第2話

はじまり

 本をひたすら読み続けて終わったその日、私は夢を見たのだ。寝るときに強く考えていることが夢に出てくるとよくいうが、こんなにも自分の望んだ夢を見られるものなのだろうか。本当に驚くくらい私の望む内容だったのだ。

 目を閉じた瞬間、暗闇の中に蛍の光のような少しぼやっとしたカラフルで大きな光が目の前にいくつも現れだしたのだ。そしてそのままその光に囲まれながらにくるくると底の見えない暗闇へと落ちていった。

 落ちた先は、白く綿のような塊だった。バスタブのような形と大きさで、ただ雲のように柔らかく白い。落ちた衝撃を見事になくし、受け止めて包んでくれるようだった。背中からその雲バスタブに落ちた私は、真っ青の空しか見えず、ひとまず雲バスタブを触り、いったいこれは何かと柔らかさを確認したあと、ゆっくりと起き上がった。

 見えた世界はとても美しかった。一番最初に目に入ってきたのは、辺り入り一面広がった青々とした芝生、その芝に出ている虹、紫色をした真ん丸の実をつけた大きな木たちだった。ふわりと風が通ると芝生からオレンジのような甘酸っぱい香りがした。そしてよく見てみると芝生にでている虹は可愛らしい小さなお花たちだった。カラフルなお花が綺麗な列をつくり色ごとに並んでいてまるで虹のように見えるのだ。そのお花の虹は大きな円をつくり、何重にもなって遠くまで続いていた。雲バスタブはその中心で、一番小さな円の中にあるようだ。

 パチンと音がして振り返ると、花火のようなキラキラした粉が木の周りを飛んでいた。不思議に思い近づくと、丁度目の前で紫の実が落ちてきたと思えば、空中でパチンと破裂して花火のようにキラキラと舞ったのだ。まるでピーターパンの妖精の粉である。キラキラと光りながらゆっくり落ちていく様子に見惚れているとパチン、パチンと連続でまた実が落ちてきて私の周りがキラキラと輝きはじめた。その様子ももちろん綺麗だったが、なによりも目を引いたのが、少し遠くに見えるそれはそれは美しいお城だった。少し遠くにあるので細かいところまではわからないが、おとぎ話に決まって出てくるような大きく立派なお城だ。真っ白のお城に、多くの美しいお花や実をつけたおそらくツルだと思われるものが巻き付いている。その実は先ほどの紫の実のように破裂して輝くようで、お城の周りで常に小さな花火が上がっているようだ。そしてそのお城の周りをオーロラの川が囲っている。その川は小さい頃に気に入っていたオーロラ色の折り紙のような見た目でぐるりとお城を囲っている。オーロラの上に浮かぶ、光り輝くお花の城という構図だ。川には橋がかかっていてお城に渡れるようになっている。私はこの光景があまりにも自分のユートピアのようだと思った。そして惹きつけられ無意識にお城へと足を動かして始めていた。

 歩きはじめ3つ目の虹の円にたどり着いたとき、突如奇抜なおじさんが真横から登場してきたのだ。

「ニナさんですか?はじめまして。ジェフと申します。」

あまりに突然奇抜なおじさんが現れたので、すぐに反応ができず、私はおじさんをじっと見つめてしまった。ジェフと名乗るおじさんは、紫の生地に白い鎖模様が敷き詰められ、ピンクのチャックのついた上下セットのジャージを着ている。そしてその上に紺色のロングコートを羽織り、同じく紺のつばの広いガルボハットをかぶっていて、ショッキングピンクの紐が付いた黒のスニーカーを履いている。奇抜な服装で目立たないような気がするが髪の毛はくるくるのパーマだ。迷彩模様のリュックを持ち、丸眼鏡もかけている。正直訳が分からない服装でキャパオーバーになりそうだが、おじさんにはよく似合っていて違和感がないのでなんとか頭が追い付いてきた。

「私はニナですが…一体なんでしょう?」

 じっと見てやっと頭が追い付いたので、恐る恐るきくとおじさんはクイッとメガネをあげて咳払いをした。

「ジェフはここの案内人をしております。ようこそニナさん。あなたをあのお城に招待いたします」

 舞台やミュージカルのような大げさな話し方が気になるが、とにかくジェフそう言って振り返り、お城を指した。そこには変わらず美しい白いお城が建っている。

「ジェフさんどういうことですか?招待?」

「突然のことで驚くのも無理はありません。ですが聞いてくださいニナさん、あなたは魔法や不思議な世界を信じていますね?それです。そこが大事なのです。大人になってもまだ信じてくれている貴方に感謝の気持ちを示すため、狭間の城へご招待しているのです。」

よく分からないがとにかく私をあのお城に招待してくれるということらしい。ジェフはニコニコと私を見ながらそう告げた。

「招待って今からあのお城にいくってことですか?」

「いえいえ、違います。あなたに正式な招待状をお渡してからのご招待でございます。」

 そう言ったあとジェフはこちらに一歩近づき、私の両手をギュッと握った。

 「ニナさんいいですか、あなたの世界に戻ったら、午後6時あなたの一番お気に入りの本を開いてください。その本の126ページにあなたへの招待状が現れます。それを持って、夜10時に海へ向かってください。砂浜に大きな木があるあなたの町の海です。着いたらその木の根本をみてください。わかりましたか。」

ジェフを私の手を握ったまま、目を真っすぐに見て「私を信じてください。」そう続けた。あまりに真剣に言うものだから、私は思わず頷いた。それを見たジェフは満足そうに笑って手を離した。

「わかっていただけたなら今日はもうここまでです。さあ、落ちてきたところへお戻りください。」

雲バスタブを指しながらそういうと、ジェフは私の肩を掴んでくっると回転させると、背中を優しく押し出した。その瞬間私はふわりと浮かび上がり、痛みはないものの宙へと飛ばされ、雲バスタブの方へとぐんぐん進んでいく。そして見事に雲バスタブの中に着地したと思えば、トランポリンのようにまた真上に飛ばされた。そして気が付くと周りには落ちてきたときに見たカラフルの光が現れ、真っ暗の中をひたすら上に飛ばされていった。



 そして次に気が付いたときにはそこは自分のベットの中だったと言うわけだ。

 正直信じきれない自分がいる。普段の何気ない日に見た夢ならまだ信じられるが、このタイミングで見る夢だと都合が良すぎる。怪しさMAXである。しかし、たとえ私の願望が夢に現れただけであっても、それを信じて何か失ったりするわけではない。やっぱりダメだったかとちょっと傷つくだけだ。そう思えば

 悩む必要なんてない、答えは一つだ。私はこの夢を信じることに決め、お城に着ていくドレス探しと、万が一明日までに帰れなかったときのために、明日のバイトをお休みさせてもらえないかの交渉の電話をかけることにした。

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