第23話
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あんなに高くから光を注いでいた昼の陽は、地平線の彼方へとその場所を移していた。ただ高さが違うだけで、その色は力強い白から淡い赤へと変わり、どこか儚げな印象を残すのはなぜなんだろう。
「――……っ」
……フィーちゃん、大丈夫かな。
脳裏に、どこかホッとしたような、それでいて不安そうな彼女の顔が浮かぶ。泣きじゃくるフィーちゃんをどうにかなだめ、手をつないで帰ってきたのはつい先ほど。彼女の心配をよそに、遅い時間に帰ってきた私たちは当然、こっぴどく叱られた。
「――……い」
でも、フィーちゃんの言っていたことはやっぱり気になる。帰ってきたらみんないなくなってるって……まるで……
「――おい、マナ? 聞いてるのか?」
「ふぇっ⁉ は、はいっ!」
唐突に名前を呼ばれ、私はびくりと跳ねた。ぼんやりと浮かんでいた花畑の風景は薄れ、私の頭は現実をみるみる認識していく。
日焼けし、年季の入った木造の内装。各角に寄せるようにしてベッドが二つ置かれており、それだけで部屋のほとんどのスペースをとっている。すっかり昼の陽は落ち、壁にかけてある備え付けのランタンが淡く室内を照らしていた。
「えと……ここは……」
「は? 寝ぼけてるのか? 今夜は村の宿に泊まって、明日調査することになったんだろうが」
窓に寄りかかっていたゼトムが、訝し気にこちらを見据える。苛立たしさを微塵も隠すことなくしかめられたその顔は、ここ数日一緒に過ごして見慣れていてもやっぱりちょっと怖い。
「あ、そうだったっけ」
「ほんとに大丈夫か? ユナならともかく……」
「ちょっと! あたしならってどういう意味っ⁉」
それまで、窓際にあるベッドの上から心配そうにこちらを見ていたユナが吼えた。
「いや、どうも何もそのままの意味……」
「なにを~っ!」
「ふふっ……」
つい笑みが零れた。
なんだか、この二人のやりとりを見ているとホッとする。
出会ってからそんなに時間は経っていないのに、昔からそんなやり取りをしているような、そんな安心感がある。
「おい、今度は何をそんなににやけている?」
「ちょっとマナ~? なんか変なこと考えてない~?」
「アハハッ、そんなことないよ」
いくぶん気持ちが軽くなったことを心の中で感謝しつつ、私はユナの向かい側のベッドに腰を下ろした。
「ふん、まあいい。それより……何か話があるってことだったが」
「……うん」
ひとつ、深呼吸をする。そしてユナと目を合わせ、互いに頷き合ってからゼトムの方へと視線を移した。
「フィーちゃん、のことなんだけど……実は、この村で消えた一家っていうのが、フィーちゃんのお父さんとお母さんらしいの……」
「なんだと?」
「順番に、話すね」
昼の陽が沈みかけた花畑で、フィーちゃんが話してくれたことを思い出す。
フィーちゃんの家名は、クゥートルというらしい。クゥートル家とミルラン家は親戚で、フィーちゃんは大好きないとこであるカシューさんの家によく泊まりに行っていた。それこそ今日みたいに、花や小麦の話をたくさんしたり、昔話を読み聞かせてくれたり、いろんなことをして遊んでいたとのことだった。
「そして……フィーちゃんのお父さんとお母さんが消えた日の前日も……グスッ、泊まりに行っていた、らしくて……うっ、うっ……」
「朝ご飯をカシューさんたちと一緒に食べて帰ったら、フィーのお父さんもお母さんもいなくなっていたんだって」
涙声になっていた私に続いて、ユナが説明してくれた。
フィーちゃんの気持ちを考えると、自然に涙が込み上げてきた。ユナはそんな私の隣に来ると、フィーちゃんにしてあげていたみたいに、私の背中も優しくさすってくれた。
「そうか。そんなことが……」
「グスッ……フィーちゃん、お父さんもお母さんもとっても優しくて、村の人たちとも関係は良かったって言ってた! お金がたくさんあったわけじゃないけど、それでも夜逃げなんて絶対しないって……!」
「マ、マナ。落ち着いて……ね?」
「でも、でも……! フィーちゃんの気持ちを考えると……夜逃げなんて……!」
感情が悲鳴をあげていた。自分事じゃないのに、悲しくて仕方がなかった。
自分だけを置いて、家族が、親が、夜逃げをする。
つまりは、捨てられる。見捨てられる。いらないと、不要だと、一方的に突き付けられる。
「まだそうと決まったわけじゃないでしょ? まあでも……そうじゃない場合は、もっと状況が悪いけど……」
そうなのだ。ユナの言う通り、もし夜逃げじゃないとしたら、今度は行方不明ということになる。事故なのか事件なのかも不明で、今もフィーちゃんの家族がどこで何をしているのか、生きているのかすらわからない。悲しいのは……なにも変わらない。
「うっ、ううっ……」
「ほら、涙拭いて。悲しいから、このままにしたくないから……ゼトムに話すって決めたんでしょ?」
ユナが差し出してくれた端切れで涙を拭き、私はこくこくと首を縦に振った。
深呼吸を二度ほど繰り返し、息が整うのを待ってから、ゼトムの方を見る。
「グスッ……その、ゼトム。お願い。本当は、簡単な調査だけだったのかもしれないけれど……。私は……私たちは、フィーちゃんに心から笑顔になってほしい。フィーちゃんを、助けたい」
フィーちゃんは、ずっと笑っていた。麦畑でも花畑でも笑っていた。
でもきっと、心の奥底では泣いていたはずだ。
辛くて、苦しくて、悲しくて……。
いろんな人を笑顔にしたいと笑う彼女が心の中で泣いているなんて、私には耐えられない。
「だから、お願い――」
「……」
私の希望を聞いたゼトムは、黙ったままだった。窓辺に背を預け、腕組みをしたまま微動だにしない。
やっぱりダメ、なのかな……。
このお願いは、私たちの逃亡とは何も関係がない。むしろ、貴重な時間を使っているという点で避けるべきものだ。この間にも、国はあらゆる手を尽くして私たちを追っているだろう。だから、冷静に考えれば受けないのが最善策だ。
「……ごめんなさい。やっぱり……」
ゼトムの無反応という反応を受けて、私が俯きかけた時、
「――当たり前だ」
機嫌の悪そうな声が、室内に響いた。そして徐に私の前まで来ると、ポンッと頭に手を置く。
「ゼトム……?」
「マナ。お前、俺の過去知ってるだろ? なに一丁前にお願いなんてしてんだ?」
「え?」
「お願いなんてされるまでもない。これで見捨てたりなんかしたら、俺は大嫌いなあの村の連中と同じになっちまうしな。そんなのは死んでもごめんだ」
そう言うと、わしゃわしゃとゼトムは私の頭を撫でてきた。力が強くて、首が前に後ろに揺らされる。
「それに、カーラさんやカシューさんに聞いた話だと、もう既に国境付近は警戒配備態勢になっているらしいし、このまま行くわけにはいかない。あのイカれ野郎ども、こんな時だけはやたら迅速なんだよな。まあ、まさかこんな山間の農村にいるとは奴らも思っていないだろうし、少しくらいなら大丈夫だ」
く、首が、右に……左に……。
「でもまあ、なんていうか、お前らがそんなふうに言ってくれて良かった。俺も少し強引に連れて来ちまったからな。それに……もしお前らみたいなやつがあの時にいたら、あの頃の俺も変に腐らずに生きていけたのかも…………って、おい?」
「ふぇええ……め、目が回った……」
「ちょっとゼトム! 力強すぎだって言ってるじゃん!」
「わ、悪い……!」
視界がぐにゃりと揺れる中、どこか慌てた様子のゼトムと顔を赤くして叫ぶユナがいて。
何を言っているのかあんまりわからなかったけど、ひとまずゼトムが了承してくれたことが嬉しくて――。
私は安心とめまいのあまり、パタリとベッドに倒れ込んだ。
次の更新予定
2024年12月25日 21:00 毎週 水曜日 21:00
勇者(姉)と魔王(妹)の幸福追想録 矢田川いつき @tatsuuu
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