21.抜剣

 見慣れぬ髪色の青年……いまや瞳の色も変貌して別人のようにも見えるウィスその人は、地を蹴るとウェリタスを少年に向かって振り下ろす。

 少年は手甲でそれを真っ向受け、笑みを浮かべる。が、先ほどまでと違って余裕は消えていた。


「へぇ……すごい力だね。でもまだまだなんだろ?」


 連撃を繰り出す。受けることをやめ、シスルは後退しながらそれを避けた。フリージアが入れ替わるように前へ出て突きを繰り出すがウィスは難なくそれをよけ、間髪なしにウェリタスを真一文字に横に薙ぐ。


「!」


 それがフリージアにヒットし、彼女は後ろへ吹っ飛んだ。が、器用にくるりと空中で体を反転させ、着地するとそのまま地を蹴る。シスルと再び斬り結ぶウィスにフリージアの拳が迫り、だがそちらを見ずにかわす。そのまま流れるように剣を薙ぎ、フリージアを遠ざけた。イーヴたちはレベルの違いに手を出せないでいる。


「彼らは何者なんです!」


 フリージアがいなくなったことで戯れに繰り出されたソルのサーベルを避けて距離をとったユーベルトが叫ぶ。フィンは答えられずにどこか呆然とウィスの姿を見つめている。


「これで終わりだ!」


 ウィスが叫んで、剣を引くとウェリタスに宿る光が増した。ただならぬ気配にシスルは退いたが、フリージアは果敢に挑んでくる。


「うあっ!」


 次の瞬間、ウェリタスはフリージアを完全に捉えていた。薙いだ剣は彼女の胸を切り裂き、返す刃がその胸を貫いた。


「ああぁぁぁぁ!!」


 光が粒子のようにこぼれる。悲鳴が消え、ウィスが静かにウェリタスを抜き取るとフリージアはその足元に倒れ、動かなくなった。


「次はお前か?」


 碧い光を宿した瞳がシスルを捉える。彼の今の心情か、あるいはその透明さがそうさせているのか無感情に近い色彩は鋭く、だが静かだった。


「プロト・ワンを簡単に貫くなんて……思ったより強力だね」


 シスルはソルの元まで下がると彼の顔を見てから


「今日は退かしてもらうよ」


 そう言って踵を返し崖上に跳び、姿を消した。ソルはそれを見て悠然と髪をかきあげる。


「困ったね。本気で抜剣してくるなんて。命が惜しくないのかい?」

「……黙れ」


 チャ、と剣を握り返す音がした。ふっ、と重さを感じさせずに駆け出すとソルの眼前まではあっというまだった。

 振り下ろしたウェリタスは大地を抉り、避けたソルのネッククロスを切り落とす。


「怖いねぇ。さすがに風の大晶石を破壊しただけのことはある」

「!」


 フィンの瞳が見開かれる。 彼は今日まで気づいていなかったろう。

『ウェリタスで大晶石を破壊』。それはアーネストがそう言った時からもしやと思っていたことだ。

 エクエスの騎士団を壊滅させ、風の大晶石を破壊したのはウィスだ。銀の髪の悪魔とは、このことを言っていた。


「アルディラスの適格者も抜剣できるのかな。だとしたら僕一人じゃ無理か」


 呟くように言って、ソルは指笛を吹いた。魔獣がウィスとソルの間に割って入る。ソルは入れ替わりに踵を返して去っていった。

 魔獣は露払い程度でしかない。払いのけ、その背を見送ってからウィスはウェリタスを消し去る。姿も元に戻った。


「大丈夫か?」


 そばにいたユーベルトとフィンに尋ねる。「あ、あぁ」と歯切れの悪い返事をしてフィンは戸惑うように瞳を伏せた。


「あの、この子。血が出てない……ウェリタスで斬られたからですか?」


 リエットがフリージアをおそるおそる覗き込んで、それからウィスとシンたちを見比べた。

 アーネストとシンがそちらに歩み寄り見下ろす。フリージアは倒れたままぴくりともしない。普通ならば死んでいるだろう。傷からは血ではなく光の粒子のようなものが流れ続けている。


「違うわよ。この子は戦闘用ヒューマノイドなの」

「ヒューマノイド?」

星の意思イニシオから抽出したデータから人工的に生み出した存在よ。このままだと消失しちゃうわね……私の技術の結晶が」

「え」

「アーネストが作ったの?」

「そうよ。こっちの星の意思イニシオを消し去るためにね」


 さらりととんでもないことを言う。つまりは、対セレスタイトの最終兵器ということか? イーヴも寄ってきて至極小柄な少女を前に複雑そうな顔をしている。


「どうするのよ」

「製作者としては、直してあげたいけど」

「また襲ってきたりしない?」

「んーきちんと言い聞かせれば大丈夫だと思うわ。この子、素直だから」


 今までの様子を見るに、素直というのとは少し違う気もするが。

 運んで運んでとアーネストにせがまれて、イーヴはぶつぶつ言いながらフリージアを担ぎ上げる。といっても小柄な少女だ。それほど重そうでもない。


「ウィス、大丈夫?」

「あぁオレは大丈夫だ。それより」


 ウィスの視線がちらと後ろに流れる。そこには沈痛な面持ちで押し黙るフィンの姿がある。


「フィン、どうしたです?」


 彼らの関係にまだ気づいていないのか、リエットが首をかしげた。

 ウィスがエクエスで大晶石を砕いた「銀の髪の悪魔」だとすれば、フィンの父親は彼に殺されたことになろう。ウィスはそれが知られたことを理解しているようだ。

 シンと視線を合わせ、どういう意味でか、それとも他にどうしていいのかわからないのかウィスは小さく苦笑した。


「ほらほら~ちゃっちゃとこの大晶石砕いちゃいましょ。シン」


 アーネストに言われてシンは大晶石のふもとまで歩を進めた。ウィスも一緒についてくる。


「いいの? 弟君」

「……力でねじ伏せるのは、無理なようですから」


 事態を把握したのかユーベルトもそれを見守った。


「教えたとおりにやれば大丈夫だから」

「わかった」


 シンはまず、アルディラスを呼び出した。これは求めれば意外と簡単に応じてくれる。

 それから剣に集中する。そこから先は、なぜかウィスは理屈ばかりで実践はさせてくれなかった。だから事実上シンがアルディラスとリンクするのは初めてなのだが、それもそんなに難しいことではなかった。


 変化はすぐに訪れた。ウィスと同じだ。シンの目からは光がふわりと視界によぎった程度に見える。次の瞬間、髪の色が銀に……紛い物のないエルブレスの光と同じ色に染まっていた。

 すると自然と力が湧いてくる。シンは剣を両手で掲げ、それを思い切り振り下ろした。

 激しい音ともに大晶石が砕け散る。砕けた破片の一部はエルブレスの光になって消えた。

 それを吸収するイメージでアルディラスに送り込む。破片に宿っていた薄赤い光は明滅を繰り返し、次第に消えていった。……うまくいったのだろう。


「あ」


 アルディラスを手にしたままがくり、と膝が折れた。思ったより消耗が激しい。とっさにウィスに支えられたが、シンは耐え切れずにそのままアルディラスを消す。意思を持って消した、というより消えてしまった。というべきか。髪の色も元の黒色に戻っていた。


「大丈夫か?」

「うん」


 というものの足元がおぼつかない。訓練が必要と言うのは本当のようだ。今のシンには過ぎた力だ。仮にシンが剣士だったとしても、ウィスほどには扱えないだろう。


「ダメだね、精進しないと」

「いや、いいんだ。大晶石を砕く以外には使うな」


 それはどういう意味か、聞こうとした時ユーベルトがやってきて彩を失った大晶石の巨大なかけらを見上げた。


「ついにやってしまったんですね……」


 これでこの国の技術は大きく後退するだろう。国にとっては大きな損失である。が、過剰に利用すれば枯渇する資源である以上、遅かれ早かれこういう時はいずれ来る未来だったのかもしれない。


「で、あんたはどうするの? 帰って報告する? エクエスの仕業だ、とか」

「……ありのままにお話しますよ。世界のことも、異世界からの来訪者のことも」


 イーヴがフリージアを背負いなおして、帰路を辿る。各々がそれぞれの歩む速さでその場を後にした。

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ツインコンチェルト 梓馬みやこ @miyako_azuma

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