第11話
イザベラはデイビッドが傷ついたショックで気を失い、その間に彼は王宮へ運ばれ、彼女は屋敷に戻された。
イザベラの屋敷、リード家には王太子の意向で騎士が派遣され、屋敷は物々しい雰囲気に包まれている
護衛騎士がイザベラを手にかけようとしてデイビッドを切りつけた事は、数人の目撃者がいて、その事実をもみ消すのはむずかしかった。
「何が起きているのだ」
「護衛騎士がなぜ?」
両親は戸惑っていたが、彼女には理由がわかっていた。
兄を尊敬し、王位など考えたこともない第二王子に野心を持った彼女が近づいたのだ。イザベラの作戦は成功し、デイビッドとの関係は良好で、恋人同士に見えていただろう。
食べ物以外に興味がなかった彼が変わり始めた。
物事に積極的になり、王太子派に不安が広がったかもしれない。第二王子が王位を狙っているかもしれないと。
イザベラがいなくなれば元のデイビッドに戻るはずと、考えたものがいたはずだ。
(殿下は自ら私を庇ってくれた)
護衛騎士がイザベラを殺そうとした時に、一瞬だけよぎった考えは今はない。
(殿下はルークだわ)
カタリナの王太子シモンたちへ恨み、ルークのへの想い、自身のデイビッドへの想いが彼女の中で交錯する。
(私のせいで殿下が傷ついた。私が側にいる限り、私を排除しようとする動きが止まらないわ)
ルークはすでにカタリナの復讐を遂げている。
ルーク……デイビッドの命をかけて彼女の野望を叶えることに意味はあるのか。
(ないわ。ルーク、デイビッド殿下には生きてほしい。幸せになってほしい)
彼がお菓子を食べる時、とても幸せそうだ。王太子について語る時少し誇らしげで、彼の兄への尊敬の念が伝わってくる。
(お二人ともとても仲が良く、殿下は穏やかに過ごされていた)
その幸せを、安穏をイザベラが壊そうとしていた。
(カタリナ……。ルークはあなたの復讐を成し遂げたわ。とても大変だったに違いない。彼が幸せだったのか、わからないわ。だから解放してあげましょう。今世では彼は幸せになるべき。カタリナ……お願い)
デイビッドを思う気持ちはいつの間にか大きくなっていて、イザベラは自身の中のカタリナに問いかける。
(ルークのために、殿下のために、身を引くべき。今は私は何もしていない。リード家が何かしらお咎めを受けるようなことはしていない。エドウィンは騎士になりたいと言ってるし、その夢を叶えてあげたいわ)
イザベラは目を閉じる。
再び目を開けた時、彼女の心は決まっていた。
☆
「イザベラ、大丈夫?」
「もちろんです。殿下には本当に申し訳ありません」
「君が謝ることではないよ」
王宮から使いが来て、イザベラは慌ただしく仕度をするとすぐに王宮へ向かった。まっすぐデイビッドの部屋に案内され、中に入るとすでに人払いされた後だった。
デイビッドはベッドから体を起こし、ルークと同じ茶色の穏やかな瞳を彼女に向けていた。
「イザベラ、まずは僕の失言を謝らせてほしい。君の気持ちをまったく考えてなかった。あのように簡単に言うべきではなかった」
デイビッドの謝罪に驚き、イザベラは記憶を探る。
復讐をやめるように淡々と語られたことを思い出す。
あの時はとても冷たく感じられたが、今のデイビッドは少し違って見えた。
「僕はルークです。カタリナ様。全てを思い出しました」
デイビッドは微笑み、それ笑みはルークのものに重なる。
姿形は変わってしまったけど、瞳や仕草は彼そのものだった。
「今世こそ、あなたに幸せに生きてほしい。そのために僕は何でもしたい。けれども王位はあなたを幸せにできないのです。僕が王位を望めばそれは血に染まったものになり、危険が伴う。そこに幸せなど何もないのです」
「殿下。私は、もう復讐を望みません。あなたが傷つく姿は見たくないのです。だから、殿下。婚約を解消してください。私はあなたの側から消えます」
「イザベラ?!」
「弟が家を継ぐまではリード家を支えるつもりです。しかし、その後は修道院で安らかに過ごします」
「イザベラ?なぜ、そんなことを!」
「私の存在はあなたの幸せの邪魔になります。私はあなたの幸せを願っているのです。ルークであるあなたの」
「イザベラ!いえ、カタリナ様。僕があなたの婚約者であるなんて、とても不釣り合いだと思っています。けれども、今の立場ならあなたを守ってあげられる。あなたのためにたくさんの花を捧げることも、宝石やドレスを贈ることもできるのです!」
「殿、ルーク?」
「僕は、あなたを愛していました。いえ、今でも。デイビッドとしてもあなたを愛しています。僕の幸せはあなたと共にあります。僕は臣下に下るつもりです。ですが領地をいただけるので、あなたに不自由はさせません」
「で、殿下?」
「僕はルークですが、デイビッドでもあるのです。イザベラ、僕はあなたを手離すつもりはありません。あなたを絶対に幸せにするつもりです。だから僕の側から消えるなんで言わないで」
デイビッドから語られる愛の言葉、それを噛み締め、イザベラは混乱していたが、喜びの中にあった。
傷が回復すると彼は領地を与えられ、公爵となった。
もちろん治める地方はサーウェルだ。
一緒に住みたいと懇願され、イザベラはあっという間にサーウェル公爵夫人となり、この地に戻ってきた。
領地に移り、仕事が落ち着いて、デイビッドはイザベラをある場所に案内した。
そこは森の中のひらけた場所で、小さな墓地と住居の痕跡があった。
「僕(ルーク)はここで死を迎えた。カタリナ様の眠るすぐそばで」
「こんなところで……」
寂しい場所だった。人里離れ、森の中に一人。
自然とイザベラはデイビッドに寄り添い、その手を握る。
「あなたには幸せになってほしかったのに」
「カタリナ様。それは無理です。あなたがいない世界なんて僕にとっては無意味だったから」
手を解かれたと思ったら、今度は指と指を絡ませ手を繋ぎ直された。すでに夫婦になっているのにイザベラは少し恥ずかしくなって俯く。
記憶を取り戻したデイビッドは積極的で、こうした触れ合いも多くなっていた。もちろん結婚する前からだ。
「ルーク。私は、あなたを愛していたわ。恐らくシモン様よりずっと。熱に浮かれた私は判断ができなかった。男爵令嬢であった私、平民になってあなたに嫁ぐ可能性もあったのに」
「カタリナ様?!」
「今度は選択を間違わなかったわ。ルーク、いえ。デイビッド様。私を愛してくださりありがとうございます。あなたを幸せにできているのかわからないけど、少なくても私は幸せです」
「イザベラ。僕も幸せに決まっている。君は僕を幸せにしてくれた」
「……本当ですか?」
「ああ」
「でしたらもっと食べてください。そんなに痩せられて心配です」
積極的に動くようになったデイビッドは体も鍛えるようになってしまい、みるみるうちに痩せてしまった。ルークと姿形が別だと思っていたが、痩せてみればまったく同じ容姿だった。
「……イザベラは僕のこの姿は嫌い?」
「そんなことは。ルークと一緒なので、もちろん、す、好きですよ」
「嬉しい」
「デイビット様。本当、行動まで別人みたいに」
「僕は変わってないよ。ただイザベラがとても可愛くて」
(それがなぜか別人みたいなんです)
ぽっちゃり王子と呼ばれていたのが嘘のように、デイビッドは貴公子然としている。たまに王宮に呼ばれ夜会などに出席すれば、悔しそうな令嬢たちの声が聞こえ少し胸がすかっとするのは内緒だった。
「私はあなたがお菓子を美味しそうに食べる様子が好きでしたのに」
「今でも大好きだよ。ただ食べる暇がなくて。前は暇だったのでずっと食べていたから」
デイビッドは苦笑する。
「さあ、屋敷へ戻ろう。机の上が書類で埋もれているかもしれない」
「そうですね」
彼の言葉に頷き、イザベラは墓地を後にする。
王太子妃になるために勉強したことは無駄にはならず、公爵夫人として夫の業務を手伝う日々を彼女は送っている。
彼女は今度こそ選択を間違わなかった。
今世は愛する人と二人、幸せな生活を送っている。
(Fin)
性悪令嬢とぽっちゃり王子 ありま氷炎 @arimahien
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