第5話 ※これは『フィクション』です
その、変わった家の話を聞いてしばらく経ったある日のことだ。
「オダさん、こないだの、『あの家』の話なんだけど』
ナカノさんである。
商品の品出しを終え、一息ついていると、彼女もまた何らかの作業を終えて来たらしく空の台車を押しながらやって来た。
「どうしたの? 何か続報?」
今度は何だ。
まさかまた犬が懐かないとかそんな話ではあるまいな、とやや身構えつつ、尋ねる。するとナカノさんは言った。
「リエさんの旦那さん、会社の健康診断で引っ掛かったらしくてさ」
「……うん? ううん?」
「それで精密検査したらさ、まぁ、その、うん」
「あ――……うん」
何か、見つかったのだろう。恐らくは、そう遠くない未来、死に繋がるような、何かが。
「えっと、それで……?」
「いま、離婚調停中みたい。親権で揉めてる」
「あぁ――……」
やはり、A家は――いや、リエさんは嫁いだわけだから、厳密には『A家』ではないはずなのだが――徹底的に死を避ける家なのかもしれない。ナカノさんがアカリさんから聞いた話によれば、リエさんのところは、夫婦仲も良く、旦那さんもリエさんとお子さんをとても大事にしていたようで、まさか離婚するなんて、と思ったらしい。もちろん、そう見えただけで、本当はうまくいっていなかったかもしれないが、少なくともアカリさんは驚いたし、親戚の中には「まだ子どもも小さいんだし」と説得する人もいたらしい。けれど、リエさんの意思は固いようである。アカリさんの話では、恐らく、近いうちに旦那さんの方が折れることになるだろう、とのことだった。
離婚が成立したら、リエさんは子どもを連れて、あの家に戻るだろう。
あの、『死んだ人』がいない家に。
そして、もしも自分が、いざその時になったら、今度はその家族から縁を切られてしまうのだろうか。その時になったら、何を思うのだろう。それが当たり前と受け入れるのだろうか。
いずれにしても、私にはわからない世界だ。
その家その家のルールというか、常識みたいなのがあるのもわかるし、ウチだって、もしかしたら「それはアンタのとこだけだよ」ってドン引きされるような『当たり前』があるかもしれない。
なんか違和感があるっていうかね。
A家の話を切り出した時の、あの時のナカノさんの言葉を思い出す。本当に、何とも言えないのだ。強く否定出来る話でもない。けれど、何かもやもやする。あの時のナカノさんは私に吐き出して、少しはすっきり出来ただろうが、今度は私がそれを抱える番だ。
だから、こうして色々とこねくり回してここに記させていただいた次第である。
もちろん、すべて仮名であるし、A家との関係性も、それからエピソードについてもかなり脚色はしているから、これがそのまま真実の話ではない。けれど、完全なフィクションと言い切るのは難しい。だって、逆立ちしたって、この話を0からは生み出せない。
だけれども、とりあえずは、『フィクション』ということにさせてください。
『死んだ人』のいない家 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa
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