モノカキ

@Ayumu_Toriyama

第1頁

 蝉が忙しなく自らの存在証明をする声も聴き慣れてきた高校二年の夏休み。七月後半のこの町では、カップル達が「今年はどこへ行こうか」なんて会話ばかりが耳に入る。


「君を小説にさせてください!」

その一言から僕の夏は始まった。


 毎年変わらない夏。僕、田村 からすは、所属する文芸部が秋に文化祭で発表する部誌の小説の構想を練るために、同じく文芸部に所属する仲間の納谷なたに あさ、通称アサ先輩と小さなカフェに来ていた。

 彼、アサ先輩はプロの高校生作家だ。作家業が忙しく、単位が足りなかった為に、学年は僕と同じ二年生だが、年上なので「アサ先輩」、と呼んでいる。

 「アサ先輩、僕は今年もファンタジー系で行こうかと思うんです。ただ……テーマが……」

 先輩はオレンジジュースにガムシロップを注ぎながら、返事をする。

 「うーん、いいんじゃね〜……。どうするん?やっぱ流行りに乗っかって異世界モノ?」

 僕は少し考えてから、

 「いやあ…… 確かに流行りに乗っかってウケ狙うのもいいですけど、僕はやっぱり設定よりも、世界観や文章の美しさを押し出した感じの…… そう、村上春樹の『海辺のカフカ』みたいな!」

 先輩は、四つ目のガムシロップを注ぎ終え、こちらを見てニヤリと笑う。

「理想高えなあ〜」

 部室と変わらない、ゆるい会話。ゆるい時間。こうやって誰かと、物語に向き合う時間が僕は一番好きだった。

 「ヒロイン像はもうなんとなく決まってるんですよ!」

 これから生まれるであろう作品の話につい熱がこもる。

 飲みかけのアイスコーヒーの氷がカランと音を立てる。温くなる前に飲み干そうと、グラスをあおる。

 おかわりを注文しようと 手を挙げる。

洗い物の手を止め、やってきたウェイトレスの顔を見て僕は、この時間が夢でないことを願った。

 艶やかな黒髪は肩のあたりで切り揃えられ、前髪も同様に綺麗に揃えられていた。大人びていて整った顔立ち、肌は透けてしまいそうなほど白く淡く、注文を聞くその声は夏の風のように澄んでいた。

 僕は小説を書く時、登場人物の人物像は細かめに決める。今、なんとなくの段階だがアサ先輩と練っている今回の小説。彼女はその理想とするヒロイン像そのものだった。

 呆然とする僕に、はてな顔をする彼女。

僕の名前を呼ぶ先輩の声も遠く感じる。

 ハッと我に帰り、注文を告げる。

「アイスコーヒーのおかわりを……」

月明かりのように眩しい笑顔で彼女は

「かしこまりました」

と伝票を書いて行ってしまった。

「おいカラス…… どうしたんだ?」

アサ先輩が不思議そうに僕の顔を覗き込む。

さて困った。なんと答えようか。

「いや……そのですね……」

 狼狽える僕に先輩は

「なんだ?」

きょとんとした顔 そんな言葉がふさわしい顔をしている。

「ついさっき話してた今年の部誌の作品のヒロインなんですが…… まさに今の彼女そのものなんですよ」



 先輩は悪い顔で笑う。ああ、失敗した。

「カラスぅ…… お前……」

 先輩の次の言葉はなんとなく読めてきた。

「違いますよ!恋とか一目惚れとかそんなんじゃないです!」

 「ほぉ〜う」

ニヤニヤと笑う彼が年上じゃなかったら、僕は彼を殴っていたかもしれない。

「本当です!ただ、彼女を小説にしたい!……ってのも気持ち悪い話ですが……」

 本当に気持ち悪いのは百も承知だが、純粋に物書きの端くれとしてそう思ったのだ。

 「まあ確かに美人だった。美人を見ると物語浮かぶのはわかるわ」

 天才学生作家の肯定を受けるとは、少し嬉しかった。

「年は……多分俺らと同じくらいだな。苗字は神田さん、っていうみたいだぜ。名札つけてた。」

 彼とこの店に来てよかったと心から思う。僕にはそこまで見る余裕はなかった。

 ガムシロップたっぷりのオレンジジュース(もはやこれは『オレンジジュースのようなもの』だが)

をストローで飲みながら、アサ先輩は

「どうすんの?連絡先とか聞いちゃう?あっ、でもカラスヘタレだし、俺が代わりに聞こうか?」

 こういう時のアサ先輩は頼りにもなるが 同時にぶん殴ってやりたくもなる。

 「いいですよ!自分で声かけます!ヘタレじゃないってのを証明してやりますよ!」

 と、意気込んだはいいものの、なんて声をかけようか。

 珈琲を淹れる彼女を横目に僕は考える。

正直なところ、僕は女性が得意ではない。

『よければ連絡先を教えてもらえませんか?』

いやいや、ナンパか。

『僕と友達になってください』

友達の一人もいないやつだと思われるのは心外だ。

 そうこうしているうちに、彼女はアイスコーヒーの入ったグラスを持ってきた。

「あの……!」

もうどうにでもなれ。

「君を小説にさせてください!」

 彼女はさっきまでの月のような、静かで柔らかな雰囲気から一転して

「私、小説とかだいっきらいなんで。」


こうして 僕の夏は始まったのだ。

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