腐ったミカン

高黄森哉

腐ったミカン


 俺はバーにいた。


 スナックとも言うのかもしれない。とにかく、お酒を飲むような店にいたのだ。その酒場には、ママ、と呼ばれるような店員がいて、もしかしたら彼女は、店主を兼ねているのかもしれなかった。なぜ、こんなにも、情報があやふやなのかと言うと、俺がその店に入ったのは、あれが初めてだったからだ。そして、もうあそこを訪れることはないだろう。


 そのバーでは、男や女が、俺の他にいた。それは、すごぶる自然なことなのかもしれないが、そのときの俺には、彼らがそこにいるのは不自然に思った。理屈は分からないが、俺の内部の第六感が、彼らは異質だと伝えているようだった。


 俺はなんとなしに彼らの横に座った。そこはカウンターの席で、空いてる場所はほかにもあったが、あえて離れた椅子を選ぶ必要もない。俺が酒を頼むと、注文したアルコール飲料が目の前に出される。当たり前だ。


 彼らの方を見ると、直ぐに目が合った。まるで、話しかけて欲しそうに、にやにやしている。俺は酔っていたし、彼らの顔立ちは、話しかけても問題なさそうに思えた。馬鹿らしいと思うかもしれないが、俺は、人の質というのは、大体は相貌で判断できると考えている。大体というのだから、当然、例外もあって、例えば彼らがそれにあたる。あの時の俺は、女をヲタク気質、男をひょうきん、と評価した。


「僕たちの事、どう思います」

「そうだな。カップルじゃないかい」

「いいえ。僕達は、とある集まりのメンバーなのです」

「つまり、たとえば、人気ボーカリストのファンクラブとかかな」

「ええ。そんなものです」


 俺は、それにしては、彼らの身なりが、無個性的だな、と感じた。そういう趣味を持つ人間というのは服装も派手であったりするものだ。どんな集まりでも、傾向があるきがする。馬鹿らしいと考える人もいて結構だが、俺は、服装で人を判断できると信じている。しかし、彼らからは、何の傾向も、つまり無趣味性しか、感じ取ることは叶わなかったのだ。


「それで。なんの、あつまりなんだ」

「加害者の会です」


 俺は単語を飲み込めないように、なれないお酒を口のなかで転がしている。その単語は、慣れないお酒のように、頭の中を転がった。


「僕たちは犯罪者なのです」

「ほう。それは、どんな事件の。万引きかい。それとも、痴漢かな」


 精神的な故障を発端とする犯罪というのは珍しくない。そういった病気を治療するために、セラピーとしての集まりを企画しているのだと踏んだのだ。それは違った。


「殺人です。実は、僕は、十勝山殺人事件の犯人なのです」


 聞いたことのある事件だった。確か陰惨な少年犯罪だったはずだ。少年Aは裁判では責任能力の欠如を言い渡され、少年院か精神病院かに収監されていたはずだが、もう出てきていたのか。


「まだ出てこれない物だと思っていたが」

「いえ。模範生なので。腐ったミカンの話に強く心を動かされました。時に、腐ったミカンの話を知っていますか」

「連れも犯罪者なのか」

「はい」


 女は目を伏せたままそういった。彼女はいかにも大人しそうで、人を殺したようには思えなかった。


「私は、野口中学校女子生徒殺害の主犯です」


 それは学内で起きたリンチ事件だった。被害者の生徒は、陰核を切り取られた後、食べさせられたと報道されていた。まさか、そんな事件の、しかも主犯格だなんて。


「集まるのは少年犯罪だけなのか」

「いいえ」

「俺はそろそろ出ようかな」


 気分が悪く不愉快であった。犯罪者が何も裁かれずにのうのうと生きているなんて嫌だ。俺は、金輪際、このバーにはいかないだろう。


「そうですか。事件の話をしたかったので、残念です」


 その男は心底残念そうだった。きっと、自慢げに自分の陰湿さを語るつもりだったのだろう。そう思うと腹が立った。俺は毒素を移されないように早急に立ち去る必要がある。

 腐ったミカンだ。腐ったミカンが箱に一つでもあると、その箱のミカンはどんどん腐ってしまう。そして、のだ。



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腐ったミカン 高黄森哉 @kamikawa2001

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