令和四年大晦日

小山らみ

令和四年大晦日

 胎内にいるような安らかな眠りがとつぜん終わった。蓋が開けられ光が射し、そこから取り出される自分と入れ替わるように戻ってきた仲間の「ああ、しんどかった……」というつぶやきが聞こえ、そして自分は運ばれていった。玄関の下駄箱の上へと。

 花瓶の前、小さな座布団、その上に置かれる。玄関の戸のすりガラスの向こうに脚立に乗って何かを上に取り付け降りる人の姿がぼんやり見える。用を済ませて家に入って来る時、自分を見てその人は言った。「ああ、うさちゃんでたんやなあ」

 にっこりしたやさしい表情。ああ、この家の人だ。そう、また一年ここで、この家の人たちを見守るのだ。

 ウサギ年、なんだな。小さな陶器の干支の置物のひとつであるウサギはそう思った。この家に来て、玄関に座るのはこれで四度目になるのか。声をかけてくれた人は老けた。でも元気そうだ。よかった。

 明日からウサギの一年が始まる。


 家の人たちが寝静まった夜。ウサギの前に天使が現れる。ウサギに合わせてウサギの姿をとって。透明感のあるウサギ像が白い光を放ちながら、下駄箱の上の定位置についたウサギに話しかけてくる。

「明日から一年、ここでこの家の守。準備はできたかの?」

「はい。いつもどおりです。静かに、何があろうと動かず、この家の人たちを見守り続けます」

「そう。この家に来たのは縁あってのこと。せめてよい縁にしようと願う。それを静かに目立たずでも逃げずにここで続けるのじゃ。受け持ちは一年。去年はトラさんががんばってくれた」

「ああ、しんどかった、と言ってましたが」

「この家の人たち自身にはとくに変わりはなかったようじゃが、外の世界の変化がかなりあったのじゃ。耳を澄ませてごらん」

 ウサギは耳をぴんと立てた。しばし沈黙。そして答える

「おお、これは……。大きな気の流れが、変わってしまっている。これまでとはちがう」

「そうじゃ。これからどうなるか、わたしらにもわからん。人がどう動くかは人次第になるからの。でも、何が起ころうと、ウサギよ、ここで静かにこの家の人たちの守を続けてくれ。たのむぞ」

「もちろんです。ずっとそうしてきました、そして、これからもずっと」

「うむ。それでは、わたしは次の場所に向かう。いい年になりますように」

「いい年になりますように」

ウサギ天使は消えた。暗い玄関にウサギは一人、静かに覚悟を決めて座っていた。


 次の日。寝坊したのか九時近くなってやっと家の人が起き出した。玄関を開け、郵便受けから年賀状と新聞を取り出し、家の中へもどっていく。もうウサギにいちいち声をかけるでもない。そこにいてあたりまえの、いつもそこにいるウサギに。

 ウサギは安心した。そして、この平穏が今年一年続くようにと願った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

令和四年大晦日 小山らみ @rammie

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る