第38話 北魏・金人鋳造についての話

《カクコン中は宣伝させていただきます》

 第9回カクヨムコンテストに中華もの2作品で参加中です。本稿で紹介して来た書籍由来の情報・知見等を活かして書いております。よろしければお読みいただけますように!


 「花旦綺羅演戯 ~娘役者は後宮に舞う~」(https://kakuyomu.jp/works/16817330647645850625

 女が舞台に立てない時代と国で、後宮で「国一番の娘役」を目指すヒロインの活躍を描いたエンタメ活劇です。京劇モチーフの演劇を描いています。


 「魁国史后妃伝 ~その女、天地に仇を為す~」(https://kakuyomu.jp/works/16817330666693315522

 「皇太子の生母は死を賜る」という祖法によって姉を殺されたヒロインが、すべてに復讐することを誓う悪女成り上がりもの。直近数話で語っている北魏の風習を参考にしています。


      * * *


 今回は北魏の特徴的な風習である金人鋳造きんじんちゅうぞうについての話です。拙作「魁国史后妃伝」でも登場させたので、宣伝も兼ねて語ります。


 金人鋳造の風習とは、皇后冊立などの重要な案件に際して、候補者に銅の像をらせて吉凶を占う、というものです。無事に像が完成すれば吉として事を進め、ひび割れたり直立しなかったりなどの不備がある場合は凶として事を取りやめる(たとえば皇后冊立を占った場合は皇后になれない)、となります。


 新品の十円玉を思い浮かべればお分かりいただけるかと思いますが、銅とはいっても錆びていなければピカピカなので、できたての銅像は光り輝いて金人と呼ぶのにふさわしい見た目だったのではないかと思います。


 北魏ならではの風習ということで、つまりは鮮卑せんぴ族由来の儀式だろうと思うのですが、なんでこんなことしてたんだろう、とふんわり思っていたところ、たまたま読んだ中華とはまったく関係ない本で答えの片鱗っぽいものと出会いました。

 「世界史を変えた金属」(田中和明 秀和システム 2023年)によると、古代において母なる大地から金属を生み出す冶金やきん術は母体から赤子を取り上げる産婆術と同様に無から有を生み出す技として神聖視されていたとのこと。神話伝説において、しばしば地中から黄金を発見するモチーフが見られるように金属およびその加工は神秘の存在であり信仰の対象であった──という感じの記述でした。

 であれば、鮮卑族が溶けた銅が固まる様に天意を見出したのも当然のことなのかもしれません。



 さて、この金人鋳造、字面は理解しても実際にどんなことをしていたか(どんな像なのか、サイズ感は、誰がどう行うのか等々)はさっぱりイメージできていなかったので、「中華を生んだ遊牧民 鮮卑拓跋の歴史」の記述より中華ドラマ「北魏馮太后」でもこの儀式を行ったシーンがあると知って楽しみにしていました。


 「北魏馮太后」で金人鋳造が描かれたのは、ヒロインである淑儀シューイーの皇后冊立と関連した流れにおいて、でした。

 太后(文成帝の乳母)は思慮深い淑儀シューイーを推すいっぽうで、貴人きじん(前回も言及した、皇子を産んで死を賜ったヒドインちゃん)も文成帝の寵愛を受けている。どちらを皇后にすべきか──となった時に、ほかの妃嬪も交えて金人鋳造で決めるぞ! となる、という流れです。


 この点について、「中華を生んだ遊牧民 鮮卑拓跋の歴史」では史実とは違うよね、という指摘をしています。金人鋳造で占うのは「ある特定の候補者が皇后になることについて」の吉凶であって、複数の候補者を一斉に占ったのでは全員が成功した時どうするんだ、というわけです。確かに。


 もうひとつ、私が調べた範囲でも明らかに史実との相違を指摘できる点として、「北魏馮太后」では金人鋳造を行わせる意味を「皇后に相応しい忍耐力や勤勉さを持つかを見るため」と説明しているところがあります。で、淑儀シューイーをはじめとした候補者たちは一生懸命冶金に励んだり、いっぽうで我が儘な李貴人は「こんなのイヤ!」と投げ出してたりするわけですが。

 上述したように、この儀式は占いなので練習の成果を披露する類のものではない……と思います。製作者側が分かっていないはずがないので、物語上、ヒロインは真面目に頑張る良い子です! という描写のためにそうした、ということだと思うのですが。歴史を堂々と改変している辺りに、こうやって良いんだ! という心強さを感じますね。


 ちなみに、「金人」の造形は、二歳児くらいかな、抱きかかえられるくらいのサイズ感で、仏像っぽい姿のものでした。仏像っぽいと思ったのは私の知識不足かもしれないですが、なんか福福しい姿だったと思います。文成帝は我が子のように抱いていましたが、実際造ると何キロくらいになるんでしょうね……。


 なお、上記の記述を見てお気づきでしょうか、「北魏馮太后」の描写では金人鋳造の儀において皇后候補者たちが自ら冶金に励んでいました。後宮にいる時のひらひらした衣装のままで溶けた銅を扱ってる映像は危なっかしくてとても怖かったです。


 この描写、私にとっては少なからず驚きでした。「候補者に銅の像をらせて~」とはいうものの、「候補者の名において」とか「候補者に采配させて」という意味であって、手ずから鍛治場に足を運んだという意味ではないと思っていたんですよね……。ほら、「東大寺を建てたのは聖武天皇」という時に、聖武天皇が自らのみを振るったとは考えないじゃないですか。


 これも、作劇上ヒロインの見せ場を作るための改変なのかなあ……と思っていたのですが。国立国会図書館デジタルライブラリーで閲覧できる「支那歴代後宮秘史」の北魏の章を見ると(https://dl.ndl.go.jp/pid/1181046/1/106)、「皇后を立てる時、必ず先ず金を鋳って人の像を造らせ(略)」(傍点筆者)とありました。えっそうなの?

 何を根拠にした記述なのかは不明ですが、どこかに「皇后候補者が自ら鋳る」と断言できる史料があるのでしょうか。あるんでしょうね。謎です。それならそれで良いけど、安全な格好でやろうぜ、と思います。


 とはいえ、少なくとも皇后冊立の時はそうだったとしても、金人鋳造を行うすべてのケースにおいて候補者がやるものではなかったのではないかと思います。

 なぜなら、北魏を実質的に滅ぼした(と言って良いはず)爾朱じしゅえい(爾朱が姓)が傀儡として擁立する皇族を選ぶ際、候補者それぞれについて金人を鋳たところ、唯一長楽王げん子攸しゆうぶんのものだけが完成したので、彼を奉じることに決めた、というエピソードがあるからです。

 誰を皇帝にするか、は内密の話のはずなので、いちいち候補者を呼び出して鋳造させたはずはない……と思うのですよね。なので、ケースバイケースだったのでしょう。


 この金人鋳造も面白いというか絵的にも映えるイベントなので、拙作中にも組み込むことは当初から考えていました。ヒロインの皇后冊立に際して妨害合戦があったり──という展開も一瞬検討したのですが、「北魏馮太后」で似たような展開があったので止めました。そのていどのことはみんな考えますよねーーー!

 というわけで、「魁国史后妃伝」における金人鋳造の儀は「そういう風習があります」という描写に留めています。描写のためにYouTubeで銅のインゴットや銅鏡を作っている動画を見ましたが、溶けた金属は確かに恐ろしくも神秘を感じるものがありました。


 (金人鋳造について、史実でもたぶん妨害工作はあったのではないかと思います。時代的に、鋳造の条件が安定しない・結果が予測しづらいがゆえに占いになり得るのは理解できるとしても、失敗する方向に操作するのは比較的簡単そうですから。何回も金人鋳造を試みても成功せず皇后になれなかった妃の影に蠢いたかもしれない思惑に想いを馳せるのも楽しいものです)

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