24 賢者、再び救う

*****




 その頃、ロージアン王城では、騒ぎが起きていた。

「見つかったか!?」

「いえ、まだ手がかりすら」

「前王派の貴族連中は?」

「全員洗い出しはしましたが、調査に手が回っておりません」

「くそっ、一体何処へ……」


 魔王を作り上げた前王アルタイ・イダルトゥ・ロージアンは、城の塔へと軟禁されていた。

 チュアが女王に即位した後、すぐに弟のアルセドに譲位したため、アルタイの処罰は先延ばしにされていた。


 先延ばしと言っても、ほんの数日である。

 何せ、世界を危機に陥れた魔王をつくったのである。その罪を死で贖えるのかという議論は、幾度となく繰り返された。

 結局、新王誕生の慶事に血腥い刑を執り行うわけにもいかず、また王族という立場から、毒杯を賜るはずだった。


 執行までの僅かな間に、厳重に警備されていたはずの塔から、アルタイは姿を消したのである。


 手引きをしたのは、魔王対策という名目で領内の税を吊り上げていた、一部の前王派の貴族だ。

 元々、魔王が現れて甘い汁を吸っていた者たちは先日のエレルによる「仕分け」で、各々の罪に応じた系に処されている。

 処された者の子孫や跡継ぎに対しては、仕分けが行われなかった。

 彼らにとって、エレルは親類縁者を殺した仇であり、魔王を生み出した前王は彼らに裕福な暮らしを与えた恩人なのである。

 彼らは目先の富のことしか考えていなかった。



 塔から逃げ出したアルタイは、貴族の一人の家へ匿われていた。

 アルタイが憔悴した顔で何事かをブツブツとつぶやき続けているのを、監禁生活による心の疲労であると判断し、前王を丁重に扱った。


 アルタイがどうやって魔王を作り出したのかを、貴族たちは知らない。


 アルタイがつぶやいていたのは、妖魔召喚の呪文だった。




*****




 僕とキュウが顔を上げたのは、ほぼ同時だった。

「キュウ、これは」

「こんなにたくさん……誰かが喚んだとしか思えないっす」

「どうなさったのですか?」

 一人事情の分からないチュアへ簡単に説明をし、家から出ないよう厳命してから、僕はキュウを伴って、ある場所へ転移魔法で飛んだ。



 巨大な屋敷が建っていたであろう場所は、瓦礫の山と化していた。

 人の、様々な部位が、ばらばらに散らばっている。

 一人二人ではない。少なく見積もっても十人以上分はある。


 その真ん中で、巨大な身体に千切れた貴族服をかろうじて引っ掛けた、あの魔王のような生き物が、誰かの足を咀嚼していた。


「えっえっエレルさまっ」

「下がってろ、キュウ」

 キュウは尻尾を限界まで膨らませて、僕の足元で踏ん張っている。

 魔王のような何かの魔力のようなものに、あてられているのだ。

 キュウの周りに結界を施して、僕はそいつに一歩近づいた。


「貴様はぁ、あの時の、魔法使いかぁ」

 生き物の声に聞き覚えがある。

 頭頂部に僅かに残った銀髪と、左目は金眼だが、右目は紫色の瞳。

 チュアを連れてこなくてよかった。


「元ロージアン国王か」

「我は王だ。この世界の全てを蹂躙する王だあ……」

 自称「王」は咀嚼していた足を無造作に放り投げ、僕に手を伸ばした。

 僕と王の距離は、巨大な王が腕を伸ばしたくらいでは届かない程離れているのに、巨大な手は僕の頭があったところを空振りした。

 手足が伸びるのか、魔法で距離を詰めたか。

 どちらにせよ、避けるか防げばいいだけだ。


「くぁぁあああ!!」

 王が暴れだした。

 戦闘する人間や魔獣のような、急所や致命的な場所を的確に狙うような攻擊ではなく、両手両足をぶんぶんと適当に振り回している。

 僕が攻撃を避ける度に、瓦礫は更に細かく崩れ、散らばっていた人体の一部はぐしゃぐしゃになり、辺りの地面を抉った。

「キュウ」

 魔法を使って遠隔通話を試みる。

「うわっ! 何っすか!?」

「遠隔通話の魔法だ。それより、あれのことをどう見る?」

「妖魔みたいな気配っすけど、魔獣の気配も混じってるっす。それと、妖魔はあんな風に暴れないっす」

「人間の気配は感じるか?」

 あれでも、チュアの父親だ。確か死刑宣告を受けていたはずだから、そう処されるべきだ。

 ここで僕が討伐してしまっても、構わないだろうか。

「臭いがほんの少しだけ人間っす。でも……」

「わかった。どちらにしろ、僕が始末をつける。キュウはそこでじっとしててくれ」

「はいっす」


 僕は半妖魔だ。人間、妖魔、どちらとも意思疎通ができるはずだ。


「聞こえるか。このまま壊し続けるなら、お前を討伐しないといけない。止まれないか」

 何度も何度も、根気強く語りかける。

 語りかけるのに必死で、攻擊を何度か食らってしまった。

 即座に魔法で癒やしながら、繰り返し説得を試みた。


「がぁあああ! 死ね! 死ねぇ!」

 一時間ほどそうしていただろうか。

 先に気持ちが切れたのは、王の方だった。


 闇雲に暴れるのを止め、両手に魔力を溜めはじめた。


 あれを放たれたら、この周辺だけでなく、町まで衝撃波が及ぶだろう。


 僕は見切りをつけた。



 周辺の大気に僕の魔力を混ぜ込む。これをやるのは二回目で、今回は冷静だから、より広く、濃く混ぜることができた。

 その大気魔力でもって、王が放とうとした魔法ごと王を閉じ込める。

 王は僕がしていることに一切注意を払わず、魔法を解き放った。


 どむ、と鈍い破裂音がして、王の周囲は破裂と収縮を何度も繰り返した。

「あおあっ! ……おおお、あおああああ!」

 破裂の度に王の叫び声が聞こえ、収縮の度に止んだ。

 人間だったら一度目の破裂で絶命しているだろうに、王は妖魔を取り込み魔獣に似た存在と化している。

 簡単に死ねない身体になっているのだ。


「時間がかかりそうだ。キュウ、先に帰ってもいいぞ」

「エレルさまとここにいるっす」

「そうか」

 僕はキュウの隣に腰を下ろし、キュウの額を撫でた。

 つやつやふかふかとした肌触りが気持ち良い。

 キュウは僕に撫でられるがままになっている。


 そのまま、王が最期を迎えるまで、見届けた。




「戻った」

「戻りましたっす」

「おかえりなさいませ」

 既に陽は沈んで、深夜になっていた。

 途中、遠隔通話魔法でチュアに「先に寝ていろ」と連絡を入れておいたのだが、チュアは起きていた。

「寝ていろといったのに」

「女王の時はまだ遅くまで仕事がありましたから、平気です」

「もう女王じゃないだろう」

「エレル様を待っていたかったのです」

「……そうか」

 チュアもキュウも、僕の傍に居てくれる。

「ありがとう」

 僕がぽつりと言うと、チュアは微笑み、キュウは得意げに胸を張った。


 チュアに、何が起きたかを全て話した。

「つまり僕は、チュアの父親を……」

「どうせ死罪になるはずだった人です。毒杯ではぬるすぎると密かに思っておりました。エレル様はあの人に、妥当な罰を与えてくださったのです」

 はっきりきっぱり、さっぱりした顔で、チュアは言い切った。

「チュアがいいなら、いい」

「はい。ところで、お腹は空いていませんか?」

 チュアに言われた途端、僕の腹の虫が騒ぎ出した。

 ぐうう、とかなり大きな音まで出た。

「すぐにお持ちしますね」

 チュアはニコニコしながら、厨房へ向かっていった。




 流石に説明が必要だろうということで、僕は現ロージアン国王のアルセドに対して書簡を認めた。

 詳しいことを文面に残すのは避けたいので、前王について話がしたいと書くだけに留めた。

 一般庶民がこのような書簡を王宛に出したとして、面会が叶うことはほぼ無い。

 極稀に面会できることになったとしても、面会日までひと月から半年はかかる。


 僕への返事は町の配達所留めにしておいたのだが、数日後に食料の買い出しついでに確認したら、もう返事が来ていた。

 しかも、いつでもいいからなるべくすぐに、という内容で。


「一緒に行ってくれないか」

 こういうことは僕一人で片付けるより、王宮に詳しいチュアを連れて行ったほうが支障なく進む。

「はい、勿論です!」

「キュウも行くか? 少し身体を小さく見せて、肩にでも乗っていれば、僕の使い魔として入れるだろう」

「いいんすか!? 行ってみたいっす!」

 キュウをふた周りほど小さくして肩に乗せ、チュアと手をつなぎ、転移魔法を使った。



「ようこそお越しくださいました、エレル殿。姉上もお元気そうで」

「お目通り叶いましたこと、光栄に思います、国王陛下」

「ああ、堅苦しいのは無しで頼みますよ、エレル義兄上」

「それは助かる」

 僕たちとアルセドに侍女がお茶を淹れ終えると、アルタイは人払いをした。


 逃げた王がどこで何をして、どうなって、僕がどうしたかを、アルセドに事細かに話して聞かせた。

「チュアからは許しを貰ったが、アルセドは……」

「姉上は何と答えたのですか? ……なるほど、私も同意見です。どうかお気に病まれませぬよう」

 実子である二人が、父親に対し「妥当な罰を受けた」と意見を揃えた。

「親子というのは、何なのだろうな」

 僕がぽつりともらすと、アルセドは一度目を閉じた。

「人それぞれかと。我々にとって父とは、血が繋がっているだけの他人です。血で縛り合う者たちもいますし、血は繋がらずとも仲睦まじい親子もいます」

「人それぞれか。そうだよな、一元化して考えることじゃないな」

「ええ。ところで義兄上、城に住む気はありませんか?」

 アルセドが突然話題を変えた。

「無い」

「即答ですか……もう少し考えて頂けませんか」

「無いったら無い。何故城に住ませたがる」

「魔王を二体も討伐した大賢者様が森暮らしでいいのかと、時折意見が出るのですよ」

「僕が好き好んで森に暮らしているのだから、問題ないだろう」

「貴族にそういう考えはあまり浸透していないのです。偉大なことを成した賢者なれば、城で従者に傅かれて優雅に暮らすものだと」

「必要ない。僕は……チュアがいればいい」

「クォン!」

「そうだな、寒い日はキュウを襟巻きにすれば暖かい」

「クォン!?」

「ははは、分かりました。貴族たちは説得しておきましょう。もう二度と、あのような惨劇を起こさせないように……それと税を不当に釣り上げないように、管理指導徹底します」

「頼んだぞ」

「身体に気をつけてね」


 僕たちは城を後にした。

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