竿雀

菊池ノボル

前編

「リーチン」


 真夜中の雀荘に、俺の声が静かに響き渡る。今日は人生をかけた大事な戦いだ。俺ら以外の人払いはとっくに済ませてある。


 東1四巡目の先制リーチン。待ちも三面チンと絶好だった。

 俺は牌を横に置くと、パンツを脱ぎ、点棒を出す。むき出しとなった点棒はまるで天を貫く柱の如く、天井に向かってそり立っていた。今日も角度は充分だし、問題は無いだろう。リーチンがリーチンとして認められるかはこの点棒に全てがかかっているのだから。


「フッ……若造が。若さに任せたガムシャラで最後までイケるのか?」


 対面のスギさんがいつものように不敵な笑みを浮かべて言った。


「スギさんに無い俺の取り柄ですからね。今日は、あなたを超えさせて貰いますよ」


 この地域の竿雀打ちにとって,スギさんは憧れの存在だった。竿雀の技術も運気も全てが超一流。そして何よりその所作に得も言えぬ色気があった。まるで女を優しく労わるように繊細な手つきを見せたかと思えば、強引でワイルドな手つきを見せつけ、自らの点棒を自由自在に操る。老若男女問わず、誰もがその勃ち筋に釘付けとなるのだった。


 かく言う俺も、その勃ち筋に魅了された身だ。

 いつかあの人を超えた勃ち手になりたい。

 その思いを心に秘めながら何年もの間勃ち続け、今ようやくこの地域最強の代勃ちをキメる場へと勃つことが出来た。

 これが最初で最後のチャンスかもしれない。

 だからこそ、ここで全力を尽くし、是が非でも俺がスギさんより強いことを証明する必要があった。


 だが……十巡目。そんな思いをあざ笑うかのように、スギさんは無筋を叩きつけ、追っかけリーチンとしてきた。

 スギさんは俺に相対する形で点棒を見せつける。六十代とは思えないほどの角度を持ったその点棒は黒く妖艶で危うい光を放っており、まるで抜き身の日本刀を思わせた。

 その気配に蹴落とされてしまったのがマズかったのだろう。俺がツモったのは二枚切れの九萬。

 その牌を卓に置いた途端、発せられたのはロンの一言だった。


「リーチン、一発、手淫子(シーコイツ)。裏は乗らないから6400か。まっ、上々の滑り出しだな」


「九萬の地獄単騎……!? そんなので俺のリーチに対抗したって言うんですか!?」


「出ると思ってたからな。何も出ねぇのに勃てたって仕方ないだろうが」


 ……ふぅ、そこまで確信をもって言われたらしょうがない。

 スギさんは今も変わらず、自分の感性に正直に打っている。それを存分に理解できたのなら6400なんて安いものだ。


 だからこそ、超えがいがある。俺は大きく息を吐くと、改めて決意と点棒を硬め、次局へと向かった。

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