異世界転生、最高! チート能力、最高! ……飽きた。
読み方は自由
だから、行こう。真の異世界へ
子供の頃に憧れた世界、夢あふれるファンタジー。それが叶ってしまった俺は、(傍から見れば)「幸運」と言えるだろう。現実の世界に疲れていた自分が、神様の手違い(と本人は言っていた)で異世界に行けた事、そこで新しい人生を歩めた事は。
最高以外の何物でもない。神様から貰った力で無双、数多の美女(または美少女達)を籠絡。正に夢のような世界だった。冒険の中で育んだ友情や恋愛、女性達とのチョメチョメも最高だったし。何も言う事はない。ただ、快楽だけに浸れる日々だった。
が、それも突然に終る。魔王城の魔王にトドメを刺した時点で、その興奮がすっかり冷めてしまった。魔王の胸から剣を抜いた時も、それにただ虚しさを覚えただけだったし。すべての仕事を終えた俺には、言いようのない喪失感しか残っていなかった。
俺は、その感覚にガッカリした。ガッカリしなくてもいい場面で、その感覚に苦しんでしまった。パーティーの仲間達は、俺の身体を抱きしめてくれたのに。肝心の俺自身は、それがただの感覚にしか思えなかった。
俺は、仲間の声を聞きながした。「国の王様にお伝えしよう」と言う、その声も聞きながした。俺は周りの仲間が歓喜に騒いでいる中で、ただ一人寂しさを覚えつづけた。
王様の元に帰ったのは、それから一ヶ月後の事だった。王様は、俺達の帰還を喜んだ。「俺達が魔王に勝った」と言う、その報告にも喜んだ。王様は俺達の勝利を祝して、文字通りのパーティーを開いた。
パーティーの夜は、つまらなかった。テーブルの上に並んだ料理は美味くても、それを囲んでいる人間達は味気ない。正直、今すぐにでも帰りたい気持ちだった。俺達の勝利に「おめでとう御座います」と喜ぶ貴族達も、その表情には腹黒い物が見えているし。気持ち悪い事、この上ない。挙げ句は、英雄(扱いになった)の俺に取り入ろうとする者すら現われた。
俺は、その誘いを断った。誘いの裏にある下心を知って、その誘惑からそそくさと逃げてしまったのである。
俺は会場の外に出て、外の空気を吸いこんだ。外の空気は、美味しかった。夜気の中に微か甘みがある。月の光に照らされた、自然の香りがある。それを吸いこむと、気持ちの方が少し落ちついた。
俺は「ちょっと歩こうかな?」と思って、窓の傍から離れようとしたが。そこに何故か、例の王様が来てしまった。王様は俺が会場の中から出るところを見ていたらしく、俺が一人きりになるところを狙って、俺に「やあ」と話しかけたらしい。
「まだ、慣れないのかい?」
「ええ、まあ。すいません」
冒険を始めた頃よりはマシになったが、それでもああ言う場所は苦手だった。
「改めます」
「いやいや、無理に直す事はない。それも、君の個性なんだから。個性はもっと、大事にした方がいい」
王様は「ニコッ」と笑って、俺に飲み物を手渡した。普通の身分では滅多に飲めない、最高級のジュースを。
「大変だったね? 冒険は」
「え? い、いや、神のご加護がありますので。そんなに」
「そうか……」
からの沈黙。沈黙は暫くつづいたが、それ自体は別に苦痛でなかった。
「これからどうする?」
「え?」
それは?
「どう言う?」
「言葉通りの意味だよ。君は、文字通りの英雄だ。魔王の脅威から世界を救った英雄。英雄は」
「どんな栄職にでも、就ける?」
それを聞いて、「ニコッ」と笑う王様。王様は自分のジュースを少し飲んで、地面の上に目を落とした。
「大臣に興味は?」
「ありません」
「将軍に興味は?」
「ありません」
「私の管轄ではないが、教会には?」
「ありません」
の三連発。これには、流石の王様も困ったらしい。王様は「ワガママだな」と笑ったが、俺の顔をまた見た時にはもう、いつもの真顔に戻っていた。
「それでは、私の面子が潰れる。これでも、一国の王だからね。世界の英雄に何も与えないのは、色々と不味いんだよ。せめて、貴族の階級は貰ってくれないか?」
「そうすれば、貴方の面子も守られる?」
その答えは、沈黙。でも、肯定に等しい沈黙だった。王様は地面の上にしゃがんで、その脇にグラスを置いた。グラスの表面には、雲の間に隠れた月が写っている。
「君は、人助けが得意だろう?」
「いいえ」
そう答えるのに時間が掛かった。自分は決して、人助けは得意ではない。人助けが旅の終わりに付いてきただけだ。それゆえに「う、うううん」と唸ってしまう。だが……。
「分かりました」
この人とは、縁がある。
「それなら」
それを受ける、義理もある。
「一番下の位で。
王様は、その言葉に喜んだ。「男爵」の部分には、苦笑いしていたけど。最後には、「それで手を打とう」と言ってくれた。「ついでにもう一つ、かなりの辺境だが。君に館を授けよう。館の周りには、封土もある。国からも金は出すが、そこの税も好きに使っていい」
王様は「ニコッ」と笑って、地面の上から立ちあがった。俺の「領土なんか要りません!」も聞かずに。
王様から貰った領土は、本当に寂しい所だった。領土に必要な諸々が一通り揃っているだけで、華やかな部分は少しも見られない。正直、「年頃の女性には、つまらない場所だろう」と思った。俺は館の中に荷物を置いて、長椅子の上にゆっくりと座った。
「はあ」
これは、俺の溜め息。
「はあ」
これは、女性陣の溜め息。
「何かつまんないね、ここ」
女性陣は、予想通りの不満を漏らした。俺がさっき考えた不満を。だが、それもどうやら杞憂だったらしい。ここは確かに何もないが、それは同時に「何でもあり」と言う事だった。何でもありの状況なら、彼女達のやる事は一つ。単純ながらも、最高の娯楽を楽しむだけである。
彼女達は館の掃除を終らせると、思ったとおりの空気を作って、寝室の中に俺を誘った。寝室の中は、思った以上に広かった。男女の二人だけなく、俺達全員が入ってもあまる程に。部屋の空間その物が、非常に広かったのである。
彼女達は「それ」に喜んで、本来の自分を解きはなった。自分の身体にまとっている、その衣服も脱ぎすてた。彼女達は一応の順番らしき物を決めて、俺の身体に自分の裸体を当てはじめた。「今日も、ぶっ飛ぶまで楽しみましょう? 快楽の世界を、ね?」
それに「ああ」と応えたのは、俺がただ弱かったからだろう。彼女達の快楽に抗えなかったのも、その惰性から逃げられなかっただけに違いない。俺は、彼女達との快楽に逃げた。彼女達との快楽に逃げて、気持ちのモヤモヤから目を背けた。俺は、女体の甘美に甘えつづけた。
が、それも長くはつづかない。最初は本能の魔法に掛かっていた理性も、その機能をすぐに取りもどしてしまった。俺は本能が呼びよせる堕落、堕落が呼びよせる失望、失望が呼びよせる絶望に狂いだした。
「あ、あ、あ」
苦しい。
「う、う、う」
辛い。
「くっ、あっ、うっ」
寂しい。
「助けて」
誰か!
「この地獄、から」
そう叫んだ瞬間だろうか? とにかく逃げた事は、覚えている。仲間達の制止を振りきって、館の中から逃げた事は覚えている。それから森の中に入って、夜空の星に叫んだ事も。俺は地面の上に座って、その感触に救いを求めようとした。
が、その感触がよろしくない。草の感触はそれほどでもないが、その下にある土がどうも気持ち悪かった。土の表面から漂ってくる匂いも、変に臭かったし。夜空の先に流れ星が見えなければ、その悪臭に思わず怒鳴るところだった。
俺は、今の流れ星に願った。それがたとえ、「叶わない願いだ」としても。今の生活が苦しかった俺には、それくらいしか頼れる物がなかった。
俺は、今の自分に涙を流した。悲しみの涙と、そして、憐れみの涙を。それらが混じった涙を夜の闇に吐きだしたのである。
俺は地面の上を踏みつけて、その怒声を抑えようとしたが。そこに突然、それを遮る物が現われた。木々の枝を揺らす物体、茂みの中から飛びだした物体。物体は地面の落ち葉を踏みつけて、俺の前に堂々と出た。
俺の前に出たのは、森のモンスターだった。モンスターは俺が一人でいるところを見て、「コイツは、狩れる」と思ったらしい。俺がモンスターの動きを眺めている間も、ご自慢の牙を光らせて、その口から唸り声を出していた。「ぐっ、おおおん!」
モンスターは、俺の身体に飛びかかった。先制攻撃よろしく、俺が呆けている隙を狙って。その首を堂々と狙ってきた。
だが、そんな物は通じない。魔王の攻撃すら買わせる俺が、こんな雑魚の攻撃を食らうわけがなかった。俺は敵の攻撃をひょいと躱し、敵が「それ」に「え?」と驚いたところを狙って、相手の頭に蹴りを入れた。「そらよ」
敵は、その声に怯んだ。声の調子も含めて、その衝撃にも「ふぁ?」と驚いていた。敵は自分の身体に何が起こったのかも(たぶん)分からないまま、俺にまた飛びかかろうとしたところで、砂のように吹き飛んでしまった。
俺は、その光景に俯いた。それは、何度も見た光景。俺が敵と戦った結果、その勝利を告げる光景だった。「お前は、最強の戦士」と言う、メッセージ。
だったが、今はちっとも嬉しくない。最初の頃は「やった!」と喜んでいた光景も、今はただの発表になっていた。結果の分かっている発表ほどつまらない物はない。ただ、「そりゃ、そうだ」で終ってしまう。最強の力を授けられた俺が、こんな敵に負ける筈がない。
「すべては、約束された勝利だ」
どんな強敵にも勝ってしまう力。文字通りのチート。それが備わっている時点で、どんな異世界もイージーモードになる。だから、つまらない。だから、飽きる。最初はワクワクの止まらなかった世界も、今では完全攻略の終ったゲームになっていた。
「はあ」
俺は寂しい気持ちで、地面の上に寝そべった。あの嫌な匂いがする、地面の上に。俺は「それ」に涙を流したが、それもやがて止まってしまった。
泣いたところで、どうにもならない。かつての俺が、この世界を選んだ以上。そこから生じる結果もまた、俺の責任。それを「つまらない」と感じる気持ちも含めて、俺自身の罪である。自分の罪から逃れるのは、文字通りの大罪だ。
「だけど」
それでも、辛い。この満たされない気持ちが、辛い。乾きに乾いた、この気持ちが。
「う、ううう」
自然と漏れる嗚咽、それと重なる涙。涙は俺の頬を伝って、地面の中に沈んでいった。俺は、その涙を拭わなかった。それを拭おうとする、気持ちも起こらなかった。俺は自分の頬に冷たい物を感じたまま、暗い気持ちで美しい空を眺めつづけた。
美しい空が終ったのは、東の空に光が見えた時だった。光は地平線の向こうからゆっくりと迫って、最初は奥の山脈を、次に手前の森を照らしだした。
俺は、その光に身体を起こした。身体の奥には眠気が渦巻いていても、気持ちの方がそれを上まわっていたからである。俺は徹夜明けの火照りを残した状態で、憂鬱なスローライフに戻った。
が、それに戻っても同じ。刺激あふれる単純な日々に戻るだけだ。生物の三大欲求が満たされるだけの日々に、領地の運営すらもやらなくていい毎日に。ただ、無気力に戻っていくだけだ。
それゆえに感動もない。女性達との戯れに酔いしれる、そんな快楽もない。すさんだ安心感を無限に覚えるだけだ。王様から「激レア」と呼ばれるアイテムを貰った時も、その造形に少し驚いただけで、それ以外の感想は何も抱かなかった。
俺は、物置の中にアイテムを仕舞った。王様の厚意は嬉しいが、それをどうしても飾る気になれなかったからである。俺は物置の扉を閉めると、王様宛にお礼の手紙を書いて、使いの者に「それを届けてほしい」と頼んだ。「『今度は、俺からも何か送るから』と」
それから数ヶ月後。封土の生活にもようやく、諦めがついた頃か? 神が俺の前に現われた。俺が例の森で夜空を眺めている時、その隣にスッと現われたのである。神様は俺が自分の登場に驚いている中、穏やかな顔で俺に「久しぶり」と微笑んだ。「随分とやつれたな?」
俺は、その言葉に苛立った。それは、いくらなんでも酷すぎる。だから、「誰かさんが勝手に殺すから」と言いかえしてやった。「お陰で悲惨な毎日ですよ?」ってね。
だが、そんな皮肉が通じる相手ではない。相手は、文字通りの神様なのだから。神様が人間の皮肉を聞いただけで、その態度を改めるわけがない。神様は「ニヤリ」と笑って、頭上の空を見あげはじめた。
「確かに。だが、その後を選んだのは」
「俺ですよ、確かに。でも、こうなる事なんて」
「考えもしなかった?」
「……はい。俺は、ただ」
「自分の憧れに進もうとした?」
その言葉に押しだまった。
「憧れた世界に生きようとした?」
その言葉にも、押しだまった。俺は神の言葉に俯いて、それに頭を痛めた。
「快楽は、単調です」
神は、それに応えない。だから、構わずつづける。
「完璧は、地獄です。何もかもが叶う世界は、出口の無い」
「牢獄のようだ?」
神の言葉にまた、押しだまった。正しくその通り。すべてが潤った世界に居ると、かえって乾いてしまうのだ。本来なら乾きでもたらされる潤いが、その源流ごと断たれてしまう。源流の断たれた水源は、荒れた大地に等しい。俺は、その地獄が嫌いだった。
「帰りたい」
「どこへ?」
「不自由な世界へ。何かが欠けている事で、何かが得られる世界へ。ここは……」
「お前には合わない、か。なら?」
「はい?」
「その欠けた世界へ行ってみるか?」
俺は、その返事に窮した。そんな事を急に言われても困る。「欠けた世界に行ってみるか」なんて。
「すぐには、決められませんよ?」
「なぜ?」
「『なぜ』って? それは」
「お前は、この世界にウンザリしているんだろう? 何もかもが得られる、この世界に? だったら、今すぐにでも」
「移るべき。その理屈は、分かりますが」
「気持ちの方が、追いつかないか?」
「はい……」
「まあ、それが自然か。人間は、好機を怖がる。『好機の裏に何かあるんじゃないか?』ってね。気持ちの防御反応が、起こる。かつてのお前が、そうであったように」
俺は、その言葉に眉を寄せた。言葉のすべてが気に入らない。俺の気持ちを見すかしたような、そんな口調も気に入らない。本人は(たぶん)厚意で言っているのだろうが、俺にとっては不快以外の何物でもなかった。俺は足下の草をむしって、夜風の中にそれを流した。
「これもまた、貴方の遊びですか? それとも?」
「遊びだよ。最初のアレは、罪滅ぼしだったが。今回のこれは、完全にお遊びだ」
「そう、ですか。なら、余計にムカつきますね。人の人生を」
そう苛立った瞬間に黙ってしまったわけ。それは、俺自身にも分からなかった。
「あくまで、仮定の話ですが?」
「うん」
「俺が仮に」
「自分の望む世界へ行ったら?」
「『満たされる』と思いますか? この乾いた気持ちが?」
その答えは、「さあね」だった。まったく! 本当に無責任極まりない。
「それは、お前次第だろう? 儂はあくまで、お前に『こう言う道もある』と言っただけ。『ここ』とは違う道を教えただけだ。それをどう進むかは、お前の気持ち次第だろう?」
その言葉にまた、眉をひそめた。まったくもって、その通り。神は(彼の言葉が本当なら)俺の気持ちをくんで、それに道を示したのだ。「これこれ、こう言う道もあるぞ」と、そう親切に教えてくれたのである。
だが、それでも困るよ。突然のチャンスに困ってしまうよ。神様の示した道に進めば、この気持ちも(たぶん)満たされるだろうから。「渡りに船」としか言いようがない。でも、それでも、怖かった。
神の提案を聞いてふと、沸いた感情。変化に対する恐怖。それが突然、気持ちの高揚にブレーキを掛けたのである。ここで「はい」と答えれば、すべての悩みが消えるのに。その一歩がどうしても、踏みだせなかった。
俺は、地面の上から立ちあがった。神様に尤もらしい事を言って。
「少し考えさせてください」
その答えは、無言。いや、沈黙か? 「はい」とも「いいえ」とも言わない沈黙、夜風だけが耳を打つ静寂。静寂はしばらくつづいたが、俺が神の方に目をやると、虫の音に重なって、その静寂が破られてしまった。
俺は、自分の隣をじっと見た。俺の隣にはもう、神の姿はない。
「帰ったのか。あの場所に、天の国に」
はぁ……。
「お気楽だな、本当。こっちは、真面目に悩んでいるのに」
自分は、高みの見物か。
「くっ!」
俺は地面の石ころを蹴って、自分の館に帰った。館の中では、女性達が俺の帰りを待っていた。俺は彼女達にアホな言い訳を言って、彼女達の欲望を満たし、自分の欲望も満たして、夢の世界に落ちた。
それから数日間。
俺は、虚ろな日々を過ごした。あらゆる物がぼやけた日々、周りの声が虚ろな世界。そんな世界に生きて、答えの出ている問題に悩みつづけた。
「俺、何やっているんだろう?」
同じところをぐるぐる回ってさ、ちっとも進んでいない。封土の中をブラブラするだけで、その景色をちっとも見ていないのだ。景色の中から聞えてくる笑い声も、今は遠くの方から聞える雑音にしか思えない。自分の身体にたまたまぶつかった子供なんて、それにも満たない雑音だった。
俺は、子供の前から離れた。離れて、離れて、森の中に入った。森の中では鳥達がさえずり、虫達が飛びかい、獣達が歩いていたが、それらに混じって一人……おそらくは、冒険者だろう。その右手に剣を持って、森の雑魚モンスターを戦っていた。俺は、その光景に思わず立ち止まった。
「新人、かな?」
動きがぎこちない。攻撃の場面で攻められず、防護の場面で攻撃を受ける。正に「素人」としか思えない動きだった。俺が「それ」に呆れた時も、敵に向かって剣を振りまわしていたし。冒険者は俺が見ている事にも気づかないで、自分の敵とひたすらに戦いつづけた。
俺は、その様子に溜め息を……つけなかった。溜め息自体は、喉から出かけていたのに。それが口の中から出ようとした瞬間、その溜め息自体が掻き消されてしまった。
俺は溜め息の余韻を噛み殺して、冒険者の少年をじっと見つづけた。少年が飛ばす汗も、悔しげに漏らす声もみんな、一つも逃さずに聞きつづけた。俺は彼が敵と必死に戦いつづける中で、自分の中に熱い物が芽生えるのを感じた。
……これだ。これが、俺の求めていた物。冒険に対する誠意。
「俺はずっと、この夢を求めていたんだ」
俺は「うん!」と叫んで、彼の応援に入った。彼は俺の、未来の恩人だから。それを助けないわけにはいかない。俺は彼の前に立って、その敵をすぐに薙ぎ払った。
「大丈夫か?」
その返事は、え? それも、困惑気味の「え?」だった。俺がいきなり現われた事に心底驚いているのだろう。「は、はい! 大丈夫、ですけど? あなたは?」
俺は、その質問に答えなかった。「それを答える意味は、ない」と思ったからである。
「ただの人間だよ。武術の方を少しかじっただけの、ね?」
「そう、ですか。それは!」
冒険者は、目の前の俺に頭を下げた。少年らしい真っ直ぐな態度で。
「危ないところを助けていただき、ありがとうございました!」
「うんう、そんな事ない。困った時は、お互い様だからね? そう言うのは、人情だろう?」
冒険者もとえ、少年は、その言葉に微笑んだ。さっきと同じ、真っ直ぐな眼を光らせて。
「それでも」
「うん?」
「本当にありがとうございました。あなたがいなければ、きっと」
「君はその、残党狩りかい? 魔王が放った部下達の?」
「はい。本当は、魔王を倒したかったんですが。英雄が魔王を倒してくれたので」
その言葉に胸が痛くなった。「英雄」と言う、世間の評判に。
「今度は、僕が世界を救う番です」
「そっか」
俺は、彼の頭を撫でた。その未来がきっと、光り輝くように。
「救えるよ」
「え?」
「君ならきっと、救える。君は、世界の英雄を救ったんだから」
「僕が世界の英雄を救った?」
うん。そう言い掛けた時だった。少年の姿が歪んで、視界の景色が真っ暗になった。俺は「それ」に驚いて、自分の周りをしばらく見渡したが。「たくっ」
それも、すぐに止めてしまった。こんな事ができるのは、(俺が知る限り)一人しかない。俺の前に突然現われた、あの憎たらしい神だけだ。神は俺の前に歩みよって、その肩に手を乗せた。俺がそれに呆れる声を無視して。俺は、神の目をじっと睨みつけた。
「それは、なしですよ?」
「そうか? この方が、『好都合』と思ったが?」
神様は、「ニヤリ」と笑った。何とも嫌らしい笑い方である。
「答えは、出たか?」
「出ました。俺は、『ここ』とは違う世界に行きます。俺が俺の力だけで生きる、本当の異世界に」
「そこに行けば、今の財を失うぞ?」
「それでもいい。いや、そうでなきゃならない。冒険は」
「夢と危険は、隣り合わせ。その意味では、お前の言う冒険は正しい。冒険に安全を求めるのは、本末転倒だ」
神は、俺の肩から手を退けた。それが一種の、「合図」と言わんばかりに。
「王への伝言は?」
「『お返しが出来ずに申し訳ありません』と」
「女達への伝言は?」
「『もっと善い男がいる』と」
「分かった。では、そのように伝えておこう」
「お願いします」
「目を瞑れ」
俺は、その言葉に従った。それは、転生の儀式。俺が初めて、この世界に来た時と同じ儀式だ。それが終れば、新しい命を得る。新しい命の、新しい人生がはじめる。転生後の姿に「え?」と驚くオマケは付いてくるけれど。俺は神の「頑張れ」を聞いて、その頬に新しい風を感じた。
「ありがとう」
俺は、両目の瞼を開けた。瞼の向こうに光を感じたからである。俺は自分の目の前に広がる世界、自然あふれる景色に胸を打たれたが、自分の姿がふと気になった瞬間、それすら勝る衝撃を覚えてしまった。「戻っている」
事故で死ぬ前の自分に。制服姿の自分に。高校二年生の俺に。
「ぜんぶ戻っている」
俺は、自分の姿に苦笑した。この姿に戻した、あの糞野郎も含めて。
「でも」
これでいい。これが、本当の自分。正真正銘の俺。
「だから、いいんだ」
着かざった自分は、偽りの自分でしかない。俺は本当の自分で、戦いたいのだ。この未知なる世界を、俺が求めた理想郷を。俺は自分の足で、進みたいのだ。
「よし!」
俺は自分の頬を叩いて、光あふれる草原を歩きだした。
異世界転生、最高! チート能力、最高! ……飽きた。 読み方は自由 @azybcxdvewg
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