第10話
「ルーク。私は選択を間違ったの。シモン様、王太子殿下の性格も理解していなかったわ。ある意味、自業自得なのよ。だから、ルーク。私のことは忘れて、あなたの人生を生きて。これまでありがとう」
「嫌です。カタリナ様。あなたが旅立った瞬間、僕もあなたを追います」
「駄目よ。絶対に生きて」
ルークは子供みたいに泣きながら首を横に振る。しかし、鉄格子の向こうのカタリナは悲しげに微笑むだけだった。
どこで間違ったのか。
カタリナは王太子シモンに出会い、恋を知った。
ルークにはそう思えた。
元から美しい人がますます輝いて見えた。遠くにいってしまうカタリナを見送る事しかできない自身が歯痒かったが、元よりカタリナの嫁ぎ先までは従者はお供することができない。それは昔から理解していたつもりだった。
毎日別れの日を思いながら、カタリナに接する日々。
彼女の愛する王太子シモンについて何度も語られた。けれども、ルークはカタリナが王太子から物を贈られたりした事がないことに気がついた。言葉のみで語られるカタリナへの愛。
彼女が不服に思っている様子はなかったが、ルークは悔しかった。もし自身がシモンであれば毎日花を捧げ、宝石やドレスを贈るだろうだと。
そして、その日は突然きた。
カタリナが王太子シモンに誘われ、夜会に出席するということでルークも従者として付き添った。けれども会場には入れず、他の従者や侍女と共に別室で待つ。そして、ルークはカタリナと会えなくなった。
カタリナは叛逆罪で投獄、それは家族にも及びウィル家は男爵位を剥奪。毒を持って自害するように王家から命じられた。
カタリナが投獄され、ウィル男爵はすぐに蓄えを使用人たちに分け与え、解雇した。紹介状がないながらも、次の職が決まるまでは路頭に迷わないくらいの金銭をもたされ、使用人たちは死にゆく主人たちのために泣く者が多かった。
ルークはカタリナにどうにか会おうと、分け与えられた金銭を牢番に渡し、何度か彼女と面会することができた。
公開処刑が決まり、ルークはどうにか入手した毒をもってカタリナに会った。けれども彼女は彼が後を追うことを許してくれなかった。
処刑の日、ルークはどうしても見に行けなかった。毒を何度も飲んでしまおうとしたのに、カタリナの言葉が彼を留めた。
カタリナが殺され、数ヶ月後、王が病死、王太子のシモンが王位を継いだ。そこからサーウェル王国は滅亡の道を歩き始め、ルークはそれを早めるために手助けすることを決めた。
シモンの首は、ルークが刎ねた。その王妃の首も。
それから彼はカタリナが眠る墓地の側に小さな小屋を作り、そこで一生を終えた。
シモンを殺した時、達成感もあったが喪失感のほうが大きかった。
「カタリナ様。あなたの仇は打ちました。けれども僕はあなたの後を追いたかった。あなたのいない世界はこんなにも虚しい」
死ぬのを夢見て、彼は生き続け、小屋の中で命を終えた。
「デイビッド!起きたのね!」
「は、母上?」
「俺もここにいるぞ」
「あ、兄上も」
目が覚めて、デイビッドは自分が何者かわからなかった。自身を囲む人々の顔を見て、今の自分がサンザリア王国の第二王子デイビッドであることを理解する。
そうして今の立場を認識すると、自分に起きたことを思い出し、イザベラのことを思う。
「イザベラは!」
体を動かそうとした瞬間痛みで動けなくなった。
ピリリッと背中に焼けるように痛みが走る。
「動くな。イザベラ嬢は無事だ。屋敷で休んでいるだろう」
「そう、ですか」
痛みを堪えながら、兄に答える。
ベッドの中でイザベラとのやりとりを思い出しながら、自分が無神経だったと後悔する。復讐をやり遂げたのはルークであって、カタリナ自身ではない。無念が残るであろうと彼女に淡々と状況を説明するだけのデイビッド。
(彼女は、カタリナ様はどう思っただろう)
ーー「殿下。あなたはルークではないわ。私のルークならそんなことは言わない。絶対に!」
彼女の叫びが蘇り、愚かな自身に苛立つ。
(そんなつもりはなかった。あの時は自分がルークだと心の底からわかっていなかった。ただ客観的にイザベラに恨みを忘れ、幸せになってほしかっただけだ。今もそれは変わらない。けれども言い方があったはず)
「デイビッド?」
ベッドの上で身じろぎしなくなった彼へ兄チャーリーが呼びかける。
「それで、兄上。なぜ私の護衛がイザベラを襲ったのです!」
理由はわかっている。けれども八つ当たりに近い形で兄に問う。
「イザベラがお前にとって、王家にとって害をなす者を判断したようだ」
「何ですか。それは!」
怒りが身体中を支配し、痛みを堪えて体を起こそうとすると兄が止める。
「傷が開く。動くな」
「傷なんて、どうでもいいんです。それより、イザベラは無事なのですか!」
「無事だ。心配するな。あの男の独断だ。すでに投獄している」
「殺してください。イザベラを殺そうとした男など生きている価値はない!」
「デイビッド?」
激昂する息子を初めて見る母ーー王妃が戸惑って名を呼ぶ。
しかしデイビッドは構っていられなかった。
もしかしたら、他にもそのような輩がいて、イザベラを狙っていたらと思うと居ても立っても居られなかった。
デイビッドは押さえつける兄を睨み、離すように伝える。
「傷が開く。大人しくしろ。俺の、王太子チャーリーの名にかけて、イザベラ・リードの安全は保証する」
兄に静かに諭され、彼は抵抗するのをやめた。それでやっとチャーリーは弟から手を離した。
「傷を直すのに専念しろ。話はそれからだ。イザベラのことは任せろ」
「イザベラにまずは会わせてください!彼女の無事を確認したい」
「頑固だな。わかった」
兄は渋々ながら頷いた。
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