19.適格者

 街の外に出れば、ソルたちは追ってはこなかった。

 いかに腕が立とうが、数でも劣っている。野外での戦いは容赦せずに晶術なども使えることから不利と判断したのだろう。

 リエットが息を切らして草の上に膝をついてしまったので、シンたちもその場で一呼吸置くことにした。


「なんか、私たちこの間から逃げてばっかりな気が」

「まともに取り合うだけが能じゃないわ。いいんじゃない?」


 意外と体力があるのかアーネストがけろりとして言う。風がさわさわと草原を渡っていく。世界に錯綜する思惑とは別に、のどかだった。


「でもアルディラスは……」

「いいのよ。あんたがちゃんと持ってきてくれてるから」

「は?」


 思わず素っ頓狂な声で聞いてしまう。そんな声を上げたのはイーヴと同時だった。

 アーネストの顔はシンに向いている。ウィスはなぜか顔をしかめて苦々しそうに視線を下方へと落としていた。


「あんた、適格者だったみたいね。剣はちゃんとあんたの身の内に収められているわ」

「適格者って……私の中に?」

「そ。訓練すれば呼び出すことができるわよ」

「訓練って言われても。そんな時間もないし、どうしていいのかわからないよ」

「ウィスにでも教わりなさい」


 ウィスに? 今度は視線がウィスに集まる。


「ウィスはウェリタスの適格者よ。今も持ってるはずだわ。ねぇ」

「……」


 ウィスは無言で視線を逸らしていたが、諦めたようにため息をつくと右手を胸の前に上げた。光がゆらりとたゆたったかと思うと形になる。『剣』の形に。

 その剣は淡い碧の光をまとって凛とした白刃を陽光にきらめかせていた。


「これが、ウェリタスです?」

「あーなんだか宝剣って感じね。ちょっと空賊の血がうずいちゃうわ」


 イーヴの趣味にハマっているのか、いつもより目が輝いている。フィンは剣を覗き込んで首をかしげた。


「剣の形をしているのに、適格者っていうのでないと使えないのか?」

「適格者以外にとってはただの剣よ。やっぱり双子だから資質が似通っていたのかしら。あとでデータ採らせてよ」

「やめろ」


 ウィスは言いながらウェリタスを再び消した。


「とにかく、アルディラスはこれから活躍してもらわなくちゃならないんだからしっかり教えといてよね」


 アーネストなら使い方も知っていそうなものだが、丸投げされてウィスは複雑そうな顔をしている。


「で、これからどうするの?」


 イーヴが片腰に手を当てて問う。今までの話であればアオスブルフかテールディの大晶石を砕きに行かなければなるまい。

 果たして、二つの国は大晶石の破壊を受諾するだろうか。しなくても破壊はしなければならない。穏便に行く方が難しいとは思う。


「一度エクエスに戻らないか。元々、真相をつきつめるのがオレたちの任務だったろう? 王に報告しておく必要がある」

「そうだね、協力を得られれば少しは楽に動けるかもしれないし」


 決を取って、歩き出す。

 それからオルディネの塔を再起動し、セレスタイトに戻ってきた一行。その傍らには相変わらず、アーネストもいる。


「ここがセレスタイトね。……なんだか、あんまりアースタリアと変わらないみたいだけど生き物の体系が違うのかしら。とりあえず、昆虫採集から始めてみようかしら」

「何しに来たんだ、お前は」


 ウィスに呆れられながらもアーネストは至る所に興味津々のようだ。シンも間があったらゆっくりアースタリアをまわりたい、と思う。

 待機させていたホワイトノアは静かにアオスブルフを離れると、エクエスの南側から回り込みブルーフォレストの上空を通って、王都シャインヴィントへと到着した。

 シャインヴィント王城では、フィンとシンが王に経緯を申し述べる。


「世界にそのような危機が迫っているとは……いずれにしても我が国の大晶石は破壊された。他国にも注意を促し、協力してもらうしかないだろうな」


 にわかには信じがたい話であったろう。テールディ王女のリエットがいることや、ウェリタス、アルディラスの存在が現実味を持たせてくれはした。

 それでも粘り強く説明を続け、説得に至ったのは王自身が傾聴することを軽んじなかったおかげでもある。


「しかし、困ったのはアオスブルフだ」

「アオスブルフに何か?」

「アオスブルフは風の大晶石を我が国がなくしたことで、火の大晶石を狙っているのではないかと警戒しているようだ。ホワイトノアの姿も見られていてな」


 ユーベルトが報告したのだろうか。国家間の火種は生まれてしまったようだった。


「宣戦布告も辞さないかまえであると警告が来た。商船の入港も拒否され、今は国交が断絶している状態なのだ」

「じゃあ、私たちで乗り込んでいって大晶石を破壊するしかないわね。先立つものは国の危機より、世界の危機だもの」


 アーネストの言い分はわかりやすい。だが、理解が得られるわけはない、王の眉間に深いしわが寄った。


「王様、ホワイトノアは空賊のものであるとお切り捨てください。私たちはアオスブルフではエクエスの使者ではなく、一個人として動きます」

「うむ……テールディには使者を派遣し、協力が仰げると思うが、いた仕方あるまい」

「空賊のものっていうからには、リンドブルムを解放してくれるのかしら」


 また新たな厄介な提案に王は顔をしかめる。


「もしアオスブルフで何かあった時、エクエスの人間がクルーとして乗っていることがわかったら確かに問題ですね」

「承知した。リンドブルムを解放しよう。だが条件がある」

「条件?」

「この一連の事態を収束させるために手を尽くすということだ。もしやりきったなら晴れて放免としよう」

「太っ腹ね~でも、そんな約束しなくてもリンドブルムは世界を裏切ったりしないわよ」


 イーヴにあるのは、誇りだ。空賊は義賊であるという誇りが今は彼を突き動かしているようだった。


「して、フィン。お前はどうするのだ」

「は?」


 問われていることが分からず、思わず訊き返してしまうフィン。


「お前はこのエクエスの騎士だ。今の話を鑑みれば、騎士としてアオスブルフへ赴くことは許されまい。別の方法で関わるか、本来の騎士の任務に戻ることも無論、問題のないことであるが……」


 王の意志としては、微妙なところだろう。把握のために一人くらいは付けておきたい。だが有事の際は戦争の原因になるかもしれない。決めかねている。フィンはそれをくみ取って視線を床に落とし、じっと考えた。


「騎士として行くことが許されないのであれば、私から騎士の身分を剥奪してください」


 彼の決断は、大きかった。


「私は彼らについていこうと思います。今更、降りるわけにはいきません」

「……うむ、そなたの決断。痛みいる」


 王は、敬意を表し、だがしかし言った。


「では今からフィン=サクセサーの騎士の身分を解除する。だが、ことが終わった際にはいつでも戻ってくるがいい。エクエスはそなたを歓迎する」

「はっ」


 深々と頭を下げる彼はまぎれもなくこの国の騎士に違いはなかった。

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