第4話 抹殺
右足が不自由になったマダユキは実家に帰ってきた。
日焼けした寸胴の小さな家。
戦争から生還したと思いきや、人質の奪還に失敗し、
巨人に襲われ、知らない女に溺れさせられ、
そして化け物に足を食いちぎられた。
帰り着く場所は、生まれ育った実家しかなかった。
田舎の懐かしい匂いを嗅ぎながら、松葉杖を足代わりに進む。
「父ちゃんと母ちゃんは仕事かな。爺さんと婆さんはいるだろうか」
庭を進んでいく。
一階の一番手前の窓は祖父と祖母の部屋だ。
懐かしい気持ちを抱きながら近づいて行くと、
誰かが窓のそばに立ってこちらを見ているのに気づいた。
優しい笑顔を浮かべるのは祖母だった。
「おお、婆さん――」
しかし、何か様子がおかしい。
祖母の着ている服が赤黒い液体でひどく汚れているではないか。
祖母は笑顔のまま、窓に何やら白い紙を広げた。
そこには赤黒い字で『抹殺』と書かれていた。
まるで血で書いたような二文字だった。
「なんじゃ、どういう意味じゃ!」
マダユキは松葉杖を急いで動かし、玄関から家の中に飛び込んだ。
玄関には血に塗れた母と、その母を庇うようにして倒れている父、
そして、全身をめった刺しにされた祖父の姿があった。
「そ、そんな……!」
玄関脇の扉が開き、優しい笑顔を浮かべた祖母が出てきた。
彼女の手には血塗れの包丁が握られている。
「マダユキや。お前は自分の名前の持つ意味を考えたことがあるかい」
白い紙を取り出し、血で汚れた指で文字を書く。
そこには『未幸』と書かれていた。
「お前はいつまで経っても不幸をまき散らすんだ」
祖母が笑顔のまま近づいてくる。
「昔、我が家の家系に『ミユキ』という女がいてね。
そいつの名前も『未幸』と書いたんだ。
その名前があり続ける限り、我が家の不幸が続くんだ」
「何を、何を言っとるんじゃ婆さん!
ワシは何を言っとるかさっぱり分からんよ!」
「分からなくてええ! そのまま死んどき!!」
祖母は老人とは思えぬほどの俊敏さでマダユキに馬乗りになり、
彼の身体に何度も何度も包丁を突き立てた。
マダユキも最初は抵抗していたが、
痛みと失血で次第に力を失い、意識が遠くなっていった。
薄れゆく意識の中で、マダユキは思った。
自分の名前は、幸せな未来を願ったものではない。
未だ幸せにあらず。いつまで経っても、不幸であり続ける存在なのだと。
しかして両親の願いは成就された。
彼にとって最大の不幸が、最大の幸福をもたらすことになったのだから。
悪夢一覧 松山みきら @mickeylla
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