20.アオスブルフの大晶石
どんよりと空は曇っていた。ミラージュは当然見ることはできない。嫌な天気だ。その日のアオスブルフの空は、いましも雨が降りそうだった。
「熱いわね~地熱かしら」
「火山帯だから……火の結晶石も関係あるのかなぁ」
しかも湿度が高く、蒸している。この前来た時はそれほど苦にはならなかったが、言われると自覚してしまうのが人間だ。
アーネストがぱたぱたと手を振りながら暑さにだれている。
「あー、まずいわよ。フィン。あんたの弟君がまたいるわ」
「!」
火の大晶石が近くなって慎重に進んでいると、そのふもとで一度は見かけた姿をみつけてしまう。
兵士の数は多くない。無理にでも蹴散らせばなんとかなる人数である。が、国軍を相手にいきなり強行突破していいものかとまずは誰もが思う。
「話し合ってみる?」
シンがフィンの顔を伺った。
「そう、だな。理解してもらえばナイトフレイにも話が通るかもしれない」
決断したようにひそめていた岩から姿を見せた。武器は手にせずに歩を寄せる。あちらの兵士も気づいたが、ユーベルトに制止されて剣は抜かなかった。
「のこのことやってきたんですか、兄さん」
「ユーベルト、聞いてくれ。今はお前と争っている場合じゃないんだ」
ユーベルトはフレームの薄い眼鏡を抑えると少し自分より高い位置にあるフィンの顔を見る。
「今度は何をしでかすつもりです? 今のあなたの国との緊張状態を理解しているんですか」
「残念だけど、オレは今はエクエスの騎士じゃない。ここにいるみんなもだ。オレたちはそれぞれの意志でここにいる」
「……何をするためにですか」
フィンは熱を持って事情を聞かせる。ミラージュの存在、世界の危機、その回避方法。
しかしユーベルトは冷たくあごを上げて視線を下ろしただけだった。
「信じられません」
「どうしてだ! このままでは世界は滅んでしまうかもしれないんだぞ!」
「だとしても承諾はできないですね。兄さんたちは大晶石を砕くつもりなのでしょう? 僕は、アオスブルフの軍人だ。国の威信をかけて、大晶石を守る責務があります」
「あったま固いわねぇ」
アーネストが呆れたように杖を肩にかけて口を開いた。
「世界が滅びれば国も滅びる、って。わかりきったことじゃない」
「……あなたがたが信用できないと言っているんですよ」
「どこまでお固いのかしら。まぁいいわ。ぶちのめして大晶石を砕けばそれでいいんだから」
「待ってくれ、アーネスト」
杖を眼前にかまえたアーネストを、フィンが制止した。
「オレがやる」
「侮られたものですね。僕はあなたと違って幼少の時から訓練されているんです。後悔しないで下さいよ」
ユーベルトは片手剣を抜いて、眼前に構える。先に地面を蹴ったのはユーベルトだった。フィンが一撃を流すと、次の一撃が即座に繰り出される。片手で扱っている分、一撃は軽いようだが、モーションが早かった。
「どうしたんです!? 遠慮しないでくださいよ」
「くっ」
フィンも負けじと剣をつきだす。器用に刃でそれを受けてユーベルトは素早く後退した。かと思えば、腰につけていた二丁の銃に持ちかえ、それをフィンに向けて放つ。硝煙のにおいが辺りに立ち込める。
「ずるいです!」
「これがアオスブルフの兵士の戦い方ですよ」
彼はその若さで、隊を統括しているのだろう。アオスブルフの側にも誰も手出しする者はいない。
「あ~まだるっこしいわね!!」
「アーネスト、抑えて」
「大体、負けたらどうするのよ、負けたら」
不吉なことを言う。だが、フィンも譲らない。一気に距離を詰めると切り結び、銃を封じた。
「このわからずやめっ!」
キィン! 甲高い音がして、渾身の一撃がユーベルトの剣をはじいて曇天に舞い回す。
「やったわ!」
銃を再び抜くものの、力では勝っている。フィンは一気にたたみかけ、互いに剣と銃身を合わせる押し合いになった。
「うぉぉぉぉー!」
気迫を込めて、はじきとばす。反動でユーベルトは膝を折った。
「!」
「あんたの負けね」
傍らに落ちる剣を拾おうとしたユーベルトに、イーヴの弓が、アーネストの杖が、ウィスの剣が向けられ、チェックメイトだった。
ざわめく兵士たち。そこへパチパチと手をたたく乾いた音が響く。振り向けばいつのまにかソルの姿がある。
「敵の頭を押さえてくれて手間が省けたよ」
刹那。混乱が巻き起こった。兵士たちの背後に、魔獣が現れたのだ。二体の魔獣は容赦なく、兵士たちに食らいつくと悲鳴が上がった。
「いけません。優しき癒しの雨よ……ヒールレイン!」
すかさずリエットが治癒術をかける。各々命は助かったが、流れた血までは戻らない。しばらくは動けないだろう。
「ウェリタスとアルディラスは返してもらうよ」
魔獣は跳ねるようにウィスとシンを狙ってきた。そこにフリージアも加わり場は一時混戦となる。
「見なさい! 黒幕はあいつらよ。納得したら手伝いなさいよ!!」
ユーベルトが立ちあがり、銃を手に取った。ソルはステップを踏むように射撃をよけて流れるような動作でサーベルを抜く。
「大人しく死んでよね!」
容赦ない連撃がユーベルトを攻めた。フィンが加勢に入るがソル自身相当の手練れだ。二人を相手にしても薄い笑みすら浮かべる余裕の表情が崩れない。
「おかしいわね、今日はあいつら二人なの?」
アーネストが魔獣に向かって晶術を放ちながらひとりごちる。
「フリージア!」
それから呼んだ。
「これは誰の命令なの? あんた、知ってるでしょう!?」
「これは、騎士団長の命令」
手を止めて素直に答える。アーネストとフリージアはただならぬ関係のようだ。だが、ソルに一喝されるとフリージアは再び攻撃を始めた。
「アイザックですって……?」
「いつまで遊んでるのさ。さっさとウェリタス適格者を確保すればいいのに」
新手だ。沙緑色の髪の小柄な少年が現れた。その姿にアーネストが顔色を変える。
「シスル……! なんであんたがここに!」
「こんにちは、アーネスト博士。久しぶりですね」
シスルと呼ばれた少年は切れ長の瞳で微笑んで、だがしかしフリージアのように構えを取った。
「そして、さよなら」
「!」
フリージアを上回る速度で向かい合った詰め寄る。前線を護ってくれるウィスもフィンもその移動線上にはおらず、シンが銃を手に割って入るほかはない。
「あ、あんたも標的だね。一緒に来てもらうよ」
その姿を見てあっさり矛先を変える少年。
シスルの手が銃弾を掻い潜ってシンに伸びる。
「シン!」
ウィスがそれを止める。シスルは更なる敵に飛び退って一旦距離をとると「へぇ」と呟いた。
「僕たちに生身で太刀打ちするつもり? 無理でしょ」
「ぐわっ」
悲鳴に顔を向けるとフィンが背中から大地に打ちつけられていた。ユーベルトも腕に傷を負っている。フリージアもだが、この少年も異常な身体能力だ。ソルは再び高みの見物のように下がって見ているだけにもかかわらず、リエットの回復が追いつかない。
「見せてよ。ウェリタスの力を」
「……!」
ウィスは歯噛みした。だが、何かを決したように顔を上げる。ウェリタスがその手に現れた。
「後悔するなよ」
その時だった。変化が訪れた。一瞬のことである。光が訪れるとそこには銀髪の青年が立っていた。
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