第35話 新生活は刺激がいっぱい

「頼っち。じゃあたしはここで」


「うん、頑張って。俺はカガリが帰ってくる場所を探しとくよ」


「えー、週一でしか帰れないのに?」


「一緒に居たいの! それとも外食して終わりでいいの?」


「それは嫌だねー。じゃあ頼っちにお願いしようかな?」


「おう、任せとけ!」



 聖女教会で聖女候補生はシスター服を纏って清貧な暮らしを送る。

 そこで神聖属性を養い、スキルを研ぎ澄ますらしい。

【洗浄】使いの彼女にヒールなんて高尚な能力を扱えるかわからないが、神聖属性の適応力だけは目を見張るものがある。


 だから俺は彼女を信じて帰る場所を守るべきだと約束をした。

 それぐらいのことくらいして見せなけりゃな。

 変に暇を持て余すと余計なことばっかり起こるから。


 今まさに俺の方めがけて誰かが走ってくるが、俺はそれを華麗に回避しながら前を歩く。

 ニューヨークのひったくり犯はスキルを得て白昼堂々と行うと聞いた。

 だとしたらアレはひったくり犯とみて間違いないだろう。

 


『おい、そこのお前!』



 続いてピピーッと笛が鳴らされた。

 振り向いたらサングラスのよく似合う日焼けしたおじさんがガムをくちゃくちゃしながら警察手帳を見せて来た。



『そのデカブツをさっさとしまいな、ジャップ。それともチャイニーズか? ペットを飼うんなら飼い主としてのマナーをだな』


「あ、この子霊獣なんで躾は出来ません。霊体なんで」


『は!? バカ言っちゃいかん。それが霊獣というなら、坊主は高ランクの探索者ということになる。その証拠は出せるか?』



 私服のおっちゃんは俺の頭から足の爪先を舐め回す様に見ながら、どこかに連絡を入れた。



「こいつで証明になるかい、おっちゃん」



 俺が提示したのはアメリカ合衆国公認のSランクの認定書だ。

 それをみておっちゃんは目ん玉がこぼれ落ちるほど見開いた。



『こいつは! ジェイムズと同じ。じゃああんたはあのクレイジープレゼンターかい? お会いできて光栄だね』



 あ、話がわかる感じの人でよかった。

 ル・ルイエ島で出会ったチンピラ聖女みたいに初手イチャモンかけてくんのかと思った。



「あ、俺の二つ名それで決まった感じなんすか? 不名誉極まりなくて即撤回したいです」


『ワハハハハ、もうそれで名が売れちまったからな。で、そんな有名人がニューヨークには何をしに?』


「俺のガールフレンドが聖女候補生になったんで護衛も兼ねて」


『そうかい、うちの娘もあんたのファンなんだ。デートに誘ってやってくれたら嬉しいね』


「あれ? 俺今彼女いるって言いましたよね」


『硬いなクレイジープレゼンター。Sランクなんて将来性のある規格外、女が放っておくとでも思ったか? 彼女が聖女候補ならワンチャンあると唾付けに来るだろうな。今ならウチの子をつけて睨みを利かせてやると言ってるんだ。ま、親としては気に入ってくれたら嬉しいが、坊主が思ってる以上に自分は有名だって知った方がいいぜ?』


「それ、脅してます?」


『ジョークだよ、ジャップはノリが悪くてダメだな。ここは合わせてくれ』



 おっちゃんはポンポンと背を叩きながら、こっそり耳打ちした。



『坊主、あんたのウサギの噂を聞きつけてあまりいい噂の聞かない連中が集まって来た。ウチの大統領からはSランクは手厚く保護してやれというお達しを受けてる。あんた、空港を降りてから着けられてるぜ? ここに来る前にどこかで何かやらかしたか?』



 どうやらおっちゃんはアメリカ政府が手を回してくれた助っ人の様だ。流石Sランクを保護という名の檻に入れると提案した国なだけある。少しフランクすぎて怪しいが、嫌な感じはしない。



「あー、ル・ルイエで少々派手に立ち回りまして」


『聖女のプライベートビーチか。派手に立ち回るって?』


「ただ特級聖女と軽い雑談しただけなんですが、周囲がやたら騒いでましたね」


『ワッハハハハ、坊主は自分が何をしたのか理解してない様だ』



 おっちゃんはひとしきり笑うと、徐に手を上げた。

 そこでやたら重装甲の警察車両が横付けされ、屈強な警察官が窓を開けて顔を覗かせた。



『ボス、そいつが例のパンドラの箱ですかい?』


『あまり余計なことを言うな、ジョーカーが動いてる。他のも次々と現れるだろう。大統領は坊主の身柄を欲してる。今はそれだけでいい』


『イエッサー』



 警察車両をその場でスピンさせ、いつのまにかスポーツカーの様な見た目に変化させていた。

 あれ? 警察車両じゃなかったっけ?



「おっちゃん、何者だい?」


「FBIだよ、有名人」



 地域警察じゃなかったんかい。

 俺を乗せた車はニューヨークを超えて首都ワシントンまでノンストップで走らせた。

 途中で俺を狙って来たニューヨークマフィアが身柄を渡せと要求しながら銃撃戦を仕掛けてくる。


 映画で見た時よりも、幾分か緊張しないな。

 俺は瞬間移動する様に拳銃の弾に当たる直前に体がブレて弾が抜ける。



『ワッハッハ、こんなに楽な要人護送は初めてだ!』


「俺も援護します?」


『相手は坊主を殺すつもりでくるが、坊主が相手を殺したら俺たちは坊主を逮捕しなくちゃいけなくなる』


「じゃあ辞めときます」


『そうしてくれ』


『ボス、次の交差点を右に行こうと思います』


『おい、そこは工事中の大型ブリッジが……』


『こいつのポテンシャルなら行けますぜ』


『なら、頼む』



 おっちゃんと兄さんが俺を置いてけぼりに何か覚悟を決めて、先ほどよりも強めにアクセルを踏んだ。

 keep outのテープを突き破り、カラーコーンを吹き飛ばして、車が道のない道を走る。



「ちょ、これ空飛んでません?」


『坊主、空を飛ぶのは初めてかい?』


「初めてですねぇ」


『だったら初飛行童貞は卒業だな、クレイジープレゼンター。お次はアメリカ中のマフィアの銃撃戦から生き残ってレッドカーペットを歩こうぜ?』


「ハリウッドか何かかな?」


『似た様なもんさ』



 十数秒の滑空を乗り越え、地面にタイヤがついた時はようやく生きた心地がした。

 反対側の橋のカラーコーンを乗り越えた先、十数台もの車が詰めかけて、俺の乗る車を通行止めする様に押し止める。

 そして車から出てくるグラサンの似合うチンピラが懐から拳銃を引き抜いた。


 そして発砲。

 マズルフラッシュ。車はあっという間の蜂の巣になった。


 俺は手のひらに収めた銃弾を手を開いて足元に落とす。



「おっちゃん達、無事?」


『ああ、なんとか生きてるよ。クレイジープレゼンター、クレイジーなのは幸運だけじゃないんだな?』


「その幸運による回避は最近10000を越えたんだ」


『クレイジー』



 運転手の兄さんが心底畏怖する様な視線を送る。

 だから俺はキメ顔で言ってやった。



「それもこれもこいつらのおかげなんだぜ? 霊獣は今後探索者のステータスとなる!」


『ハハハッどんなに幸運が強かろうが、こいつは避けられまい!』



 マフィアの男が天を指す。

 ババババババッと機関銃とミサイルを積んだ戦闘ヘリが現れた。



『ジーザス!』



 回避はあくまで回避できる範囲内に限る。

 限られた足場。ミサイルの威力は俺たちの足場を壊してなおあまりある破壊をもたらすだろう。

 が、俺にはそれを撃墜する能力がある!



「本邦初公開! これが俺の新しい力だぁーーーー!!」



 マジックバッグから取り出したるは取手のついたレインボーボックス。そいつを振りかぶり、ミサイルの軌道上の地面に叩きつけた!



<飯狗頼忠の攻撃!>

ミス、そこには誰も居ない!


<レインボーボックスオープン!>

浄化の光が全てを癒す!

マックは肝機能を完治させた!

レイナルドは小指の欠損を完治させた!

ジョージは視力を回復させた!

ジョナサンは梅毒を回復させた!

カールは後退した毛根を若返らせた!

マイケルは離縁した妻とよりを戻した!


ワシントンD.C.から全ての負の感情が消え去った。

飯狗頼忠は15億の負債を抱えた。



これが俺の新しいスキル、不浄返済だ。

全ての人類に幸福を。

ラブアンドピース。

効果範囲は限定的だが、俺の資金を奇跡の力に変換させて物理的に直す特級の奇跡をもたらすのだ。


ミサイル?

アレはピョン吉が身代わりで受け止めてくれたよ。

全員無事だ。


借金を背負い損じゃないかって?

隙を突かせぬ二段構えでもう一機ヘリを回されたら困るからな。

だからその前に相手の意気地を挫く方向で善処した。



『クレイジープレゼンター、今のは何を?』


「アレか? アレは俺が借金を背負って、一定範囲の不幸を背負うデバフスキルだ。代わりにみんなが幸せになるって寸法よ。争う理由がなくなりゃみんな友達になれんだろ? モンスターには効かないが、人間が欲に駆られて動く時、大体は何か理由があって動くもんだ。俺はただでさえ恨みを買いやすいからな。だからって世界中の欲を背負う気はねぇ! まぁ話くらいは聞いてやるよ。いつでも来い。俺は逃げも隠れもしねぇからな!」


『ハハハ、なんてもんをプレゼンとしやがる。俺の毛根もすっかり若返って、今夜はハニーが黙ってないかもな』


『ボス、俺の軍の引退を余儀なくされた右半身の痺れが』


『治ってたってのかい? そいつはハッピーだな。ミラクルボーイに感謝を言いな』


『坊や、ありがとう。俺は口下手だからあまりうまくお礼はできないが、これで娘を食わせてやれる。坊やにはなんて恩を返せばいいか』


「礼は不要だぜ、兄さん。大統領が呼んでんだろ? 俺はいつでも話をする用意ができてる。案内してくれよ。その代わり、話がついたらいろいろ融通してもらうかんな。覚悟しとけよ? 俺の要求はそれなりにでかいぜ?」



 おっちゃんと兄さんは顔を見合わせながら『そりゃおっかない』と笑みを浮かべた。

 結局マフィアの言い分は、ダンジョンに潜った後のアイテムの卸先を最優先にしろとの事だった。

 向こうからしたら自分の縄張りでデカい顔されるのが気に食わないみたいな言い分だったが、あらゆる治療をしてやったら掌を返す勢いで感謝された。


 そもそもそんな因縁向こうの気持ち一つで浮かんだり沈んだりするものだ。俺が居ても居なくても矛先が誰かに変わるだけ。

 今回はたまたま俺が居た。

 そんな程度である。


 アメリカ合衆国の大統領は日本より物分かりが良く、金の鍵を収めろとか言わなかった。

 なんだったら長年滞っていた妻の不機嫌をなおしてくれたお礼と言ってニューヨーク近郊にカガリとの愛の巣を一から建設するとまで言い出したので流石にそれは引き留めた。



「せっかくですがその提案はお断りさせてもらいます。俺が金に困ってる様に見えましたか? 代わりに大統領には口利きをしてもらいたいんです」


『そんな程度で私の恩は返しきれないが?』


「その気持ちは奥様に注いでやってください」


『なんて気遣いのできる子だ。ジェイムスよりも随分と扱いやすいな。日本政府は何を思って君を縛り付けているのだろうな』


「まぁ日本は海外より探索状況が遅れ気味ですし、交渉の場を有利に進めたいんじゃないかと思います。俺も今まで世話になって来た恩もありますからね。金の鍵は恩返しみたいなもんです」


『別に【+1】を特別に保護した訳でもないのに随分と謙虚なことだ。実に日本人らしい。だがあまり恩着せがましすぎるのも少し癪だな。ミスター飯狗。君、アメリカに籍を移す気はないかね?』


「あー、どうしよっかなー」



 この投げかけには随分と迷った。

 向こう側の抱え込みにしては随分と過保護すぎるのだ。

 ジェイムス氏と言う問題児に手を焼いて来た以上に、俺のことを気に入った様だ。

 なんだったら孫みたいに扱ってくれる。


 アパートが見つかるまで一緒に暮らさないか? とまで行った時は流石に参ってしまったよ。

 日本と比べて懐が深いと言うか、なんと言うか。


 でも彼女が聖女になったら、それこそ各地に飛ぶことになる。

 だから俺は別荘を作るが国籍は日本のままにした。


 だからって日本に飼い慣らされるつもりはない。

 根無草でも余裕で食っていける稼ぎがあるからな。


 取り敢えず一人じゃ決められないので彼女と相談して決めることにした。

 ワシントンからニューヨークへはなぜかマフィアのボスと一緒に帰った。

 往年の友達みたいな感覚で接してくんの。


 まぁ、モンスターと比べたら全然怖くもなかったからいいけど。

 変に恨み買って彼女を脅されたら大変だからついでにファミリーにもレインボーボックスの恩恵を振りかけておいた。

 それ以降はなんかあったら助けてくれる関係になった。


 日本じゃこうはいかないだろう。

 いや、案外うまくいくのか?

 よくわからないが、アメリカの食事で数キロ太ったことはここに記しておく。


 FBIのおっちゃんや、マフィアのボスに勧められた食事量の多さにちょっとげんなりする少食の俺です。

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