第7話 前へ


 歳月は人を待たない。


 完成した頃にはすっかり街はクリスマスシーズンでイルミネーションが代官山の大通りを彩り、月並みな言い方をしても宝石箱のようだった。


 冬の月、冴えた小夜風が着ぶくれた僕のコートを突き抜ける。


 東京に来たのも理由がある。


 君と待ち合わせの神保町へ行くためだ。


 君はしばらく間、都内の心身医療科で通院し、その帰りに僕らは純喫茶『ブルームーン』で、お忍びで出逢うのだ。


 九月には傷心のため、立ち上がれないほど憔悴し切った君も専門医の治療で何とか、外出まで回復するようになったのだ。


 僕くらいしか、君を守れないから僕は出来上がった指輪を持って、地下鉄に乗り、神保町駅で降りた。


 ブルームーンに到着しても約束の時間、君の気配はなかった。


 今宵の月は真冬によくあるダイヤモンドのように純白な月なのに君は来ない。


 疲れて喫茶店内でうたた寝していると、僕の肩をそっと触れる優しい音色が聞こえる。



「月華?」


 君は疲れ果てたような顔色はしていても、その可憐な美しさに澱みはなかった。


「清羽君。ごめんなさい。心配かけて」


 僕はとんでもない、と首を横に振った。


「これ、覚えている?」


 君が大きなカバンを抱えて持ってきたのはあのピータラビットの大きな絵本だった。


 カウンターの上に置かれたそのハウス型の絵本は今でもノスタルジックな輝きを失わず、むしろ、年月を重ねたおかげで歴史の風格を重ねたように思えた。


「覚えているよ。君と子供の頃に遊んだことを」


 僕はピータラビットの人形をお屋敷の中に置き、その隣にダイヤモンドの指輪を置く。



「元気になって良かった」


 君はそのダイヤモンドに驚いたように照れ笑いし、そっと自分の薬指に嵌める。


「君のために作ったんだよ」


 ダイヤモンドが月華のようにキラッと照明に当たり、君の悲愁に満ちた顔はあの頃のような物語を物語として、美しいものを美しいと感じられる感性のように、率直なまでに楽しめたように思えた。


「ちょっと、休めばいいよ」


 僕は君の手を握る。


「生きよう。あの頃みたいに」


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月華宝石箱 ダイヤモンドダストのような君と。 詩歩子 @hotarubukuro

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