第17話 識るも閉じるも

 のどかがまどろみ公園に着く頃には、狛太こまたと妖の戦闘が始まっていた。公園の周りにはなおも低級の妖がうろついている。


 狛太は雪婆ゆきんばあ琴葉ことはの間に降り立ち、琴葉を守っていた。狛太は琴葉に風をまとわせて簡単には干渉できないようにしつつ、雪婆を相手にしている。


 和は公園の周りの妖を全て無視して公園へと突っ切る。そして気を失っている琴葉の元に駆け寄ると、琴葉を背負い込んだ。狛太がまとわせている風の影響で少し軽くなっており、そこまで重みを感じない。


「狛太、よぉやってくれた、上出来や!! 他のヤツらまで寄ってきたら守りきれん、逃げんで!!」


 和は自身が来た方へと踵を返し、駆け出すと同時に狛太へと叫ぶ。雪婆は当然、待ちに待った獲物を取られたと憤慨した様子で和を追おうとしている。


「アアァどうしてぇ?」


「お嬢、振り返らず走り!! こいつは俺っちが……」


和へと追いすがろうとする雪婆に向かって、狛太が構える。周囲に吹いている風が狛太の四肢へと収束する。


 そして狛太は前方へ宙返りすると同時に、両方の後脚、そして前脚を雪婆へ向かって振り下ろす。


「っらぁ!!」


 収束した風が雪婆と和の間を切り裂き、留まって風の壁を作った。雪婆は風の壁を前にして進めず、その隙に狛太は壁を越えて和の後を追った。


「ゆるさない、ゆるさないぃ」


「へん! 追って来れるもんならやってみぃ! ズッタズタに切り裂いたらぁ!!」


 狛太が捨て台詞を吐きつつ止まらず和を追う。雪婆はなおも風に阻まれて公園から出られずにいた。


 和は雪婆が見えなくなるまでとにかく走り、狛太はひたすらにその後を追った。まどろみ公園からかなり離れたところまで来た和は一度立ち止まると、肩で息をしながら一枚の式札を琴葉に貼り付けた。


「これで、気配で追われることは、ないやろ」


 息を切らしながら和はそう言うと、再び歩を進めた。


「人を凍らせてさらう雪婆と、昨日の氷漬けの事件、そんでうちらが会うた雪入道。繋がりを感じざるを得んな。雪深い田舎におる言われとる妖が多すぎる」


「何かが引き寄せとるんやろね。強い力、強い妖力、そんなんに低級の妖は影響を受けるからな。お嬢、やっぱ救援が必要やわ」


 そんな話をしていると、二人と一体は和の自宅に到着した。なんとか雪婆に見つからず、他の妖から襲われることもなく。


 自宅に入り、気を失ったままの琴葉をベッドにそっと寝かせると、和は肩をぐるぐる回しながら大きく息を吐いた。


「くっはぁ〜〜。ここまで着いたらもう大丈夫やろ、あぁ〜ごっつ疲れた緊張した」


「お嬢お疲れさん。ほな俺っちはドロンすんで」


「ああ、狛太ホンマありがとう。狛太のおかげで琴葉ちゃん、無事やった」


「ええてええてぇ、ジャーキー今度食わしてくれたらええてぇ」


「用意しとくわ、たらふく食わしたる」


 狛太は嬉しそうに宙で一回転すると、その姿を式札へと戻して和の手の上にひらりと落ちた。


「あ、あかんあかん野仲に連絡しとらん!! 公園についてもうたらえらいこっちゃ!!」


 和が急いで野仲へ電話をかけると、ワンコールで繋がった。


「もしもし和、琴葉は!?」


「琴葉ちゃんは無事やうちん家におる! 野仲、公園には行かんでええ、てか行くな!」


「ほんとか和!? よかったぁ〜〜っはぁ〜〜。怪我は? 妖になにかされたりは?」


 和の質問が聞こえてすらいないのか、携帯越しの野仲から安堵の声と矢継ぎ早の質問が飛ぶ。


「大丈夫や、怪我もしとらんからちょお落ち着き。識ってしもたこと以外は何ともあらへんから安心せえ。ほいで、公園にはまだ着いてへんってことでええか? 妖がおるから行ったらあかんで」


「あ、それは大丈夫、まだ着いてないよ。とにかくホントに、本当にありがとう和」


 電話越しでも頭を下げているのがわかるほどの勢いで野仲が和へ礼を言う。和は「ええて、もうホンマえええ」と言いながら、野仲が公園に着いていないことに安堵した。


「せやけど野仲、琴葉ちゃんはちょお預かんで。妖を識ってしもうたのをなんとかせんと。今晩、"閉じる"ために琴葉ちゃんにはうちに泊まってってもらうからな」


「何から何までありがとう。ばあちゃんには上手いこと説明しとくよ」


「おう、頼んだで。ほなこっからまた大仕事やから切るで。きぃつけて帰りや」


「うん、明日また連絡するよ。ありがとう和。じゃあ」


 仲はええ方やって聞いとったけど、これ野仲がシスコンなだけなんやないか?


 野仲との電話を終えた和は、そんなことを考えながらクスリと笑うと、テキパキと準備を始めた。


 陰陽寮に所属する陰陽師には、一般人が識ってしまった場合の対処法として、"閉じる"ことの出来る式札の携帯が義務付けられている。


 その式札を使い"閉じる"ことで、妖を見て、聞いて、触れることが出来るようなってしまった人間の感覚を、妖と接触した際の記憶とともに封じることが出来る。当然、相応の技量と霊力を必要とするが。


「もう今日は過労死寸前の過重労働やわホンマ。んまぁやるっきゃないわな」


 和は誰に言うでもなく愚痴を吐くと、"閉じる"ための式札を琴葉の額に貼り付けた。横になったまま意識を取り戻さない琴葉に向けて、和が唱える。目を閉じ、意識を集中させて霊力を注ぐ。


 数十分の間、和は琴葉に向けて唱え続けた後に言葉を止めて目を開けた。


「ふぅぅぅ、終わった、成功や」


 和はそう呟くと天を仰ぎ、再度深く息を吐いた。

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白と黒の境界線 霜弐谷鴇 @toki_shimoniya

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