神様とのはつもうで

キノハタ

初詣

 どーも明けましておめでとうございます。吸血鬼です。


 私は今日、初詣にやってきたわけですよ。


 これから、年に一度の神様とのご対面というやつなのです。


 というわけで、知り合いを何人か誘って、ちょっと有名な神社までやってきた今日この頃。


 門前町でうずらの丸焼きをもりもり頬張りながら、待ち合わせの時まで時間を潰します。


 ちっと早く着きすぎたかなあと反省したころに、私の隣にぴょこんとフードを被った少年が座りました。


 んー? とちょっと首を傾げてから、ああ、とようやく納得します。どうにも、背が伸びていたからよくわかりませんでした。いやあ、小学生の成長って早いっすね。


 「ああ、。背え伸びた?」


 そうやって、私が声をかけるとフードの中でもこっと何かが膨らみます。変わってないっすね。いやはやお姉さん安心っすわ。


 「なんなのさ、吸血鬼さん。そっちこそ日傘はしないの?」


 あからさまにつっけんどんな声が返ってきますが、けらけらと笑っておきましょう。意趣返しのように揶揄ってきますが、残念、君とは年上に揶揄われた経験が違うのですよ。その程度では動じません。


 「冬場は日差しが弱いから、フードで大丈夫なんっすよねえ」


 「ふーん、そうなの。あー、今度にんにくめっちゃ持ってこよっかな」


 「はっはっは、それは私じゃなくても嫌がりますよ。ところで少年、うずら食べる?」


 あんまりに揶揄ってさらに噛みつかれるのも嫌なので、私が持っていたうずらを眼前でふりふりと振ってあげます。


 少年は少しうずらを眺めた後、うええって顔をして目を背けました。まあ、ちょっと見た目がグロテスクすっからねえ、ちょっと少年には刺激が強かったよう。私は続けざまにからからと笑います。


 そうしていると、からころと下駄が鳴る音が丁度響いてきました。ようやく最後の待ち人が来たようです。


 「こーら、年下を揶揄うな、ひかり」


 そう言って現れたのは、赤毛の魔女でした。珍しく、えらく豪勢な振袖なんかきちゃっています。ぱっと見は、初詣におめかししてきた中学生くらいに見えますね。まあ、千歳とか超えてるらしいすけど。


 「そーだよ、おばちゃん言ってやってよ」


 「やっぱやっていいわ」


 「ひっでえ。大人がよってたかってさー」


 「いや、今のはあんたが悪いっしょ」


 年の話をされた魔女さんは、半笑いで頬をピクピクさせながら、握っていた扇子を肩にべしべしと当てています。


 いやあ、衆人環境じゃなかったら燃やされてても仕方ないっすね。ちょっと髪の先っぽが揺らめいているのは、怒りの視覚的表現じゃなくて物理的に陽炎ができてるからっす。くわばらくわばら。


 「つーか、どうしたのその恰好? いっつもは野球少年みたいな恰好なのに」


 「うーん、うちの子に着せられてさ。神様に会うんだったら晴れ着きてかなきゃって」


 「へー、いいっすね。似合ってますよ」


 「そう? ありがと、うちの子にまた言っとくわ」


 そうやって服を褒めると、魔女さんはご機嫌に笑います。自分の服を褒められたと言うより、それを選んだ人のセンスを褒められたのを喜んでる感じっすね。


 そうして、私と少年はよっこいせと腰を上げます。


 これでメンツはそろったんでね、いよいよ神様へのご挨拶の時間っすわ。


 道中人ごみを抜けながら、世間話をします。吸血鬼とかのワードはこれだけ人が多いと逆に問題ないものです。狼少年の耳も、今は隠してますけど、仮にバレても、堂々としてればコスプレにしか見えないでしょ。ま、多分やりたがらないでしょうけど。


 「そういえば、もう一人の吸血鬼はこなかったの? ……えーと、名前何だっけ」


 「三倉さんっすか? あの人はここら辺住んでるから、また挨拶いけるんで今回はパスらしいですよ」


 「ああ、あの子ここ住みなの。いいわね、楽で」


 「ねえ、姉ちゃん。牛串食っていっていい?」


 「いいすけど。あんたお金もってんすか」


 「うん、お小遣い貰ってきたから」


 「……? ゆうや、あんた今誰と住んでんの? 施設はもう出たんでしょ?」


 「出たっつーか、脱走っすけどね」


 「うん、今はヒモしてる」


 「さらっと言うわねえ……別にいいけど」


 「根拠ないけど、めっちゃ甘やかされてそう」


 「それは俺も正直思うよ、うちの姉ちゃん死ぬほど甘い」


 「さよか……」


 そうやってだべだべと歩きながら、神社の本殿を裏手に抜けました。山の上まで参拝客の列は伸びてるけど、それはスルーして離れの神殿で私達は足を止めます。


 さすがに大きい神社っすから、こういう離れもしっかり手が行き届いている。そんな私らは背後に他の参拝客がいないのを確認してから、パンパンと


 本当はまあ、もう目の前にいるから別に祈らんでもいいわけですが。


 まあ、周囲へのカモフラージュとあとは気持ちの問題っすね。


 「「「神様、明けましておめでとうございます」」」


 そうやって手を合わせながら、三人そろって頭を下げると、は楽し気に笑いました。


 「明けましておめでとう。こちらこそ今年もよろしく」


 神棚の前には、堂々と何物にもはばかられず鎮座する、腰ほどの金の髪をなびかせた巫女服の乙女。その頭からは金の髪と同じ色の狐耳が覗いています。


 神とか、稲荷とか、一般的にはそう呼ばれている『何か』。


 まあ、当人には言わせればたまたまそういう符合と、噛み合っただけの存在、らしいですけど。


 私達は各々事前に準備していたお供え物カバンから出していきます。


 魔女さんは、手作りと思しき洋風のおかし。オオカミ少年はそこらへんで勝ってきたであろうスナック菓子。


 私はほろよいと2ℓのぶっといコーラ。この前ビールと日本酒を持っていったら嫌そうな顔をされたんで、その反省を生かした結果っすね。


 私達が出したお土産に、神様は眼を輝かせると自分の物と主張するように心底嬉しそうにお供えの数々を抱きしめました。


 「ふふふ…………いいわ。素敵……特に吸血鬼、そちのこのほろよいというの? 素晴らしいわ、甘いお酒なんてどうしてもっと早くに出てこなかったのかしら」


 「甘酒とかなかったんすか?」


 私の問いに、神々しい金髪の美女は気まずそうに目を逸らした。


 「……甘酒は好きだったの。三十年くらい前までは……でも、ほら飲み過ぎて……その……吐いちゃって。好きなものもね、ある所を越えると、気持ち悪くなって、なんか一気に嫌になってしまうの。そなたたちも気をつけなさい……」


 「「はーい……」」


 私と狼少年は目線を合わせて、思わず肩をすくめる。隣で魔女さんがどことなく思い当たりのある顔で頷いていたから、ある程度長生きしてる種族にはあるあるらしい。


 そうして私達は、それとなく神様に触れる形で神殿の真ん中に腰掛ける。


 もちろん、そんなの神職の方にみられたらどえらい怒られるわけだけど。


 幸い、その心配はない。なんでも神様に触れている間は、私らみたいな『変な奴ら』以外には見えなくなるらしい。神隠しって奴すかね。


 私は神様と腕を組むようにして、魔女さんはお互いの髪をピンで止めて、オオカミ少年は神様の膝の上にちょこんと座って。


 そうして、おのおの持ってきた飲み物やお菓子を広げ出す。


 結局、神様に会うと言っても、こうやって飲み食いするのが目的なんすわ。つまり宴会すね、本当なら一月の外は寒いんすけど、魔女さんの魔法で気にならないのが幸いっす。


 「魔女……?! おぬしまた腕を上げたな?!」


 「うわっ、明らかに去年よりおいしっ……。なんで千うん歳から腕が上がるんすか……?」


 「情報化社会だからねー、サイトでも動画でも。むしろ人に聞かないとわからなかった昔に比べたら大分上達しやすくなったよ?」


 「サイバー魔女っすね……」


 「わらわも何ぞ進歩した方がいいのかのう……」


 そうやって神様がさめざめとした表情になっているときに、狼少年がぼりぼりとポテチを頬張りながら口を挟んできました。


 「神様はお山から出られるようになるのが先でしょ。毎回、俺たちが買い物してんだし」


 ただそんな問いに、神様は不思議そうに首を傾げるだけっす。


 「わらわが外に出れても、金がないぞ? 勝手に物を奪うと人の子が困るしのう」


 その返しに狼少年はあー……と少し声を漏らしてから顔を正面に戻す。


 「人に見えないのにしっかりしてるなあ……」


 「まあ、私らだったら、そこそこ悪いことやってるだろしねえ」


 「あんたら吸血鬼とオオカミ少年はもうやってるでしょ」


 そう魔女さんから正論を叩きつけられると、私と少年は、顔を逸らすしかない。いや違うんすよ、人の家に不法侵入はしてたけど、ちょっと血を貰ってただけなんすよ。それがダメだって? ええごもっとも。


 「はは、よいよい。今日はお説教はなしじゃ。まあ、お供えで普段は足りてるんじゃがな。たまーに、どうしても食べたいものがあるんじゃ、ほんと助かってるよ」


 そんなわ私ら悪童組に大して、神様は金の髪を揺らしながらころころと笑う。見栄えは妙齢の女性なのに、そういう言動は完全におばあちゃんなのがどうにも調子が狂う。


 「それはそれとして、なんで山から下りないんすか? 神様的に移動できないの?」


 「んにゃ? 前に山から下りた時に車に轢かれたのが怖くての」


 言ってることがおばあちゃんを通り越して、先史時代の人みたいになっている。いや、事実そうなんだろうけど。


 「いや、避けようよ」


 そんな神様に、オオカミ少年は冷えた眼でツッコミを入れていた。相変わらず年上への経緯が微塵もない眼をしてる。


 「あんなに忙しなく行き来するものをどう避けろと?! 向こうはわらわが見えんから避けよらんし!!」


 「嫌だなあ、狐とか狸と同じノリで轢かれる神様……」


 「わかるー」


 流れ的に神様に見方をしてあげた方がいいような気もしたけど、思わず狼少年に同調してしまう。いやだなあ、突然電話かかってきて、「今車に轢かれてもうた……」とか電話かかってくるの。いや、当人には笑い話じゃないんだろうけどさ。


 「魔女ーーー! 人の子らが馬鹿にしてきよるーーー!!」


 案の定、神様は魔女さんに泣きついた。いやあ、見栄えは人を超越した美女二人が絡んでいて眼福なんだけど、話している内容があんまりだね。


 「あはは、ところで、轢かれそうになったら車の方を神通力的なので吹っ飛ばせばいいんじゃないですか?」


 そう言って魔女様は笑ってた。私達全員が、じゃっかん笑顔を引きつらせるのには気づかぬまま。


 「毎度思うが、実はそなたが一番暴力的じゃよね……?」


 「「わかるー」」


 流れ的には魔女さんに以下略。隣で頷くオオカミ少年と一緒に腕を組んでうんうんと頷いておく。この魔女さん困ったらなんでも燃やして解決しようとするからな……。


 魔女さんはえ? といった表情で私達を見ていた。自覚ないんかい、まあ意外と誰でもそんなもんかもね。


 


 ※



 帰り際、神様は私達にそれぞれお札を渡してくれた。



 神様曰くおみくじだそう。



 人数分合って、それを私たちが順番に引いていくわけだけど。



 このおみくじ基本的に三本全部が『大吉』しか書いてない。



 つまりまあ、どれを引いても結果が同じなわけだ。そんなだから。



 「これ意味あるんすか?」



 って一度、神様に聞いてみたことがあった。



 神様その問いに笑いながら自分の書いた『大吉』を見ながら、どことなく楽しそうに笑ってた。



 「自分で選ぶというのが大事なのじゃよ。どれだけ限られた運命でも、それでも自分の道に納得する。それが生きていくうえで大事なんじゃって」



 まるで誰かから聞いたことをそのまま言っているような、そんな答えに少しだけ首を傾げながら、私はその大吉を貰いながら帰路についた。



 芸が細かい物で、全部大吉ではあるんだけど、細かいアドバイスは色々と書いてある。引っ越しするときは譲れない条件だけをだすこと、とか。完璧な選択肢は絶対ないから八十点のもので大丈夫、コツは後悔しないこととか。なんかいやにリアルなアドバイスが手書きの墨文字で書かれている。



 そんなおみくじを見ながら、私達は帰路についた。




 「それにの人の子らは、誰しも頑張って生きているものじゃ。大吉の一つくらい貰っといても罰は当たるまい?」




 ま、私らのことを『人の子』なんて、一括りにするのはあんたくらいのもんですけどね。




 人ごみにこった身体を伸ばしながら、まだ眩しい日差しの中、独りわが家への道を行く。




 ポケットの中に折りたたんだ手書きの紙切れを握りしめて。




 さあさ、今年もゆったり程々に、頑張って生きていきますか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神様とのはつもうで キノハタ @kinohata

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ