正しい正月の過ごし方

淀川 大

火星のちょっとだけ横のあたり

「ねえ、ウッキー。この宇宙船で間に合うの?」


「大丈夫だ、サッキー。ワープは三回もやっているし、軌道も最短コースを選択している。問題はない」


「なにが問題ないよ。その三回のうち一回はガニメデの量子スタンドでクーポンと交換した『ワープ一回お得券』を使ったワープでしょ」


「駄目なの?」


「私、耳飾りと交換したかったのに」


「でも、ワープは三回しないと、地球まで今日中には帰れないから、仕方ないじゃないか」


「だから、どうして今日中に帰らないといけないのよ」


「今日は大晦日だぞ。お義父さんに孤独で寂しい年越しをさせるつもりなのか?」


「それを言うなら、ウッキーのお義母様は、どうなのよ。土星の実家で独りでお正月を迎えることになるわよ。お体だってお悪いのに、独りにして心配じゃないの?」


「お袋にはクリスマスに『土星リングケーキ』を送ったじゃないか。それに昨日電話した時は元気そうだったし。大丈夫だよ」


「あのケーキは只の薄切りバームクーヘンじゃないの。しかも、あんなに底上げして、CMでは厚切りケーキとか言ってさ。あれ、JAROに訴えた方がいいじゃろなんて」


「僕らが訴えても、どうせ信じてもらえないよ。僕らはウサギだぞ。まったく」


「そういう話ではないでしょ! お義母様が寂しがられるのではないかしらと思うのよ。でしょ。心配じゃないの?」


「その、母親って言い方はやめてくれよ。僕らは結婚したんだ。僕ら二兎に親が四兎。結婚する時にそう話したじゃないか」


「分かってるわよ。だから、ウッキーの亡くなられたお義父様が倒れた時も、エウロパの施設に入れたんじゃない。木星のウチからも近いからって」


「まあ、そうだけど、今は思うんだよねえ、ウチで引き取っても良かったんじゃないかなあって」


「え? なに? じゃあ、あなたがカリスト衛星の人参工場で働いている間は、私が家でずっとお義父様の世話をすればよかったっていうの?」


「いや……そこは、ちゃんと二兎で分担して……」


「ウッキーは口ばかりで、全然やらないじゃない。六番目の子が生まれた時も、一兎で庭で縄跳びばかりしていたでしょ。あてにならないわよ!」


「男には跳びたい時もあるんだよ。それより、どうする? お義父さんへのお土産。火星で『マーズのまーずい饅頭』でも買っていくか? へへへ」


「その笑い方やめてよ。前歯が出てるんだから、いやらしく見えるでしょ。それに、ウチのパパになら、月で買えばいいわよ」


「月の店はバッタものばかりだろ。例のほら、ネズミたちが長耳のカチューシャつけて、自分たちは小柄なウサギですって顔で堂々と偽物の『ウサギの餅つき餅』とかを売ってんだぜ。ひどいよなあ」


「去年の年末は縞々の全身タイツ着て『僕たち子供のトラです』って言ってトランシーバーを売ってたわよね。子供たちに七個も買っちゃったけど、結局どれも壊れていて使えなかったのよね」


「だろ。だから、そんな所でお土産を買うことはないだろう。一応、ウチの工場で人参を分けてもらったから、それを後ろに積んできた。それでいいだろ?」


「カリストの『カリカリ人参』? まあ、喜ぶと思うけど、ウッキーはいいの? 従業員に支給した商品の分は、お昼の人参を一本減らされちゃうんでしょ。よかったの?」


「大丈夫だよ。少しはダイエットしないとね。それに、今年はアルバイトでカレンダーのモデルとかしたから、結構に臨時収入もあったし。それで補填しておくよ」


「あんな男にそこまでしなくてもいいのに……」


「自分の親のことをそんな風に言うものじゃないよ。確かにお義父さんは昔気質の方で、まだ『カメは嫌いだ』とか、『カチカチ山は冤罪だ』とか言っているけど、そう悪い方でもないじゃないか。大事にしなきゃ」


「ウッキーは若い頃のパパを知らないから、そんなことが言えるのよ。私たち家族がどれだけパパに酷い目に遭わされたか、前にも話したでしょ!」


「まあ……でも、歳をとったらみんな弱るわけだし、多少のことは水に流してさ……」


「多少のことじゃないわよ。私なんか中学の時に一日中『大リーグ養成ギプス』を付けたまま兎飛びをさせられたのよ。おかげで……」


「おっと、危ない。トラさんたちの百トントラック宇宙船だ。相変わらず荒い運転だなあ」


「もう帰るのかしら。任務は今日までのはずよね」


「おおかた、銀河紅白歌合戦が今流行りの訳の分からん連中ばかりだから、イライラしたんだろ。トラさんたち、短気だからなあ」


「もう少し、視聴者たちの属性とか考えたらいいのにね。あんなチャラチャラした草食動物ばかり出てたら、トラさんたちも気の毒よね。知ってる歌手なんていないだろうし」


「だな。それより、どうする。子供たちが目を覚ましたら、先にお義父さんに動画通信でもしておくか? もうすぐ着きますよって」


「そうね。ちゃんと準備してくれているかしら」


「大丈夫だよ。お義父さんは幡国いなばのご出身じゃないか。根が生真面目で几帳面なのは折り紙付きだろ?」


「まあ、そうだけど……でも、本当によかったの? お義母様、お独りで大丈夫かしら」


「……」


「やっぱり、私、先にパパに電話してみるわね。ちゃんと荷物の準備をしておいてって。もう歳だし、忘れているといけないから」


「年寄は急かさない方がいいんだよ。御宅にお邪魔して少しゆっくりしてから出発すればいいじゃないか。この宇宙船はお義父さんが乗っても、まだ、あと二兎は乗れるんだから、心配いらないよ」


「中古だけど、買い替えて正解だったわね。少し高かったけど、車椅子対応だし」


「せっかく、今年の正月は地球のお義父さんと土星のお袋も一緒に、孫たちと冥王星まで温泉旅行に行くんだ。これくらいの宇宙船じゃないとな。あ、お得ワープ券はあと何枚残ってる?」


「あと三枚はありますよ。ネックレスとの交換もあきらめたので」


「悪かったよ。五月のラビットデーには何かプレゼントするから。ありゃ、子供たちが起きてきたぞ」


「はいはい。みんな顔を洗ってちょうだいね。これからお爺ちゃんにホログラム電話をかけますよお。お着替えもしましょうねえ」


 赤い人参型の高速宇宙船は青い星に向かって真っすぐに飛んでいった。


 了


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正しい正月の過ごし方 淀川 大 @Hiroshi-Yodokawa

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