18.王立研究所(2)

 透き通る刃を持ったその剣は、円筒状のガラスケースに満たされた淡い緑色の液体の中に収められている。

 いくつもコードがつながっていてそれはガラスケースから外に伸びた機器にまで伸びていた。


「よし、はじめるわよ」


 アーネストが機械を起動させるとあちこちで走る光が淡く明滅を始める。


「アルディラスって剣だったのか」


 フィンが見上げている。ごぽり、と呼吸でもするように水泡がケースの中に生じた。


「天才の腕を持ってすれば10分ってとこね」


 しかし運命は皮肉だ。もっとも会いたくない人間がそのさなかに現れることとなる。


「博士、みつけた」

「!」


 フリージアだった。ソルもいる。それからその隣には見たことのない大男が立っていた。ずらりと兵士も連れて。


「探したよ、ウィス。まさかこっちに戻ってきてるなんてね」

「くそっ」


 この狭い空間で大立ち回りは無理だろう。少なくともイーヴの弓は使えない。文字通り追い詰められた状態になってしまっている。


「ちょっと待ちなさいよ」


 タン、とキーを叩いてアーネストが振り返る。一旦作業を中止すると彼女はシンやウィス達の前に仁王立ちになって腰に手をあてた。


「セレスタイトを滅亡させなくても、スクリーンを維持することはできるかもしれないわ。とっとと帰って王様に伝えなさい」

「何……?」


 反応したのは大男だ。話を聞こうとしたようだったがそれを邪魔したのはソルだった。


「駄目だよ。僕らの今日の任務は、ウィスの身柄確保。ついでにアルディラスを持ちだそうとする不逞の輩にもお灸をすえないとね。フリージア」


 無言でフリージアが構える。ウィスも剣の柄に手をかけた。


「仕方ないわね。あと一分待ってくれない?」


 何を思ったのかアーネストは口調とは裏腹の勢いで再び機械と向かい合う。ものすごい速さで画面がスクロールして行く。それをみつめながら手元には目もくれず、アーネストは再び走査を始めていた。


「アーネスト博士をお止めしろ」


 兵士たちが一斉にアーネストの方へ向かう。シンはとっさに銃を抜き、放った。イーヴも部屋の一番端に下がり矢を番える。

 半ば混戦になりかねない状態で戦闘が始まってしまった。


「よーし、いいわよ!」


 いかんせん人数で負けているのでこれ以上、引き延ばすのは危険だったろう。そう言われて視線だけで振り返るとずるりとアルディラスにつながれていたコードがはずれている。

 ごぽごぽと音を立てて浸していた液体がひいていく。アルディラスを奪え、ということだ。シンは銃を向けたが、銃撃ではケースは壊れなかった。


「オレがやる」


 ウィスが踵を翻すとまっすぐにケースへ向かって駆けた。それをフリージアが追う。


「はぁっ!」


 その鋭い蹴りが直前で背後から迫り、ウィスは間一髪身をかわした。途端。

 彼女の蹴りはすさまじい勢いでケースを破壊した。銃で壊れなかったケースを壊すとは信じられない強度である。しかし、手間は省けた。


「させない!」


 ウィスが伸ばした手に再び蹴りが襲う。


「眠りの雲よ、咎人にやすらかなる吐息を……!」

 リエットが詠唱を終えると、兵士たちを取り巻く空気が歪んだかのように見えた。実際目に見えたわけではない。そう感じただけだ。だが、確かに威力はあるらしく、ばたばたと兵士たちはその場に崩れ落ちた。


「あーあ、これだから下っ端は」


 ソルは強制催眠の晶術に耐性を持っているようだった。

 ソルとともに通路を塞いでいる男もだ。動いている敵はフリージアだけになってウィスとの攻防が続いている。フィンは突破口を開こうと退路を塞ぐソルに斬りかかり、サーベルを抜いてソルはそれを受け流す。

 フリージアの隙をついてアルディラスに駆け寄り、手を伸ばすシン。しかし。


「!?」


 触れたかと思われた瞬間、剣は鋭い光を放った。突然の出来事に目を覆う一同。

 アルディラスは唐突に消えた。

 そこにあるはずのものを掴みそこなったシンの手は空を泳ぐ。


「アルディラスが……」

「! 逃げるのよ」


 アーネストが大男に、容赦なく晶術を炸裂させた。ふいをつかれて後退した男の横をまっさきに駆け抜ける。


「させないよ」


 切り結ぶフィンが出遅れたが、ウィスが駆け様、加勢して隙を作り、シンも銃でサポートする。

 フリージアだけが最後まで追ってきたが、研究所の入口でアーネストが振り返ると両手を広げてその前に立ちふさがった。


「フリージア、やめなさい!」

「博士……でも、命令が」

「その命令には従う必要はないわ。世界を滅亡させる必要は、今はないの」

「必要が、ない?」


 フリージアは無表情だが、戦闘態勢を解いて首をかしげた。その後ろに悠然と、だが速足でこちらに迫るソルの姿が見える。時間はあまりない。


「そうよ。あとは自分で考えなさい」


 そのことを悟るとアーネストは踵を返した。揃って一気に庭を通りまで駆け抜ける。

 フリージアは立ちつくして、遠ざかるシンたちの姿をただ見送っていた。

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