25 賢者、悠々自適に過ごす

「ふわぁ……」

 魔法で自作したベッドは何度も改良を加え、大変寝心地の良いものとなった。

 お陰で今朝も目覚めは清々しい。

「おはようございます、エレル様」

「おはよう、チュア」

 隣で眠りたいと申し出たチュアとは、寝室が一緒だ。

 今は別々のベッドに寝ているが、そのうちひとつのベッドで寝ることになるだろう。

 いつになるかは、分からないが。


「おはようございますっす!」

 キュウは、チュアが使っていた寝室を棲家にしている。

 寝室を出されたキュウは怒るか拗ねるかと思いきや、例の「空気が読めるっすから」という謎の理論を展開し、自らチュアの寝室へと移った。


 朝食は、焼きたての白パンに、新鮮な野菜のサラダ、ベーコンと目玉焼き、コンソメスープだ。

 白パンにはバターを塗っても美味いが、僕はそのままの味を楽しむのも好きだ。


 大気中の魔力吸収はほとんどしなくなった。

「エレルさまは魔力量が多いっすから、食事のほうが効率いいかもっすね」

 かく言うキュウは相変わらず、水しか飲まない。

「魔力は制御しているつもりなのだが、漏れているのか」

 キュウは首を横に振った。

「最初はダダ漏れしてたっすけど、エレルさまと契約してからはこう、つながりで魔力貰えてるみたいっす」


 自分が半妖魔であることを知ってから、僕は自分の魔力について調べ、研究した。

 妖魔にも色々なものがいて、僕は特に、森と相性が良いらしい。

 他には大地、風、炎などと相性の良い妖魔もいるそうだ。ついでに言えば、キュウは水と相性が良い。

「だから水を飲むのか?」

「生き物は水が必要っすよ」

「相性の良さとは関係ないと」

「はいっす。相性の話で言えば、水場の位置は解るっすね」

「なるほど」

 それで最初に会った時、水場をすぐに探し当ててくれたのか。


 朝は畑仕事をこなす。

 魔法を駆使して異空間の中に土を敷いて広大な小麦畑をつくり、管理をウッドゴーレムに任せて小麦を育てたこともあったが、出来上がった小麦は何故か不味く、チュアがいくら頑張って調理しても良くならなかったので、諦めた。

「あの空間には陽の光がなかったせいでしょうか」

「人工光では駄目ということか」

 陽の光を取り入れる工夫をしたり、キュウに良い水を探してきてもらって試したが、やはり上手くいかなかった。

 どうせ他にも、他人を頼らなければ得るのが難しいものはある。

 今や小麦の自家栽培は完全に諦めて、畑には主に野菜が植わっている。

 これも、はじめは上手くいかなかった。


 畑の救いの主は、あの迷惑だった狩人だ。

 森で自給自足することにかけては、狩人に一日の長があった。

「肥料は? その野菜は支柱を立てないと駄目よ。それからこっちは……」

 狩人が新しい家を探し当てて訪ねてきた時はまた面倒だなと思ったりもしたが、狩人に言われたとおりに畑を整備すると、野菜の中には町で買うより美味いものができるようになった。


 他には、魔法薬の材料になる薬草や、調味料に使うハーブの一部も畑で育てている。


 色々やっているうちにかなり広い畑になってしまったが、小麦畑のときに造ったウッドゴーレムを流用して、働かせている。


 そのウッドゴーレムを見られて、狩人にも僕が魔法使いだとバレてしまったわけだが。

「訳有りなんでしょ。流石に解るわ。もう、あんたから呼ばない限り、来ないから」

 初めてウッドゴーレムを見た狩人のファルコがそう言って立ち去ろうとしたのを止めたのは、チュアだ。

「私に会いに来るのも駄目ですか?」

「チュアがそうしたいなら、構わない」

「え、いいの?」

「はい。たまには、女の子だけでお茶会したいです」

 ファルコはちらりと僕を見たが、僕はチュアが決めたこと、やりたいことに反対はしない。

「じゃあ、これを」

 僕はチュアとファルコにそれぞれ、薄水色の珠を魔法で作って渡した。

「連絡用の通信石だ。話しかければ繋がる。連絡を取りたくない時は身体から離して置いておけ」

「めっちゃ便利!」

「他の奴には言うなよ」

「わかってるわよ。父さんにも内緒にしとく」


「指輪じゃないのですね」

 ファルコが帰った後、チュアがぽつりと呟いた。

「指輪の意味を教えてくれたじゃないか。チュア以外に渡す指輪は無い」

「! あ、ありがとうございます。お、お昼ごはんの支度してきますねっ」

 チュアは顔を赤らめて家に入っていってしまった。

 その姿を見て、僕は形容し難い感情に襲われた。


 昼食のメインは、小麦を捏ねて伸ばして細く切ったパスタというものに、ひき肉とトマトのソースが掛かったもの。それに、パンとサラダとスープ。パンは少し炙ってチーズが挟んであり、サラダには温野菜が入っている。スープは今朝と同じく、作り置きのコンソメスープだ。

 チュアの顔色はもう元に戻っている。

「チュア、ソースが口元についている」

「えっ、あ……!?」

 チュアの口元のソースを僕が指で拭い、そのまま舐め取った。

 するとチュアは再び顔を赤らめる。

「すまん。その表情が見たくてな」

「な、何故ですかっ!」

「何故だろうな、自分でもわからない。形容し難い感情が、嫌じゃないんだ」

「可愛いってことじゃないっすかね」

 僕の足元で水を飲んでいたキュウが、面倒くさそうに呟いた。

「可愛い……なるほど、これが可愛いという感情か」

「感情というか感想っすね。感情でいうと……わっわっ! チュアさん! しっぽひっぱらないでっ!」

「チュア、止めてやれ」

 僕はチュアが顔を赤らめるのを見て、可愛いという感想を抱いていたことが判明した。

 では感情の方は……ああ、そうだったな。




 昼食の後は夜まで、妖魔のことや自分の魔力の研究をしたり、魔法薬を作って過ごす。

 魔法薬はキュウ曰く「村人その一」の姿で長い間売り続けていたら、僕の素性は詮索しないから定期的に仕入れたいと言ってくる店が現れた。

 僕も自分で売るのは面倒だと感じていたので、彼らを頼ることにした。

 単価は一人で売っている時より若干下がったが、作ったら卸すだけで一定の金額になるため、楽でいい。

 僕が「魔法なら大抵のものは込められる」と言っておいたので、最近では特定の効果を持つ魔法薬を作ることもある。

 よく聞かれるのは「惚れ薬」の類だが、人を操る魔法は使いたくないので断っている。

 あとは「人を害する薬」も、注文を持ってきたらその時点で契約を終了すると伝えてあるため、今のところ一度も注文されていない。

 これまでに十数件と魔法薬売買の契約を交わしてきた。

 中には契約解除に至った店もある。

 店主が老齢化を原因に廃業するという理由での契約解除が数件、あとは腕利きの傭兵くずれを何人も連れてきて魔法薬だけを奪おうとしたため、ひそかに魔法を使って戦闘不能にして警備兵に盗人として突き出したのが二件。

 面倒を被ることもあったが、まだ今のところ得の方が多いので、なんとか続けている。



「エレル様、夕食に食べたいものはありますか?」

「そうだな……今日はがっつりと肉が食べたいな。まだあるか?」

「がっつりですと心もとないですね」

「じゃあ狩ってくる。キュウ、留守番を頼む」

「はいっす!」


 森にはまだ魔獣がいる。

 狩り尽くしてもまた出てくる気がするので、積極的に討伐はしない。


 動物の気配を魔法で探り当て、そこへ至るのに邪魔な魔獣だけを討伐、後片付けをし、標的を一撃で仕留める。

 今日の獲物は野牛だ。

 チュアがどんな風に料理してくれるのか、あれこれと想像しながらその場で下処理を済ませ、転移魔法で家へ帰る。


 野牛はよく火を通したステーキになった。

 畑のハーブをふんだんに使って臭みを消しつつ味を引き立て、一口噛めば肉汁が溢れる。

「美味い」

「よかったです」

 チュアは一口ごとに口元を布巾で拭っている。

 昼間のことが影響している様子だ。

「嫌だったか」

 主語なしで聞いたが、チュアには通じた。

「い、嫌では、無いのですが……恥ずかしいです」

「そうか……」

 あの顔が見れないのかと思うと、僕は自分でも驚くほどがっかりした。

 それが表情に出たのだろうか。チュアは口元を拭くのを止めた。

 しかし、夕食の間、チュアの口元にソースが付くことは無かった。




 夕食の後は、その日のうちにあったことを報告し合ったり、他愛も無い話をして過ごすことが多い。

「明日はファルコさんと町で買い物してきますね」

「わかった。金は足りるか?」

「いつも頂きすぎていますよ」

「そうか?」

 チュアには魔法薬で得た収入の半分を渡している。

 毎日美味しい料理を作ってくれるのはチュアだから、全額渡そうとしたら断られたのだ。

「エレル様が稼いだお金じゃないですか」

「チュアのお陰で稼げている」

「そんな理屈は……」

「では一割は僕のぶんにしよう」

「少なすぎます!」

 そんなやり取りの後、半々ということで落ち着いた。

 それでもチュアは「貰いすぎ」と感じている様子で、渡した金の殆どを使わずに貯めている。




 チュアが昼過ぎから買い物に出かけた日、僕はチュアが作っておいた昼食を食べた後、自室で本を読み寛いでいた。

「戻りました」

 チュアの声だ。ずいぶん早……いや、もう夕暮れ前だ。

「おかえり。疲れていないか?」

「平気です。あの、これ、エレル様に」

 チュアは僕に、リボンのかかった箱を手渡してきた。

「これは何だ?」

「エレル様は以前、ご自分の誕生日がわからないと仰っていましたので……覚えていますか? 今日は私たちが初めて会った日なのですよ」

「そうか、一年経つのか。覚えてなかった。それとこれと、何か関係が?」

「どうしても節目の日、記念日が欲しかったので、私が勝手に、今日を記念日にすることにしました。これは、エレル様へ贈り物です」

「贈り物……初めて貰う。開けてもいいか」

「どうぞ」


 箱のリボンや包装を解くと、そこには僕の名前が入ったペンが入っていた。

「最近よく書き物をされておられますので」

 ペンは書き物をする度に魔法で作っていたが、そろそろ一本欲しいと思っていたところだった。

「助かる。ありがとう、チュア」

「どういたしまして」

「礼がしたいが、何も思い浮かばない。何か欲しい物や、して欲しいことはないか?」

「では、私の誕生日に、町で食事をしませんか」

「そんなことでいいのか」

「はい」

 チュアは本当に嬉しそうに、微笑んだ。




 一人で静かに暮らしたいと考えていたときとは、違った形ではあるが、僕は悠々自適な日々を手に入れていた。

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追放された最強賢者は悠々自適に暮らしたい 桐山じゃろ @kiriyama_jyaro

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