第3話
いざお城へ
成人式のときにきたワンピースを引っ張り出し、フィルムのしかなかったけれどカメラを持ち、もし誰か知っている人に会えたらサインがもらえるようにメモ帳とペンも持った。もしかしたら冒険が始まったりしちゃうかもと思っていろいろ詰めたリュックも準備したけれど、あまりにワンピースに合わなかったので諦めて最小限の荷物にしておいた。そしてその荷物を持ち、本棚の前で時計に見える角度で座り、今か今かと六時になるのを待っている。きっとジェフが言っていた本は、挿絵のないあの児童書だとわかっているのでけれど、本棚の中でなにか起きるかもしれないとか、時間になったら本棚から勝手に飛び出してくるのではないかとか、そんな想像ばかりしてしまって、なんとなく本棚からは出せずにいた。
なかなか進まない時計の針をにらみ続け、とうとうあと十秒である。本棚を見つめ、ものすごいスピードで動く心臓を抑えるように左胸の上で拳を握りしめ、カウントダウンをする。何一つ見逃さないよに目を見開く。
「3・2・1……」
カチッカチッと先ほどまで見つめ続けた時計の針の音が響く。目の前の本棚もなんの変りもない。本棚から飛び出してくるどころか、何も起こらなかったのだ。思わず大きなため息をついた。あんなにドキドキしていたのが馬鹿みたいである。やっぱりただの夢だったのだろうかと心が少し痛む。しかし、ジェフは本のページに招待状が現れるといっただけで、他にはなにも言っていなかった。勝手に私が期待していただけで、ただただ静かに招待状が現れるという可能性もある。気を取り直してお気に入りの本に手を伸ばした。
「126ページ、126ページ……」
はやる気持ちを抑えてページをめくる。次のページをめくれば126ページだ。私はゆっくりとページをめくった。
126ページにはなにも書いていなかった。これはおかしい。招待状どころかもともとあった文字たちも全て消えている。確実になにかが起こっている。心臓が一気にスピードをあげていくが、肝心の招待状がないので喜んでいいのかはわからない。なんとか招待状を見つけようと、映画や本で見た文字を浮かび上がらせる方法なども思い出してみる。水をかけたり、なにか言葉を言ったりあるはずだ。できることを考えながら、ひとまず撫でるようにページに触れてみた。すると明らかに違和感があったのだ。柔らかく温かで、少しふわふわとした感触だった。触った指を見てみると金色の細かい粉が付いている。私はもう一度ページを撫でる。すると今度は金色の粉が舞い上がった。私は嬉しくなり何度もページを撫でた。そうするとチケットのような形と文字が浮かび上がってきたのだ。
『 NINA
~ SPECIAL ANNOUNCEMENT ~
I WOULD LIKE TO INVITE YOU TO OUR CASTLE 』
人生でこんなにも嬉しかったことがあるだろうか。派手なものではないかもしれないが魔法をこの目で見たのだ。招待状に触れるとふわりと浮きあがり、私の目の顔の高さまで浮かびがると、何度か波打つように揺れて見せた。もう私は興奮で泣きそうである。おそるおそる両手を出すと招待状はゆっくりと私の手の中に納まったのだ。目に涙が浮かび、切れないように、そしてぐちゃぐちゃにしないようにでも強く握りしめる。夢にでてきた世界は現実であの美しいお城に私は招待されたのだ。喜びを噛み締めると同時に招待状を握る力も強くなる。すると突然招待状が暴れ始めた。驚いて手を離すと、招待状は空中で私に文句を言うように動いたのだ。
「もしかして痛かった?」
そう聞くと、今度は頷くように動いた。どうやら強く握りしめすぎて痛かったようだ。そしてこの招待状は意思疎通ができるらしい。まさに魔法だ。謝りながらも私は大興奮である。
「あの、招待状さん。お城に行くのってこのワンピースで大丈夫ですかね?お城なんていったことないから持ち物とかもどうしたらいいかわからなくて…」
意思疎通ができるならと気になっていたことを聞いてみる。せっかく招待されたのだ、恥はかきたくないし楽しみたい。答えを求めて招待状を見つめる。そうすると招待状は何度か首を振ったり頷いたりといった動きを見せたが、それだけでは何を言っているかがわからない。何度か繰り返し動いてくれたがやっぱり私が理解していないことが分かったらしく、急に目の前からいなくなった。急いで目で追うと、私がサイン用に準備していたメモ帳とペンのところに移動していて、そのままペンに巻き付いた。招待状は器用にペンの蓋を外し、メモ帳に何か書きだした。
「魔法の国 何もいらない」
なるほど、どうやら何の心配もいらないらしい。それはそうだ、私が行くのは魔法の国なのだ。魔法はただのかぼちゃを馬車にだって変えられる。きっとどんな姿で訪れたって素晴らしい体験になるはずだ。そう思うと急に安心して、ワクワクした気持ちが一気に増してきた。
「ありがとう招待状さん。」
私はすぐにワンピースを脱ぎ捨てて、お気に入りのTシャツとジーンズに着替え、そして冒険が始まるかもといろいろ詰めたリュックを背負う。水筒やお菓子、ハサミや懐中電灯、ロープまで頑丈ではないが似たような紐、といろいろいれているためリュックはそれなりに重いが、今は全く感じない。とにかく楽しみで堪らないのだ。招待状もそんな私を見て満足そうに揺れ、するりと私のTシャツの胸ポケットに収まった。
「ご飯食べないのー?」
招待状がポケットに収まり、そのタイミングを見計らったように、母が私の部屋のドアを開けて入ってきた。
「なに部屋の中でリュック背負ってるの?何度も呼んでるのに返事はないしご飯食べないわけ?」
心臓がどきりと音をたてたが、別におかしなことをしているわけではないし、母は私が少し変わった子だということが分かっている。何かおかしくても何も言わないだろう。
「ごめん、聞こえてなかった食べる。」
「ならさっさと降りてきて。」
そう言うと母はすぐに部屋を出て行った。私は一息つき、胸ポケットを覗くと、招待状は大丈夫だよとでも言うように何度か頷く。なんだか招待状から離れてしまうと全てなかったことになってしまいそうで、私はポケットの上から何度か招待状を撫でると、そのまま魔法の世界へ行く前の腹ごしらえに向かった。
時刻は九時半、あと三十分で時間である。私は落ち着かなくて狭い部屋をうろうろしている。海までは十分ほどで着いてしまうので出るにはまだ早いが、興奮と緊張でどうしたらいいのかわからない。
「むり!!待てない、もう行く!!!」
むしろ九時半までよく待った方だ。我慢の限界の私は、リュックを背負いなおし、胸ポケットの招待状を確認して、部屋を出て玄関に向かって階段を駆け下りる。
「お母さんちょっと旅行行ってくる!」
「なに?旅行?今から?」
「そう!大学の友達と!さっき決まったの深夜バスで行ってくる!行き当たりばったり旅行だからいつ帰ってくるかわかんない!」
かなり怪しい話だが、他に言い訳も思いつかなかったので、止められる前に家を出てしまうのが正解だ。私は言い切ってすぐに家を飛び出した。
道路を早歩きで進み、あっという間に海まで到着する。道路の街灯のおかげで、少しは明かりがあるものの、海水に近づくほど暗く、何も見えなくなっていく。夜の海はなんだか引きずりこまれてしまいそうで苦手だ。でも今日は月が綺麗に出ていて、その光が海面に写り、一本の月の道ができていて美しかった。引きずり込まれるというより、誘われるというようだ。私にとって特別な夜だからだろうか、もしかしたら月の道を進めば魔法の国にたどり着くのかもしれない。暗く、美しい海は早くも非現実感を感じさせた。
海を眺めている間にもう残り十分を切っていた。木の根元までは少し時間がかかるのだ。その木は普段から車や人が通る道路から、砂浜につなぐ道からだいぶ歩き、山と砂浜がぶつかるところに生えている。たぶんガジュマルの木だと思う。砂浜と繋がっている山にはガジュマルは生えていないのに、なぜか一本だけ、砂浜から一番近くに生えているのだ。私はこのガジュマルの木の陰になる砂浜に寝ころんで本を読むのが好きだった。普段見ている木の根元には何もなかったが、これから一体何が現れるのだろうか。
ようやくその木までたどり着く。腕に着けた時計を見ればもう一分も経たずに十時だ。一度大きな木を見上げて深呼吸をする。「大丈夫、これは現実だ、落ち着いて目の前に現れた世界を楽しもう。」そう自分に言い聞かせ、恐る恐る根元をのぞき込んだ。
大きな穴が開いている。ただそれだけだ。中は全く見えない大きな穴だ。招待所のときもそうだが、派手さが本当にない。これが正解なのかわからなくて戸惑ってしまう。でもきっとこの穴に入れということだと思う。ジェフは木の根元を見ろとしか言っていなかったので、なにか特別なことをしろと言うわけではないはずだ。見ればわかるという範囲のことだろう。そしてここには大きな穴しかない。考えられるのはこの穴に入ること以外はないのだ。先の見えない穴に入るのは少し怖さがあるが、これから魔法の世界に行けるというのにそんなこと言ってはいられない。
「招待状さん、この中に入るんだよね?」
胸ポケットを覗こう少し引っ張ると、その隙間からふわりと招待状が出てくる。そして頷いたりと返事をするかと思いきや、そのまま飛んで穴の中へあっという間に入って行ってしまった。やっぱりこの穴に入るので間違いない。私はリュックをギュッと握りなおすと、両足をそろえ、思い切って穴へと飛び込んだ。
パジリムの王国 きなり @kinari345
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