冬狐と雪

九戸政景

冬狐と雪

「はあ……今日も寒いな」


 雲一つない快晴の空の下、積もった雪が陽射しでキラキラと光る中を歩きながら短い黒髪の少年が呟いていると、隣を歩いていた銀縁眼鏡の少年は小さく溜息をつく。


「……冬なのだから仕方ないだろう、冬二とうじ。それに、寒さはこれから更に厳しくなるし、散歩がしたいと言い始めたのはお前だ。この程度で音を上げていては辛くなるだけだぞ?」

「そうだけどさ……雪凪せつなも知ってる通り、俺は寒さに弱いから、このくらいでも結構辛いんだよ」

「それならばカイロや厚着などで対策をすれば良い。クリスマスも終わり、そろそろ年末なのに、風邪をひいて寝込む年越しなどお前も嫌だろう?」

「まあな。それに……風邪っぴきの年越しも嫌だけど、独りぼっちの年越しももう嫌だな……」


 晦日冬二みそかとうじが立ち止まりながら表情を暗くしていると、狐塚雪凪こづかせつなは心配そうな表情で冬二に視線を向けた。


「冬二……」

「……正直、全然家にも帰ってこず、挙げ句の果てに酔っ払って車に轢かれて死んだ親なんてどうでも良い。

けど、他の家では家族でテレビを観たり楽しそうに料理を食べたりしてるのに俺だけがそういう経験に乏しいのはやっぱり辛かった。休み明けにクラスの奴らが楽しそうに話してるのに、俺はその会話に参加出来なかったからな」

「……ウチに呼んで一緒に過ごしても良かったが、前にそれをやってお前の両親が俺の両親を誘拐犯扱いした上にお前を肉体的にも精神的にも酷く傷つけるという出来事があったからな。

俺も両親ももどかしさを感じながらもお前を一人きりにさせるしかなかったのは本当に辛かった。お前が俺を受け入れてくれたから、俺には色々な友人も出来たというのにな」

「そんなの当然だろ。たしかにお前の家庭は少し特殊かもしれないけど、だからといってお前やおばさん達を拒む理由にはならないからな」

「……そうか。だが、俺はお前にとても感謝している。人間と妖狐の間に生まれた俺を受け入れてくれた上、修行が足りないが故に俺の正体がバレそうになる度にお前はそうならないように取り計らってくれた。そのおかげで俺は今も何も疑われずに学校に通えているし、両親と共に平和に暮らせている。

だから、俺達はお前の両親が亡くなった際、他に身寄りがなかった冬二をウチで引き取る事に決めたんだ。これまでの恩返しの意味もあるが、俺自身がお前と共に生きたいと願ったからな」

「俺と……なあ、それってどういう──」


 雪凪の言葉の真意を知るべく冬二が問い掛けようとしたその時、前方に視線を向けた雪凪は何かを見つけたような表情を浮かべた。

そして、それに疑問を感じた冬二が同様に前方に視線を向けると、反対側から一人の人物が軽く項垂れながら歩いて来るのが目に入ってきた。


「あれ……あの人、なんかショボンとしてないか?」

「そのようだが……声を掛けるのか? そうしたいのならば俺は止めないが……」

「うーん……なんで落ち込んでるのか気になるし、ちょっと訊いてみるか。このまますれ違っておしまいっていうのもなんだか嫌だしな」

「わかった」


 雪凪が頷いた後、二人は項垂れている人物へと近づいた。しかし、その人物との距離が近付き、その人物が金髪のポニーテールの少女であるのが明らかになると同時に冬二の表情に徐々に焦りの色が浮かび始めた。


「金髪のポニーテール……え、もしかしなくてもあの人って外国人か?」

「恐らくな。まあ、日本語が堪能な外国人も世の中にはいると聞く。とりあえず話しかけ、もしそうでなかったその時には俺が聞き取ってお前に伝えるとしよう」

「お、おう。そうだな」


 冬二が緊張した面持ちで答え、その姿に雪凪が小さく溜息をついた後、二人は金髪の人物の目の前に立った。


「あ、あの……」

Yesはい……?」

「あ、えーと……|Can you speak Japanese《日本語は話せますか》?」

「……一応は。でも、まだ勉強中だから、そんなに上手くない」

「そうは思えないけど……まあ、良いか。なんだか落ち込んでる様子だったから話しかけたんだけど、どうして落ち込んでたんだ?」

「もし、話したくないのなら、無理に話さなくても良い。俺達も嫌がる相手に無理に話させるつもりはない」

「だけど、ただ話すだけでもスッキリするかもしれないし、話しても良いなら話してみて欲しいんだ。もしかしたら俺達で力になれる事かもしれないからさ」

「貴方達……」


 ポニーテールの少女は驚いた様子で二人を見たが、すぐに安心したような表情を浮かべると、少し俯きながらゆっくりと話を始めた。


「……私、独りぼっちでお正月を迎える事になってるの」

「え……」

「……つかぬ事を聞くが、家族と不仲というわけでは無いんだな?」

「家族との仲は悪くない。でも、両親は新年にはまだ向こうにいないといけない。だから、私は独りぼっちなの」

「向こうって?」

「イギリス。私の父が勤めている会社が、日本に支社を作るみたいで、父がその支社に移る事になったから私と母さんも一緒に引っ越す事にした。

でも、父は向こうでの仕事の引き継ぎがあるからまだこっちには来られなくて、母もその間の生活のサポートのために向こうに残って、先に家の中を整えるために私が先に来た」

「なるほど……という事は、その仕事の引き継ぎがまだ終わらないために一人きりの新年になるわけか」

「そう。本当ならもう両親もこっちに来ているはずだった。でも、引き継ぎが予定よりも長くなってまだこっちに来られないって連絡が今朝来て、寂しさとショックで何も手につかなかったから少し歩きに来たの」

「そうだったのか……」


 少女の話に冬二が哀しそうな表情を浮かべながら俯いていると、雪凪は心配そうな顔を冬二に向ける。しかし、冬二はそれに気付くと、微笑みながら首を横に振り、微笑んだままで少女に話しかけた。


「たしかにそれは寂しいよな。他の家では家族で楽しく過ごしてるかもしれないのに、自分は一人だけっていうのは寂しいし哀しいと俺も思う。

でも、それなら他の誰かと過ごすのも手だと思う。家族と一緒ではないとしても誰かが傍にいるだけでもだいぶ変わるからな」

「……でも、こっちにはまだ友達がいない。荷物整理や掃除ばかりで誰とも関わってなかったから……」

「まあ、そうだよな」

「……冬二、まさかとは思うが……」

「ああ、雪凪が考えてる通りだ。俺はお世話になってる立場だから、勝手な真似は出来ないけど、このまま放ってはおけないからな」

「……そうだろうな。まあ、俺もそうだが、両親も特に反対はしないだろう。俺も同じ気持ちではあるからな」

「雪凪……ああ、ありがとな」


 雪凪の言葉に冬二がお礼を述べる中、少女は何がなんだかわからない様子で恐る恐る冬二に話しかける。


「……あの、話が読めないんだけど……」

「……なあ、君さえ良かったら年越しは俺達と過ごさないか?」

「貴方達……と……?」

「ああ。もちろん、出会ったばかりの俺達と過ごそうとするのは不安だろうから、断ってくれて全然構わない。だけど、それでも良いと思えるなら、一緒に過ごしてみないか?」

「冬二の説明だけでは不十分だが、俺の両親もいるから安心してくれて良い。まあ、冬二の言う通り、そうしてみても良いと思うならだが」

「え、と……面白そうだと思うけど、どうして誘ってくれるの? 貴方達も言っていたけど、私達は出会ったばかりなのに……」

「うーん……強いて言うなら、面白そうだと思ったからだな。いつも通りに雪凪や雪凪の両親達と過ごすのも良いけど、そこに君が加わるのも面白そうだと思ったんだ」

「そうなんだ……」


 少女は顎に手を当てながら軽く考え込んだが、何かを決意したような表情を浮かべると、顔をゆっくりと上げてからコクリと頷いた。


「……貴方達は悪い人達じゃ無さそうだし、そのお誘いに乗ろうかな。面白そうと思ったのは嘘じゃないし、他に一緒に過ごす人もいないから」

「よし、オッケー。それじゃあ、大晦日は雪凪の家で過ごすとして……その時には君の事は迎えに来ないといけないよな」

「そうだな……この近くに公園があったはずだ。そこで待ち合わせというのはどうだ?」

「公園……たしかにあった気がするし、私はそれで大丈夫よ」

「うん、わかった。それじゃあ大晦日の朝に迎えに行くから、そこで待っててくれ」

「わかったわ。あ、そういえば……まだ自己紹介をしてなかったわね。私はジャスミン・フロスト。貴方達は?」

「俺は晦日冬二、近くの高校に通う高校一年生だ」

「……狐塚雪凪、冬二の幼馴染みで同じ高校の一年生だ」

「高校一年生……それじゃあ同じね。冬二、雪凪、これからよろしくね」

「ああ、よろしくな」

「……よろしく頼む」

「うん。それじゃあ私はそろそろ行くわ。大晦日、楽しみにしてるわね」


 その言葉に冬二達が頷いた後、ジャスミンは微笑みながら後ろを向き、そのまま歩き去っていった。そして、ジャスミンがいなくなった後、冬二は小さく息をついてから雪凪に話しかけた。


「さて、それじゃあ帰って話し合いでもするか。ジャスミンに良い年越しをしてもらうためにもしっかりと話し合った方が良いしな」

「それは良いが……冬二、話を聞いてジャスミンにかつての自分を見ていなかったか?」

「……流石だな。ジャスミンには言わなかったし言うつもりはないけど、俺以外に独りぼっちの年越しをするような奴は作りたくないんだ。その哀しさも辛さもわかってるからこそな」

「……そうだろうな。お前がそう思っているだろうと思いお前の案に賛同したわけだが、考えないといけない事は多いぞ?」

「ああ、そうだな。けど、それを考えるのも楽しめたらそれはそれで良くないか?」

「……違いないな。では、そのためにも早々に帰るとするか。この件を両親にも伝えねばならないからな」

「ああ!」


 冬二が返事をした後、二人は来た方へ体を向けてから大晦日の件について話し合いながら家に向かってゆっくりと歩き始めた。





 大晦日の朝、朝食を食べ終えた二人は公園で待ち合わせをしているジャスミンを迎えに行くべく、出かける準備を進めていた。


「さて……それじゃあそろそろ行ってみるか。それにしても、おばさん達も俺達の考えに賛成してくれたのは本当に良かったな。

たぶん賛成してくれると思ってたけど、それはあくまでも俺の予想に過ぎなかったから、もしもダメだったらどうしようって思ってたんだ」

「そうか。だが、俺はまったくその心配はしていなかった。お前の考えは決して悪い物ではない上、俺も両親もお前が毎年この時期には孤独を感じていた事を気にしていたからな」

「だから、朝になったらすぐに挨拶に来てくれて、初詣にも連れていってくれたんだよな。アイツら、普段は俺の事なんて気にしてないのに、誰かと仲良くなる事や俺にとって良い事がありそうだと感じると、それは許さないって感じで、ギャーギャー言ってきてたからな……」

「ああ。そのせいでお前は中々クラスメート達からも話しかけられず、辛い日々を送っていたからな。だが、小学3年生の頃にお前の両親が亡くなった事で、お前はようやく肩の荷が下りたといった様子で笑みを浮かべる事も増えた。

 こう言ってはなんだが、お前の両親はお前にとって呪縛のような物であり、未来に進むための障害だったのかもしれないな」

「そうだな。成長するためには色々な物を乗り越える必要があるから、それは仕方ないとはいえ、本来は協力し合えるはずの家族がそれだったのは結構辛いよな」

「ああ。だが、お前はその辛さに耐え、今こうして新たな人生を一歩ずつ歩んでいる。その事を俺は尊敬しているし、そんなお前が友である事を誇らしいと思っている」

「雪凪……」


 雪凪の言葉に冬二は感動した様子を見せた後、とても嬉しそうな笑みを浮かべた。


「……へへっ、それなら俺もこれからも誇ってもらえるようにならないとな。でも、俺だってお前の存在はとっても誇らしいと思ってるんだぜ? 友達としても家族としてもさ」

「……そうか。ならば、俺もこれからも努力を惜しむ事無く精進し続けなければならないな。もちろん、お前の隣でな」

「ああ、これからもよろしくな。よし……新年直前に気持ちを新たにしたところで、そろそろジャスミンを迎えに行こうぜ、相棒!」

「ああ」


 雪凪が微笑みながら頷いた後、二人は揃って部屋から出てそのまま玄関へと向かいながらリビングにいる雪凪の両親に声を掛け、玄関のドアをゆっくりと開けて外へと出た。

そしてそれから数分後、待ち合わせ場所である公園に着き、二人が辺りを見回しながら中へと入っていくと、ベンチに座るジャスミンの姿を見つけ、冬二は嬉しそうな表情でジャスミンへと近づいた。


「よっ、ジャスミン。待たせたな」

「……あ、二人とも。ううん、私もさっき来たばかりだから大丈夫。それと……今日は誘ってくれて本当にありがとう。あの日の夜、向こうにいる両親にこの事を電話で話したらすごく驚かれたけど、自分達の事は気にせずに楽しんでおいでって言われたわ」

「そっか……」

「両親から反対されなかったのは少し意外だな。相手方の両親も同席してるとはいえ、異国の地で初めて出会った相手と、それも異性の家への宿泊を許可したわけだからな」

「私も少し気になって訊いてみたんだけど、私が行ってみたいっていうならその気持ちは尊重したいし、そんな状況で私が信用出来た相手なら、自分達も信じられると思ったからだって言ってたわ」

「信じられる、か……へへっ、そう言ってもらえるのって本当に嬉しいな」

「ああ。だからこそ、その信用は決して裏切らず、全員がしっかりと楽しめるようにしなければな」

「おう。よし……それじゃあ行こうぜ、二人とも」

「ああ」

「ええ」


 二人が返事をした後、三人は話をしながら歩き始めた。そして家に着いた後、三人が家の中に入ると、リビングから出て来た雪凪の母親が三人を見て優しく微笑む。


「あら、二人ともおかえりなさい。そして……隣にいる子が話してたジャスミンちゃんね?」

「あ、はい……ジャスミン・フロストです。本日はよろしくお願いします……」

「こちらこそよろしくね、ジャスミンちゃん」

「母さん、頼んでいた件だが……」

「ふふ、大丈夫よ。色々なサイズを用意してあるし、着付けも出来るから後は私に任せておいて」

「ありがとう、おばさん」

「どういたしまして。それじゃあジャスミンちゃん、ちょっとこっちに来てくれるかしら?」

「は、はい。けど……今から何をするんですか?」


 ジャスミンが恐る恐る訊くと、雪凪の母親はクスリと笑う。


「せっかくのお正月だから、ジャスミンちゃんに着物を着てもらおうと思ってね。後、初詣用に振り袖も用意してあるから、そっちも色々あててみましょうか」

「え……い、良いんですか?」

「ええ、もちろん。せっかく綺麗な子が来てくれたんだもの、もっと綺麗にしてあげたいわ。二人もそう思うわよね?」

「……否定はしない」

「俺もそう思います」

「ふふ、それなら良かったわ。それじゃあジャスミンちゃん、行きましょうか」

「は、はい」


 返事をした後、ジャスミンは雪凪の母親の後に続いて歩いていくと、冬二と雪凪は揃って台所に向かった。すると、そこには料理に集中する雪凪の父親の姿があり、二人が近づいていくと、雪凪の父親はゆっくりと二人の方に顔を向けた。


「おお、お前達か。例の女の子はもう来たのか?」

「ああ、今は母さんと一緒に和室にいる」

「おばさん、ジャスミンを更に綺麗にするって意気込んでましたよ」

「ははっ、ウチには娘がいないからな。それに、二人がこうして誰かを家に呼ぶ事も中々無かったから、母さんも嬉しいんだよ」

「そうか……」

「まあ、ウチも一般的な家と違うし、冬二も雪凪も理由があって友達を中々作れなかったから仕方ないけどな。でも、オレも正直安心はしてるよ。二人に新しい友達が出来たのは喜ばしいからな」

「おじさん……」

「さて、それじゃあ二人にも料理を手伝ってもらうか。俺だけでも間に合わせられるけど、三人でやればもっと余裕を持って準備を終わらせられるからな」

「はい!」

「ああ」


 二人が返事をした後、三人は手分けをして食事の準備を始める。それから約一時間が経ち、食事の準備が終わりかけた頃、そこにニコニコ笑う雪凪の母親と少し頬を染めながら鮮やかな赤い着物を着たジャスミンが台所へと入ってきた。


「みんな、ジャスミンちゃんのおめかしが終わったわよ」

「どれどれ……おっ、似合ってるじゃないか」

「そうだな。しかし、だいぶ気合いが入っているように見えるな」

「ウチには女の子がいないし、こんなに可愛い子がいるなら気合いだって入るわよ。本当はもっと小物にも拘りたかったけど、それは振り袖の時までお預けね。ジャスミンちゃん、着物がきついとかはない?」

「だ、大丈夫です……でも、こんなに良いもの着せてもらって本当に良かったんですか……?」


 ジャスミンが少し申し訳なさそうにする中、冬二はジャスミンの目の前に立ってにこりと笑う。


「良いんだよ、これも国際交流みたいなもんだからさ。それに、おばさんが言うようにジャスミンは可愛いからもっと色々な姿を見てみたいと俺は思うぜ?」

「ほ、本当に……?」

「ああ。おばさん、ジャスミンの着物と振り袖の写真を撮ってジャスミンの両親に送ったら、すごく喜ばれますよね?」

「そうね。自分の娘がおめかしした姿だもの、本当は直接見たかったって悔しがられちゃうかもしれないわ」

「ですよね。ジャスミン、せっかくだし写真を撮ってもらって、両親に送ってみろよ。仕事を頑張る活力にもなるだろうけど、早く見たいから仕事を進める手も速くなるかもしれないぜ?」

「う、うん……わかった」


 そして二人が台所から出ていくと、雪凪は静かにため息をつく。


「はあ……冬二はまたそんな言葉を易々と言ってしまったな」

「だって、正直な感想を伝えるのは悪い事じゃないだろ?」

「そうだが、以前もクラスメートの女子に対して先程のような言葉を言い、その女子にまるで気があるように思わせてしまっただろう? その時の反省を活かす気はないのか?」

「ないわけじゃないさ。ただ、その後ちゃんと勘違いさせたのは謝って、今では異性の中で色々気兼ねせずに話せる仲になったわけだし、結果オーライだろ?」

「まったく……」


 冬二の言葉に雪凪が再びため息をつく中、雪凪の父親は面白そうにクツクツと笑う。


「やっぱり、冬二は面白いな。まるで昔の俺を見てるみたいだ」

「おじさんもおばさんと出会った時は色々アプローチをしたんでしたっけ?」

「そうだ。初めは人間なんてと言われ続けたけど、何度もアタックする内に……」

「父さん、その話はまた今度聞く。そろそろ昼食の準備をした方が良いんじゃないか?」

「お、それもそうだな。よし二人とも、美味しいって喜んでもらえるように頑張って作るぞ」


 その言葉に二人が頷いた後、三人は準備していた物を仕上げてそれを一度しまい、昼食の準備に取り掛かり始めた。




 夜、夕食と年越しそばを食べ終えた冬二は雪凪の両親が揃って後片付けをする中で雪凪とジャスミンと共に居間でくつろいでいた。


「はあ……食った食った」

「いつもと同じ量の夕飯を食べた上に年越しそばまで食べれば満足もするだろうな。ジャスミンはどうだ?」

「うん、私もお腹いっぱい。二人はいつもこんなに美味しいご飯を食べてるんだね」

「ありがたい事にな。俺も初めは流石に遠慮して量を少なめにしてたけど、遠慮しなくて良いって言われてその言葉に甘える事にしたから今では雪凪よりも食べるようになったんだ」

「母さん達も作り甲斐があると言って喜んで作るからな。だが、それはお前の様子に安心しているからというのもあるだろうな」

「冬二の様子……?」


 ジャスミンが首を傾げる中、冬二は雪凪とアイコンタクトを送り合った後に話し始めた。


「俺さ、本当の両親が結構酷くて、昔から雪凪達にはお世話になってて、俺からすれば雪凪と雪凪の両親が本当の家族みたいなものなんだ。それで、本当の両親が事故で死んで雪凪達が引き取ってくれる事になって、今みたいに暮らせてる。

 だから、俺からすればジャスミンが結構羨ましいんだ。仕事の都合で一緒に大晦日や正月を過ごせなくても、そこにはしっかりとした家族の愛があるからさ」

「冬二……」

「本当は言うつもりはなかったけど、こんな話題になったからな。ジャスミンを誘おうと思ったのも俺の目の前で一人だけの年末を過ごす奴を作りたくなかったからだし、正月だって退屈も孤独も感じさせない。それは約束するよ」

「……うん、ありがとう。あの日、二人に出会えて本当に良かったよ」

「へへっ、それなら良かった。あ、そうだ……雪凪、あの日に俺と一緒に生きたいと願ったからって言ってたけど、結局あれってどういう事なんだ?」


 冬二の問いかけに雪凪は静かに答える。


「簡単な事だ。俺はお前の事をただの友人ではなく、恩人であり一番の友として思っている。そんな相手だからこそ共に生き、そばで支え続けたいと感じた。それだけの事だ」

「……へへっ、そっか。ありがとうな、雪凪」

「礼には及ばない。それに、お前は異性に対してあまりにも口説くような言葉を言いすぎる。そんなお前の事を止める役割が一人でもいなければ、お前はいつか恋情のもつれから命を狙われてもおかしくないからな」

「そうかな……」

「……まあ、雪凪の言いたい事はわかるかも」

「え、そうなのか?」


 冬二が不思議そうにする中、ジャスミンは呆れたようにため息をつき、雪凪もやれやれといった様子で首を横に振る。そして冬二がわけがわからないといった様子で首を傾げていたその時、玄関のチャイムが鳴り、玄関先から流暢な英語が聞こえ始めると、ジャスミンはハッとしながら玄関へ視線を向けた。


「え……どうしてお母さん達の声が聞こえるの?」

「……ウチの両親が呼んでおいたんだ。ジャスミンの写真を日中に送った時、実は仕事が既に終わっていて日本には来ていたらしく、ジャスミンを驚かせたいからと言ってウチの両親と相談をしていたようだ」

「え、なんで雪凪だけ知ってるんだよ?」

「冬二はうっかり話してしまうかもしれないからな。ジャスミン、早く両親のところへ行ってやるといい。ジャスミンを寂しがらせてしまった事を悔やんで、死に物狂いで仕事を片付けたようだからな」

「……うん、わかった。でも、二人も一緒に行こう。こっちで来年も仲良くしたい程に良い友達が出来たんだよって自慢したいから」

「そういう事なら喜んで」

「同じく」


 冬二達が答えた後に三人は揃って立ち上がると、微笑みながらゆっくりと歩き始めた。

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冬狐と雪 九戸政景 @2012712

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