TATIBANA警護探偵事務所
制服警察官は、街頭に出て勤務をするので、いかなる事案にも対応できるように、手帳・手錠・警棒・拳銃などを携帯する事が決まっている。
しかし、刑事の場合は基本が内勤になる。
制服警官が逮捕してきた人間や関係者から事情を聴取し、捜査してきた内容を整理して、刑事事件として検察庁への橋渡しをする課が”刑事課”である。その”刑事課”に所属する警察官が刑事と呼ばれているのだ。だから階級が低くとも、刑事課に所属すれば刑事という事になる。
刑事ドラマでは、刑事が制服警察官をアゴで使うような場面が見られるが、あれは全くの誤りで、制服警察官の中には、刑事よりも階級が上の人間もいるのだ。
実際に私がレイプ犯を現行犯逮捕する事なんて事は先ずありえない。
逮捕された犯人の取り調べや、被害者への事情聴取が私の主な仕事であり、直接捜査に参加する場合は、私のようなキャリアを持つ女の警察官が必要な場合に限られる。
ちなみに日本警察ではテレビドラマで有るような潜入捜査は認められていない。
犯罪の元締めが海外からSNSを使って指示を出す強盗殺人事件が発生し、ルフィイと名乗る指示役が逮捕されたが、それらは氷山の一角であり、SNSを使った闇バイトや違法薬物の密輸はますます増えている。
特殊詐欺や麻薬の密輸などに対しては欧米で行われている潜入捜査は必須になって来たのだが、その為の法の整備や技術の研究などは 日本では全く進んでいない。
西欧のように潜入警察官に架空の身分が与えられ、その為の架空の運転免許証などの書類を作成出来るようにならなければ、潜入捜査は事実上難しい。
SNSなどを使った犯罪手法の変化に 警察の対応はついて行けてないのが現状なのだ。
◇ ◇
橘警護探偵事務所は繁華街の外れの雑居ビルの一角にあった。
「浜崎ですが・・」
と私が声を掛けると
「あ、浜崎刑事さんですね。聞いてます、こちらえどうぞ。」
と若い男性社員が私を案内する。
今日は、ここで警護されているマリアさんの様子伺いに来たのだ。
「こちらにお入りください。」
と社員がドアを開けてくれて、私は部屋に入る。
部屋は豪華なオーディオが置かれており55インチのPCモニターも2台設置されている。大型のソファーにマリアさんが寝そべってスマホで何かを見ている。
私に気が付いたマリアさんが起き上がって言う。
「あ!浜崎さん。来てくれたんですか!」
「退屈してるんじゃあ無いかと思ってね、差し入れをもって来たのよ。」
「嬉しい。もお退屈で死にそうなんですよ。いつまで此処に居なくちゃあなんないのかなあ。誰も教えてくれないし・・」
「この部屋凄くない?めちゃ豪華じゃないの。」
「ここは社長室けん応接間なんですよ。橘さんはオーディオマニアなんです。私の部屋より快適だからいつもここでゴロゴロしてるんです。あ、あのスピーカー1台で40万円するんだそうですよ。全部セットで100万以上したって橘さんが自慢してました。探偵社ってそんなに儲かるんでしょうかね。」
私は持参したスイーツやワインをテーブルに取り出す。
「別にここで良いんだよね?マリアさんの部屋でなくても。」
「大丈夫ですよ。私の部屋は寝るときだけだから・・あ、グラスを持ってこなくちゃあ・・」
とマリアさんが立ち上がる。部屋の奥にはバーカウンターが有り冷蔵庫も設置してある。
そこえ橘さんが入ってきた。
「浜崎さん!来ていらっしゃったんですか。」
「あ、お邪魔しています。今日はマリアさんのご機嫌伺に来ました。」
「そうですか、どうぞごゆっくりなさってください。あ、ワインが有るんですね・・それじゃあ寿司でも頼みますか。もうすぐ晩飯時間だし・・よろしかったら私も仲間に入れて下さいよ。」
と橘さんが言う。
「じゃあ、今からパーティーね!ビールも注文しましょうよ。」
とマリアさんの表情が輝いてくる。
◇
「橘さん、マリアさんはいつまで警護が必要なのですか?」
と私が聞くと
「わからないんです。闇サイトで殺しを依頼するなんて事はこれまで無かったことですからね・・ただ、目安は持っていますよ。殺しの発注元が消えれば殺し屋もいなくなります。」
「消えますかねえ・・」
と私が言うと橘さんは言った。
「消すんですよ・・」
ぼそっと言ったその言葉は、確信に満ちてそれ以上の質問を受け付けない凄みがあった。
一瞬気まずい雰囲気になったが マリアさんの一言ががそれを救ってくれた。
「ねえ、あの曲掛けてよ。橘さんの好きな曲・・イチゴ白書?・・」
「いちご白書をもう一度でしょう?橘さんってあの歌が好きなんですか?」
と私が言うと、
「はい、私のテーマ曲みたいな物なんですよ。聞きますか?」
と橘さんが立ち上がる。
DVDをセットするとコントローラーで選曲をする。
・・・
・・・
・・・
・・雨に敗れかけた 街角のポスターに・・
・・過ぎ去った昔が 鮮やかに蘇る・・
・・
・・二人だけのメモリ どこかでもう一度・・
・・
橘さんが歌に合わせて歌う。
「僕は 無精ひげと~髪を伸ばして~ 学生集会にも時々出かけた~
就職が決まって髪を切った時 もう若くないさと君に言いわけしたね~
君も見るだろうかイチゴ白書を~ 二人だけのメモリ~ 何処かでもう一度~」
歌い終わると橘さんが言う。
「これは荒井由実さんの詩でしてね。私は荒井由実さんより1才年上なんです。」
「え!そうなんですか?もっとお若いのかと思いました。」
「いいえ、もうすぐ70才になります。この歌は私の青春そのものなんですよ。あの頃は若者が社会正義を守る気だったんです。日米安保同盟に反対し、ベトナム戦争にも反対していました。学生集会にも行きましたよ。デモを規制する機動隊とも戦いました。この眉毛の上の傷もその時のものなんです。でもその暑い季節が終わったんですよ。私も髪を切って警察学校に入ったんです。・・もお若くないさと君に言い訳したね・・これは私なんです。」
「若者が社会正義を守ろうとしてたのですか。この歌ってそういう時代背景があったのですね。」
「夢は破れましたけどね・・あの頃を体験した熱き心は記憶の中に残っているのですよ。当時巣鴨に米軍の野戦病院が有りましてね。ベトナム戦争で負傷した黒人が次々と運び込まれていたんです。池袋の辺りは大きな黒人が小さな日本人女性をぶら下げるようにして歩いていましたよ。若い子が米軍兵士に媚びを売る姿は見るのも嫌でした。私はまだ純真な青年でしたからね。・・戦争に反対するだけでテロリストのように扱われました。警察は国家の為に有るのか!人民の為に有るのか!なんて街頭で叫びました。・・あの戦いが終わった時・・私の青春も終わったのだと実感しました。それが何かのきっかけで鮮やかに蘇るんですよ。私の場合はこの歌なのですがね・・」
国家のための警察なのか・・
国民のための警察なのか・・
国家が国民だとは言い切れない・・
当時私が警察官として現場にいたのなら・・
純真な橘少年を私はどう見たであろうか・・
・・就職が決まって髪を切った時 もう若くないさと君に言いわけしたね・・
・・君も見るだろうかイチゴ白書を 二人だけのメモリー 何処かでもう一度・・
橘さんの熱き思いに触れた気がして・・
胸が熱くなって・・ 目が涙で潤んだ・・
お酒のせいかもしれないのだが・・
性暴力担当刑事、由美子👩 紅色吐息(べにいろといき) @minokkun
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