はじまりの合図
大隅 スミヲ
宇宙航空高校2年生、竹取ワタル
はじまりの合図
初夢の日、月ロケットの日
月ロケットは米ソ対立の代理戦争のようなものだった。
アメリカとソビエト連邦による宇宙開発競争。
この二大国家による競争は目標を月と定めて、どちらが先に月に人類を送り込むことが出来るかという争いを繰り広げた。
月ロケット競争。
その第一弾となったのが、1959年1月2日にソビエト連邦が打ち上げに成功した月ロケット・ルーニク1号だった(のちにルナと改名)。
これが、はじまりの合図となり、両国は月に向けてロケットを打ち上げ続けた。
ルーニクは2号で初めて月面に到着した人工物となり、3号は月の裏側の撮影に成功している。
なお、9号は初めて月面軟着陸を果たしたそうだ。
完全にソ連リードで迎えた宇宙開発戦争だったが、人類による初めての月面着陸に成功したのはアメリカだった。
1969年。ルーニク1号の打ち上げにソ連が成功した10年後のことだった。
「おい、
宇宙学の教師である秋山先生の声が教室内に響く。
宇宙学の授業はとても退屈だ。
特に宇宙の歴史を学ぶ授業となると、ついつい眠くなってしまう。
きょうもウトウトしていたところを見つかってしまった。
おれ、竹取ワタルは宇宙航空高校の二年生だ。
宇宙航空高校では宇宙飛行士や宇宙技術士などになるための技術を学び、宇宙で働くための資格取得なども実施したりしている。
人類が宇宙進出を果たして300年が経っていた。
アポロによる月面着陸は偽物だという都市伝説もかつてはあったらしいが、現在の技術では月面への有人飛行などはごく当たり前であり、小学校の行事で月面旅行に行くほどとなっている。
おれも小学生の時に3回、月に行っている。
一度は学校の遠足であり、家族で二回行った。
月に何があるというわけではない。
ただの大地が広がっているだけだ。クレーター観光。それが月でする観光のメインであり、月の歴史科学館では色々な月に関することが学べる。
しかし、そんなお勉強的なことを月に行ってまでするなんて、おれには信じられないことだった。
いま、おれの家族は火星に住んでいる。
もはや、人類は地球にこだわらず宇宙全体を生活基盤としているのだ。
昔の人たちは地球でしか暮らせないと思っていたようだけれども。
「一度でいいから、地球にも行ってみたいよな」
休み時間、友人の若田がそんなことを言った。
「地球なんて、何百年も前の星だろ。行ってどうするのさ?」
「かつて人類が過ごしていた星だ。どんな生活をしていたのか、興味があるだけだよ」
「ふーん。お前は歴史とか好きだもんな」
そのあとも、若田は地球についての魅力をおれに話し続けていたが、おれは窓の外に見える土星の輪っかを見つめていた。
宇宙航空高校は、宇宙探査船「ユートピア」を母艦とする艦隊で形成されている。
主には銀河系を漂いながら授業をしているのだが、時には第七星雲方面へ遠征したり、M79星雲団の方に課外授業をしに行ったりもしている。
火星にある実家には、月に一度帰ることが出来るが、もう何か月も帰ってはいない。
父も母もアンドロメダ星雲へ出稼ぎに行っており、実家に帰ってもいるのはアンドロイド・メイドだけである。そんなアンドロイド・メイドのために実家に帰る気にもならない。だから、おれはいつもこの宇宙船「ユートピア」の中に引きこもっている。
きょうも学校が終わって、自分専用のポッドに帰ったら一歩も外に出ることはない。
食事は1日1回すれば十分だし、栄養なども一食でまかなえるコースにしてあるから問題はなかった。
ポッドの中にあるシートで眠る。これが最高であり、おれにとって至福の時だ。
安眠光線を浴びて、ゆっくりと眠る。
中には眠る時間が惜しいため、寝るという行為を人生の中から排除してしまっている人もいるが、こんなに楽しいことをやめてしまうなんて、人生損しているなって思っている。
さて、きょうも眠るとしよう。
「ワタル、ワタル……起きなさい」
どこからか聞こえてくる声。
目を開けると、そこはいつものベッドの上だった。
「おはよう、ワタル。新年2日目から12時過ぎまで寝てるなんて、勿体ないわよ」
時計をみると確かに12時を過ぎていた。
昨日、寝たのは深夜2時だった。それでも10時間寝ていたことになる。
なにか夢を見ていた気がする。
でも、目覚めると同時に忘れてしまった。
初夢って、今日見た夢をいうんだよな。なんだったっけ。
一富士、二鷹、三茄子。
どれも当てはまらないような気がする。
ま、いいか。
ワタルは起き上がると、大きく伸びをして部屋のカーテンを開けた。
そこには太陽とフォボスの姿がくっきりと見えていた。
はじまりの合図 大隅 スミヲ @smee
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