係ないし、俺を敬わないと祟るぞって脅してるわけでもないのに、人の感情って時に怖いよなって思うんだ」


「じゃあそういう人達の誤解を解くためにももっと慈善活動を頑張らないとね!」


「え、これ以上頑張ったら俺の称号は仏か何かになると思うぞ? ただでさえマッチポンプまがいのポイント取得を野放しにしてんのにさ」


「それが頼っちの人望?」


「酷いや!」



 俺は泣いた。彼女の前でみっともなく。

 泣いたところで何の解決もしない。

 あ、この煮物美味しい。

 日本食の繊細な味わいを堪能しながらニューヨークの夜は更けていく。


 カガリは無事下級聖女になって、海外赴任をする機会が多くなっていた。

 もちろん秒で行って秒で帰ってくる。

 天上天下所属の俺が、神条胡桃氏にオファーする事でディメンジョンゲートを繋げてくれるって寸法だ。


 じゃあル・ルイエ島やニューヨークに来るのに飛行機に乗る必要ないんじゃないのかって?

 バカだなぁ、二人旅の時はその過程が大事なんだろう?


 彼女が言って帰ってくるだけなら俺が心配だからお金を積んででも身の安全を優先するってだけで。

 おかげで時間的拘束を免れて実力をメキメキあげ、二年目に入る頃には中級聖女としての地位を得ていた。


 俺? 俺はマフィア同士の派閥抗争の仲介したり、大統領家族のパーティに参列したり、例のジェイムス氏と仲良くSランクダンジョンに入ったりで充実した生活を送ってるよ。





霊獣は居るだけでお得!それが世界の新常識 -完-

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俺だけ✨宝箱✨で殴るダンジョン生活 めいふたば @mei-futaba

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