後編
オーラス。点数状況は俺とスギさんの点数が突き抜けており、スギさんがほんのわずか上。他の2人にはほぼほぼチャンスが無い。実質、俺かスギさんのどちらかが勝者となり得る状況だ。
もちろん、スギさんもほんの少し上に勃った程度で、手を緩めるようなことはしないだろう。格の違いを見せつけるべく、最後までアガりにくるに違いない。
つまり俺かスギさん、どちらかアガった方がこの勝負を制すると言っても過言では無かった。
絶対にこの勝負をものにしたい。
そんな思いに応えるかのような好配牌、好ツモ。
再び四巡目にチンパイとなる。しかも、ヤミチンでアガっても問題ない手だ。。
……だが、ここで俺も考えを曲げるわけにはいかなかった。ここまでチンパイが入った時は全てリーチンをかけてきた。そうして強引にアガり続け、他者の点棒を倒し続けたことで今の状況がある。今更、自分の考えを曲げることは自分のこれまで培ってきた勃ち筋そのものを否定してしまうに他ならない。
「リーチン」
俺は絞り出すように言った。点棒もパンツの下から絞り出した。
形は五面チン。東1の三面チンでアガれなくとも、この手なら間違いなくアガれる……!!
だが……その時、異変は起こった。
「それ、チンボじゃない?」
横の同卓者からのまさかの指摘。指さされた俺の股間の方に目をやると……点棒が一筒の如く縮んでいたのだった。
まさか、こんな土壇場で。
必死に点棒を勃たせようと試みるが、何をしてもダメだった。手組をしても柔らかなまま、ノーチンから変わる気配が無さそうだった。
「だから言っただろ。最後までイケんのかって」
スギさんはそう言って、呆れたような笑みを浮かべた。
リーチン宣言をしてる以上、フリチンとなるため、ツモでしかアガることは出来ない。
いや、そもそもこんな情けない状態でアガるような勃ち手に誰が大事な財産を託して打って欲しいと思うのだろうか。
土壇場で勃ち切れない人間に信用は無い。
ああ……この瞬間、俺の代勃ちとしての可能性は終わったのだ。
後は、無様に負けを認めるしか無いのだろう。
「じゃあ、ぼちぼち終わらせてやるとするか」
そんな俺を介錯するかの如く、スギさんが追っかけリーチンをする。
スギさんの点棒は依然として健在だった。俺と違って、要所要所で力を抜きつつも、ここぞと言う時に存在感を見せつけアガってきた人だ。力の入れどころ、ヌキどころををきちんと把握しているからこそ、ここまで最強を誇示してきたのだ。
最後の最後までスギさんは美しかった……。
その所作、美しさを目に焼き付けようと俺はじっくり見続けた。今回は負けだが、きっとこの経験が明日へとつながるに違いないのだから。
だが……頭では負けを認めているというのに、なんだか点棒が熱くなっていくのを感じていた。
こんな美しい人をあと一歩のところまで追い詰めることが出来た。
いや……間違いなく勝っていたはずだ。配牌も、ツモも、点棒そのものだって負けたつもりはない!!
それがたかだか体力の限界を迎えた程度で負けを認めるだなんて……自分自身が許せない。
振るい勃て! あの美しさを糧にもう一度自分を勃ちあがらせろ!!!!
「……どうした、もうおねむの時間か?」
黙りこくっていた俺に対し、スギさんが言う。
俺はスギさんの目を見据え、はっきりと言葉を返した。
「あなたの点棒のおかげで、俺の点棒も再び輝けるようになりました」
俺は大きく息を吐くと、力強く宣言した。
「二人勃起(ダブルリーチン)」
その瞬間、俺の点棒がグンと天を向いた。
誰よりも高く、誰よりも長く。
俺の竿雀人生の全てが今、この一筋へと集約されたと言っても過言では無かった。
全てはスギさんを討ち取るため……!
「……フッ、こんな面白ェことは何十年ぶりだろうな」
スギさんは小さく微笑みながらそう言った。
数分後、死闘に幕が下りた。
スギさんは愚形待ち。それに対し、俺の五面チン。勃ちさえすれば、確率の上では俺が勝つのだし、実際にその通りだった。俺のアガリ牌を掴んだスギさんが放銃することとなり、その瞬間、俺の勝利が決まった。
終わった瞬間、スギさんは大きく息を吐くとゆっくり立ち上がった。
スギさんの点棒は先ほどまで死闘を繰り広げていたとは思えないほど萎びていた。
「スギさん!!」
俺はそんなスギさんの様子を見て叫ばずには居られなかった。けれど……その後に何を言ったらいいのか、俺は言葉が出なかった。
スギさんはそんな俺を見ていつものようにニヤつくと、俺の肩をポンと叩き言った。
「老兵は去るさ。後は頼んだぞ」
それっきり、スギさんと会うことは二度と無かった。今、何をしているかも定かではない。
今でも竿雀をしているのだろうか。あるいはとっくの昔にのたれ死にでもしているのだろうか。
けれども……あの日、あの闘いで得たものを忘れることは無いと思う。
そして、願わくばあの人のように最後の最後まで自分を信じ、時には誰かにその輝きを分け与えられるような竿雀でこれからも勃って行こうと思う。
「リーチン」
そうして俺は今日も点棒を勃て続けるのだった。
竿雀 菊池ノボル @Q9C_UPR
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます