狩人の少年は吸血の姫に恋をする
なるかなる
はじまりの前に。
第1話 目覚め
「この社会には、様々な種族が生息している。
主だった種族と言えば【人族】【吸血族】【妖精族】【水界族】【天族】だろう。詳しく説明するとすれば、人族には【獣人族】が含まれていたり、妖精族には【精霊族】もいたりして色々と複雑なのだが、それはさておき。主にこの5種さえ理解しておけばこの世界では生きていける。
1番人口が多いのが、人族。人族は人族を【人間】と呼称するのだが、人間はこの世界の生命体のうちの6割を占めていると言われる。
続いて多いのが【吸血族】。残りの4割のうちの2割が彼等だと思ってくれたらいい。それに続いて水界族、妖精族、天族と言われてはいるがーー彼等は滅多に人間の前に姿を現さない為、総数が把握しきれていないのが現状。
人間が1番多いのに、何故人間がこの世界を牛耳ることが出来ていないのか?
それは、奴らーー吸血族が、非常に厄介な生き物だからだ。
その名の通り【血】が主食である彼等は、人間達と概ね同じような容姿をしていながらも、人間を【餌】として食すのだ。 抵抗しようにも、彼等は人間なんぞとは比べ物にならないほど強大な力を有している為、人間はあえなく彼等の餌としての生活を享受するしか無く。
人間との生存競争に圧勝した彼等は、まず人間に【ランク】を付けた。
人間が子を成すと共に【出生後検診】という名の血液検査が行われ、血液の質が良い子どもから順に、S、A、B、C、Dのランクが付けられ、右の手の甲に刻印付けされる。
S、Aになった子どもは、生まれながらに吸血族に【保護】され、【王都】にある育成所とやらでSは王族の為の、Aは高等貴族の為の餌として飼育されるらしい。
B、Cの子どもは、平民街で親と共に平民として過ごすことを許される(吸血族は全員貴族だ)が、平民街は知っての通り常に監視の目が光っていて、一般的な税金に加えて【血税】月に2度徴収される。結果として慢性的な貧血になったり血液の病気に罹ってしまったりで多くは長く生きられないのが現状だ。
そして、D。生まれながらにして吸血族に淘汰されることとなった彼等は、平民にすらなれない。吸血族が統治する貴族街・平民街には入ることも許されず、【貧民街】と呼ばれる吸血族すら統治することを諦めた荒れた土地で暮らす事を余儀なくされる。唯一人間らしく彼等が生きる手段と言えば、【奴隷】となって吸血族に飼われ、SかAの赤子を産むまで生き続けるか、吸血族の娯楽として、闘技場で玩具になるか。
ーーさて、ここまでこの世界の縮図についてサクッと義務教育の範囲内で説明して来たけれど。」
そう言って、児童用の歴史の教本と見られる本を乱暴に机に放った青年を、ぼんやりと見つめる。未だに定まらない思考では青年の言うことの8割は理解できなかったというのが正直な所だが。
どうにも気難しそうな目の前の青年の機嫌を損ねるのが恐ろしくて、俺はなんとなくで頷いておいた。
「そう。それは良かった。真逆平民街からの【招かれ人】が文字の読み書きが出来ないとは思わなかったもので」
「……ごめん」
「平民街からの【招かれ人】なら、敬語を知らないのも当然なのか?僕には分からないけれど」
「ごめんなさい」
慌てて言い直せば、青年は微かに鼻を鳴らして嘲笑し、椅子から優雅な仕草で立ち上がって俺を見下ろした。なんとなく居住まいを正してしまうような青年の品の良さは、俺が平民街でお気楽な生活をしてきた頃には一切感じる事のなかったものだ。
青年は足音を立てることもなく扉に近付いていくと、これまた無駄のない仕草で扉を開けた。
「先輩。【招かれ人】には優しく接するようにとあれ程……」
「僕がそのお達しに1度でも是と答えたか?」
「はぁ……もう」
先輩、と呼ばれた青年に招き入れられて入ってきた少女をじっと見つめる。青年と似たような黒衣の軍服に身を包み、左右の腰に剣を備えた少女は、天井を見つめて溜息を吐いた後、俺の視線に応えるかのように真っ直ぐに俺に目を向けた。
緊張からか、ゴクリと息を呑む。
すると、彼女はクスリと微笑んで、次いで隣に立つ【先輩】を睨み上げた。
「ああもう、やっぱり緊張しちゃってるじゃないですか!先輩のせいですよ」
「【招かれ人】を保護するという職務をこなした以上、これ以上の面倒は僕の範疇じゃないからな」
「範疇とか範疇じゃないとかそればっかり!」
「あ、あのーー」
再び仲睦まじげ(片方は終始顔を顰めてはいるが)に話し始めた彼等になんとなく置いていかれたような気分になり、咄嗟に話しかけてしまった。当たり前だが2人分の視線が自分に突き刺さることに罪悪感を抱きつつも、俺は再度口を開く。
「す、すみません。【招かれ人】って……?そもそも、ここが何処で、俺、おれ、さっきまで家に、……家族は、」
そう、そうだ。
俺はさっきまで、さっきのさっきのさっきまで、普通に家族と晩御飯を食べていたんだ。決して豪華では無いただの芋汁と大麦のパンだったけど、父と母と妹と食べるご飯は、俺にとっては1番の幸せの時間で。
一日の殆どの時間を大工仕事に費やす父と、繊維工場で働く母と、俺と、小さな妹。一日の僅かな時間だけでも一緒に夕ご飯を食べるという決まりで、深夜に食べるご飯。
それが、なんで今ここに?ここはどこ?家族はどうなった?何処にいる?
考えれば考えるほど悪い予感ばかりが浮かんでしまうのは、俺が人間だからだろう。グシャグシャと髪の毛を掻きむしってなんとか落ち着こうと思っても、一向に思考は落ち着いてくれない。
そんな俺の様子を見つめていた少女は、憐れむようにーー言いづらそうに眉を下げた。青年は青年でそんな少女を冷めた様子で眺めている。
「あぁ、ごめんなさい。先輩が説明下手過ぎて、動揺させてしまいましたね……」
「はぁ?僕は」
「はい先輩はお静かに。ーー【招かれ人】とは、アサギさん、貴方のような人の事を、【私達】はそう呼称しています。
貴方方は、決して追い詰められてここにいる訳でも、逃げてきた訳でもないのだと。……そう、私達は、そう在るべくしてこの地に集ったのだと、そう己を誇って欲しくて」
ハッ、と。鼻で笑う青年を何度目か睨み付ける少女の言葉は、俺にはさっぱり分からない。
「…………貴方が目覚めるまでのことを、覚えていますか?」
「俺、は、夕ご飯を……」
「えぇ、えぇ。夕ご飯の時間だったのですね」
「そ、う。夕ご飯を食べていてーーーー」
ドン、ドン、ドン。
ドガァアンーー!!
ノックというには随分と乱暴な音が、室内に響いて。父さんが応えるまでもなく吹き飛ばされた扉に、妹が悲鳴を上げた。俺はなんとか妹を背に庇って父と母を仰ぎみて。
真っ青な顔で呆然と扉を見つめる両親が、こんなに頼りなく見えたのは初めてだった。大工仕事をこなしてムキムキだった父と、繊維工場で社員達から慕われていた母の頼り甲斐のある背中は煙のように掻き消えて、処刑への恐怖に顔を歪める罪人のような彼等がーー。
「『【血税】』が未納だ、って」
「……体力仕事ばかりを求められる平民街での【血税】は、苦痛を伴うものですね」
父よりも何倍も薄い身体の吸血族に呆気なく押さえ付けられ、連れて行かれた父と母。俺と妹も逃げる間なんてある訳もなく、抑え込まれた。俺の手の甲にある【C】と妹の手の甲にある【B】を見た吸血族達はーー。
「妹はッ!?!?」
そうだ。俺達は、王都に【吸血奴隷】として連れていかれるという話になっていたはずで。部屋の何処を見渡しても見えない妹の姿に、冷や汗が浮かぶ。
救いを求めて少女を見ても、彼女は痛ましげな視線を寄越すばかりで、期待通りの反応などくれなかった。息を呑んで俯く少女に代わり、青年が冷たく俺を見下ろして言葉を紡ぐ。
「悪いけど、君をここに連れて来るのだけでも大変だったんだ。妹の救済まで求めるのはお門違い」
「な、い、妹は、アカネは」
「連れていかれたんじゃない?王都に」
「ふーー」
「巫山戯んな?」
咄嗟に怒鳴り散らそうとした俺を遮り、青年が俺を凍てついた濃藍の瞳で突き刺す。
「巫山戯んな、なんて言わないよなぁ、真逆」
「先輩」
「別に怒ってない。ただよくもまぁ助けてくれた人間を相手感謝の一言もなくそこまで言えるなぁって不思議で仕方がなーー」
「先輩」
「…………はぁ、もうお前の好きにしなよ。僕出て行っていい?」
「駄目です。
……ごめんなさいアサギさん。貴方が妹さんも、と思う気持ちは痛い程共感する部分です。でも、それが簡単なことでは無いことをご理解ください」
「……あんた達、何者なんだ」
助けた、助けてないって、そもそも目の前にいる生き物が人間かどうかも定かじゃないのに。
震えそうになる喉を抑え込みつつ呟く。するとまたもや琴線に触ったのか、「は?吸血族だと思ってるってこと?」と青年が苛立ち始めたが、少女が背中を思いっきり叩いたことで黙り込んだ。
少女は数度瞬きを繰り返すと、フワリと安心させるように微笑むと、「そうでした」とクスクス上品に笑った。
「自己紹介が遅れました。私と先輩は、【吸血族狩り】の組織の1つ」
【血みどろ人形】に属しています。
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