第2話 血に濡れた兵器




「【吸血族狩り】、って、……」



 【吸血族狩り】の存在は、世の事情に疎い俺でも知っている。


 吸血族が人間を上回るという食物連鎖そのものに反旗を翻し、世界における【人族】の価値を上昇させようと取り組んでいる人間達。彼等を総称して、【吸血族狩り】と呼ぶ。

 彼等は吸血族の数少ない弱点である銀を掘り(銀の採掘は違法である)武器を作って吸血族と戦い、何故か吸血族の卓越した身体能力に追随する動きで吸血族を殺して回るのだ。

 本来であれば吸血族と同等の力で戦うなど不可能なので、現在吸血族は吸血族狩りを生け捕りにして人体実験を繰り返し、その秘密を探ろうと躍起になっているという。


 そんな人間が、俺の目の前にいる。


 ポカン、と阿呆みたいに口を開けて固まる俺を放置して、少女はドヤ顔で言葉を続けている。



「【血みどろ人形】は吸血族狩りの組織の中でも特に【需要のある】組織なんです」

「需要……?」

「吸血族の恨みを買ってるってこと」



 既に飽きたらしく、椅子に座って紅茶を楽しんでいる青年の言葉に、俺は口元を引きつらせる。それっていい事なのか?

 しかし、少女にとってはそれは大層素晴らしいことのようで。ニコニコと楽しそうに笑う少女は、両手を広げて真っ直ぐに俺を見つめた。



「【血みどろ人形】に招かれた人!吸血族に押さえつけられても骨折1つせず気絶と打ち身で済むだなんて、なんて素晴らしい【素材】!」

「悪いところ全部出てるよお前」

「先輩は黙ってて下さい。招かれ人を見つけたのは私です。そんな事よりーーアサギさん!偶然貴方が王都行きの馬車に乗せられる前に吸血族を殺す事ができた事は、大変な幸運だったんです!載せられてしまえば、化け物共の厄介な術のせいで今の私達では手が出せませんから」



 ニコニコ、ニコニコ。


 笑う少女が、ひどく恐ろしく見えて。


 目を逸らせば、少女はさらにクスクスと愉しげに嗤った。



「どうでしょう?【血みどろ人形】の兵器になってみませんか?」

「……兵器って」

「私も先輩も、【血みどろ人形】の名に恥じぬ程、吸血族の血を被ってきた立派な平気なんです!」



 思わず青年を一瞥する。大層プライドの高い彼の事だから相当怒るのでは、と思ったが。彼は彼で、特に否定することも無く静観しているようだった。

 少女は銀製の2本の剣を優しく撫で、ゆったりと恍惚の笑みを浮かべる。



「銀の武器は、吸血族の血を吸って吸って吸って、強くなるのです」

「……」

「だから、私達は戦って戦って戦って戦って勝って勝って勝って勝って殺して殺して殺して殺せば殺すほど、強くなれます」

「……なんで、そこまで……」

「家族は死に、友人は死に、もう誰もいません!だから、次は大衆の為に戦います。大衆の中でも【素材】を」

「口が過ぎるぞ」



 ポツ、と。


 青年の静かな声と共に、一気に静まり返る室内。俺の荒い息遣いと、少女の微かな呼吸音だけが、ノイズのように混ざっては消えていく。


 「あぁ、ごめんなさい」と適当に謝罪した少女は、しかし再び翡翠の目で俺を見据えると、ニコリと愛想良く笑んだ。

 先程まで青年よりも安心出来る存在になりかけていた少女だったが、今ではニコニコと笑ってイカれた事を言う彼女よりも青年の方が余っ程安心出来る。寝具の上でちょっとだけ青年の方に身体を寄せれば、敏感にそれを察した彼にギッと睨まれた。


 【招かれ人】とは、身体が強い人間であると思えば正しいのだろうか。



「あの、素材って……」

「此奴は普段【研究部隊】に身を置いてるから、人間の事を素材って呼びがちなだけ」

「……人間で研究するんスか」

「するよ。あと、君は吸血族からすれば、納税をサボった親の罪から逃げ出した指名手配犯だから」

「……え?」



 僕と此奴で殺したし、吸血族殺しの罪で捕まったら死刑だね。


 そう告げた青年は、また優雅に紅茶を注ぎ足していく。俺の周りの人にはこんなに品のある仕草をする人は1人もいなかったから、なんだか新鮮だ。

 とはいえこの数十分の間で青年が視線を嫌がる人間であることはわかったので、注目はしないでおく。


 いや、そんなことより。



「死刑!?」

「か、【吸血奴隷】か」

「アサギさんはCですから恐らく死刑かと」

「だろうね」

「いやっそんなあっさり!!」

「……?」

「あ、ごめんなさい。捕まれば死刑、は当たり前の事なので、大きなリアクションをされると少々困惑してしまいました」



 首を傾げて顔を見合わせる2人は、本当にそれがなんの異常事態ではないと思っているようでだ。

 ……確かに、平民街の真ん中にある大広場で、よく見世物とばかりに吸血族狩りの処刑が行われてはいるが。「あれも日常ッスか」と呟くと、またしても彼等は当然とばかりに首肯した。


 そんな中、平民街の中央付近にある俺達の家にまで、危険を犯してまで助けに来てくれたのか。

 その事にふと思い至り、俺は羞恥に顔を歪めた。さっき、俺は彼等に怒鳴り散らそうとはしなかったか。



「……す、すみません。俺、なんで俺だけって思ってしまって……俺だけでも、奇跡ッスよね」

「僕の実力不足だって?」

「先輩面倒くさいです」

「あんま、まだ整理出来てないんスけど……でも、ありがとうございます」

「いえいえ!もう私達は仲間ですから!お互い助け合っていきましょうね」

「な、仲間……?」

「えぇ!」



 ようこそ!と笑う少女の手を慌てて取る。その手を引かれて思わず寝具から降りると、彼女は再度笑って「素晴らしい肉体です」と囁いた。

 確かに身体のアチコチ鈍痛はあるものの、動かせない場所は全くない。吸血族に掴まれると、大抵そうはいかないものなのだろうか。



「吸血族の力は、人間の何十倍にもなります。肉食の獣人族にお会いしたことは?」

「……1度だけ」

「肉食の獣人と同等か、それ以上だと思ってください」

「えっぐ……」



 ちなみに、父さんの職場にいた虎の獣人さんは、素手でどデカい丸太を折っていた。思わず顔を歪めると、彼女はコロコロと可愛らしい笑い声をあげる。

 そういえば、と室内を見渡す。いつの間にか姿を消してしまった青年を探しているのがわかったのか、少女は「あぁ」と退屈そうに頷いた。



「先輩は任務で大忙しなんです」

「【招かれ人】の保護っていう……」

「はい。上に報告に行かれたのかと」

「はぁ……」

「あの人、かなりの偏屈なので、あまり言葉を真に受けて傷つかない方がいいと思います」



 それは、なんとなく分かる。起床まもなく毒付かれたし。頷けば、少女は「間違いなく善人なんですけれど」と言葉を続ける。



「1割の人間に滅茶苦茶好かれるタイプなんです」

「……残りは」

「苦手」

「嫌われてんの……?」

「嫌われては……」



 ないと思います、多分。……恐らく。

 ポソリと呟いて首を傾げてしまった少女は、恐らく青年を『滅茶苦茶好き』になっている側なのだろう。現に任務を共にしていたようだし。


 治療室、と銘打たれた部屋を出て廊下を歩きながら、俺達はポツリポツリと言葉を交わす。

 俺はどうやら、【血みどろ人形】の組織に助けてもらった恩として働くことになるらしい。吸血族との戦闘員として迎え入れられるだろうとの事だが、他にも色々な部隊がいるようだ。



「……えっと、貴女は、研究部隊なんですっけ」

「ああ、申し遅れましたね。私はツユハです」

「ツユハさん」

「はい。ツユでもツユハでもお好きに。私は元々は戦闘員……【討伐部隊】だったのですけれど、今は兼任してます」

「兼任とかあるんスね」

「徐々に完全に研究部隊に異動になる予定です。研究部隊では、その名の通り吸血族を生け捕りにしてその生態を研究したり、人間に適合して身体を強化する薬などがないか研究したり……です」



 聞いているだけで難しそうな話だ。襲い来る頭痛に顔を顰める。少女はクスリと微笑み、「適材適所ですよ。……ここなら生きていられると思う所に行けばいいんですから」と呟いた。

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